第一話:記憶のない夢
静かな水の音。
濡れた石畳に足音が響く。
鳥居の奥、夜の帳に包まれた神社――
月明かりの下、彼は立っていた。
銀の髪、銀の瞳。
その瞳が、まっすぐに私を見ている。
「……また、会えたな」
その声を聞いた瞬間、心臓が跳ねた。
初めて聞くはずなのに、
なぜか、懐かしさと痛みに胸が詰まった。
でも、そこで夢は終わる。
* * *
「ゆい〜! また寝坊しかけてるでしょー!」
スマホから届く、朝のモーニングコール。
私の目覚まし代わりになっているのは、
大学の友人、白波彩葉の明るすぎる声だ。
「起きてるよ、いろは〜……あと五分だけ……」
かすれた声で返しながら、私はベッドの中で小さく伸びをした。
肌に触れるルームウェアの感触が心地いい。
キャミソールにショートパンツ。
誰かに見せるわけじゃないけど、
このくらいの軽やかさが、今の私にはちょうどいい。
ここは、都内の高層マンション。
綾宮家の養女として育った私は、今はここで一人暮らしをしている。
“完璧な令嬢”と呼ばれることもあるけれど、
こうして誰にも気を遣わず過ごせる朝が、
いちばん、私らしくいられる時間かもしれない。
さっきの夢の残像が、まだ胸の奥に残っている。
銀の目。
そして――あの声。
(また、同じ夢……)
私はそっと左脇腹に触れた。
そこには、小さな痣のような“印”がある。
昔からあって、病院でも“特に問題ない”と言われたもの。
けれど。
満月の夜になると、その印が淡く光る。
それを知っているのは、私だけ。
「……ねぇ、起きてる?マジで遅刻するってば!」
再び聞こえる彩葉の声に、私はふっと笑った。
「はいはい、ちゃんと起きてるよ〜」
スマホの画面に浮かぶ時刻を確認して、
私はようやくベッドから身を起こした。
カーテンを開けると、東京の朝。
ビルの谷間から光が差し込む中、私は思う。
――あの夢は、きっとただの夢じゃない。
胸の奥がざわめいていた。
それが何なのか、まだこの時はわからなかったけれど――
すべては、“その人”と再び出会うために動き始めていたのだ。