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8 教え方は教官により、ぜんぜん違います

 土の魔術の教官は、火の時と同じデヴィル族で、コアッドルという男性魔族でした。

 今回も参加者は六名でしたが、内訳は、子供が四名、大人が二名で、姉妹のほかは、全員がデヴィル族です。

 しかし大人といっても、二人とも、背は高いですが雰囲気から、成人したてのように感じました。


 ヒッチ教官と違ってコアッドル教官の授業では、最初から広い実践場に移動して、ひたすら教官の示す術式を模倣して終わりました。個々の生徒が自分で術式を考える、というようなこともせず、座学はほとんどなかったのです。


 なんなら、教官は自分の名前だけは口にしましたが、それ以上の情報は爵位すら告げず、生徒たちには名乗る時間さえ与えませんでした。

 そんなわけでしたから、もちろんほかの生徒の文様を学べる機会も、親しくなる暇もありませんでした。


 また、コアッドル教官自身も一般的な有爵者像から乖離せず、態度は厳しくどちらかというと高慢で、多少の質問は許してくれましたが、詳細な文様の解説などは期待できませんでした。

 とにかく実践とばかり、お手本の術式を完璧に近く模倣できるまで、ひたすら魔術を発動しなければなりませんでした。しかもやっとのことで一つ終えると、次の術式がすぐに待っています。


 教官曰く、同じ魔術を反復練習することで、とっさの時にも反射的に使えるようになるばかりでなく、限界を超えて初めて、魔力量も増えていくのだそうです。

 ですので魔力切れを感じても、とにかく術式を描け、発動しろと叱咤され、教室が終わる頃には子供ばかりか大人もヘトヘトでした。


 そんな中でも姉妹は比較的、余裕のあるほうでした。確かに午前の授業に比べて疲れてはいますが、限界だというほどではありません。

 術式の描き方も上手なほうだったようで、大人たちが手直しを命じられている中、よくできていると誉められた場面もありました。

 むしろ、姉妹には教官の言わんとすべきことはよく理解できましたし、強者の信念を肌で感じることは悪いこととも思えず、しかもこの短時間に六つも土の魔術が学べ、有意義であったとさえ感じておりました。


 姉妹は今まで、家族以外と同じ魔術を発動してみたことはありませんでした。しかし今回こうして何名もの比較対象がいることで、もしかして自分たちは有爵者に手が届くかもしれない、という自信を持ちつつあったのです。

 そのおかげか、二コマの疲れは確かにありましたが、精神的な負担はなく、その日最後の授業にのぞんだのでした。


 先の二つの授業はどちらも生徒が六名だったので、それが定員なのかと思っていましたが、最後の授業では生徒は十名いました。

 姉妹と同じくらいの子供はあと一人いるだけで、なんとそれは最初の授業で一緒だったハイラマリーでした。ほかの七名は、本当のところはどうかわかりませんが、姉妹から見るとみんな立派な大人に見えました。

 デヴィル族・デーモン族と男女の比率は、どちらも四対六でした。もっとも、デーモン族である姉妹にデヴィル族の性別を見分けるのは難しかったので、もしかすると男女比は違ったかもしれません。


「あなたたちも運良くキャンセルにあたったのね」

 さすがに大人の中にあって子供一人は心細かったのか、ハイラマリーがホッとしたように駆け寄ってきます。


「ハイラマリーも?」

「ええ。あんまりマーミルが否定するものだから、逆に気になって、付き添いに調べさせてみたのよ。そしたらなんと、今回のその他の授業は大公閣下が担当されているっていうじゃない。慌てて予定を変更したわ。それにしたってまさか、あの子が大公閣下の妹だったなんて、思いもしなかった! それともあなたたちは知っていたの? だったら教えてくれたらよかったのに!」

「大公閣下の妹? 誰が?」

「ちょっと嘘でしょ! マーミルがよ! まさかあなたたち、今回の教官が誰かも知らないで参加しているの?」


 姉妹は顔を見合わせます。

 父母は結局、娘たちには教官の素性を伝えていなかったのです。

 どうせ授業中に知ることになるでしょうが、それでも最初から緊張しすぎたり、参加を考え直したりしてはもったいないと、黙っていることにしたのでした。

 その大公閣下について姉妹が思いをはせる前に、もう一人、見覚えのある青年がいて、三人が集まっているところへ声をかけてきました。


「あれ、君たち。この授業に参加するんだね」

 それは、父が宿泊所を教えてもらっていた青年でした。ただし姉妹は二人とも、そのときにはぐっすり寝込んでいたので、昨日の朝に父が黙礼を交わしあっていたことしか知りません。


「ああ、ごめん。君たちのお父さんと、少し話をしていたものだから」

 警戒心が顔に出ていたのでしょう。青年が改めて、名乗りを上げます。


「僕はケルヴィス。プート大公領所属だよ」

 ケルヴィスには幼い姉妹から見ても、きっと強い魔力をもっているだろうことを察せられる雰囲気がありました。

 それでも地位を口にしませんでしたし、そもそも無爵者が参加するこの場にいるのだから、きっと未成年なのでしょう。

 礼儀として、姉妹とハイラマリーも名と所属を明かします。それで知ったところによると、ハイラマリーは魔王領に暮らしているとのことでした。


「あなたのような強そうで、大人に近い年齢の方が、どうして教室なんて参加していますの? もっと上の挑戦エリアにいかれた方が、よろしいのでは?」

 姉妹も感じた疑問を、ハイラマリーが口にします。


「ジャーイル閣下の授業があるのは今日だけかもしれないのに、それを逃すだなんてことはできないからね」

 ケルヴィスは、幼い子供のように瞳をキラキラ輝かせながら、感極まったように熱く語ります。


「午前の魔剣、それからさっきの召喚魔術の授業も、どちらもすばらしかった!」

 そう言うや、彼は興奮を交えつつ、先の二つの授業の概要を語りだしました。


 つまり、彼はここまですべての『その他』の教室に参加しているのです。

 姉妹に席を譲ってくれた二人の成人男性と違って、初回の授業から、有意義を感じているようでした。


「大公閣下とお近づきになりたいという気持ちはわかりますけど……」

 ハイラマリーはケルヴィスの熱意にたじろいだように、後退ります。

 姉妹はそこまでではなかったものの、熱気に当てられて少しポカンとしてしまいました。


「お近づきにというより、閣下の技を学びたいという気持ちが強いかな」

「あら……それはわたくしだってそうですわ。でないと、参加していませんもの」

「そうだよね。こんな機会は本当になかなかないと思うから、お互い、よく学ぼう」

 ケルヴィスはさっきまでの暑苦しさはどこへやら、年若の少女たちにさわやかな笑顔を向けます。


「そろそろ閣下がいらっしゃると思うから、席についた方がいいかもしれないね」

 その教室では最初の教室と同様、教卓に向かうように、五席二列の丸椅子が用意されていましたので、ケルヴィスに促され、姉妹とハイラマリーも空いている席に座りました。


 それから間もなく、教卓の向こうの扉から、一人は黄金の髪と瞳のデーモン族、一人はオットセイの顔をしたデヴィル族の、二人の成人男性が入ってきました。

 そのうち、デーモン族の青年の方が、昨日〈大階段〉で妹がぶつかった相手だと気づくや、姉は思わず背筋をピンと伸ばします。


「昨日の大公閣下だ」

 さっきの会話から、そうではないかといくらか覚悟はしていましたが、それでも目前に感じる強大な魔力に、幼い身のうちに緊張が走ります。

 昨日だって、本当は妹の近くに駆け寄りたかったのに、足が途中で止まってしまったのです。


 それは、強者に対する本能的な恐怖心だったのかもしれません。その感覚を今また、姉は抱いているのでした。

 いいえ、彼女だけではありません。そこに参加している生徒全員が、この上なく真剣な顔つきになって、居住まいを正したようでした。

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