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3 いざ、魔王城

「はやいはやーーい!!」

 姉妹が魔豹に乗るのは、これが初めてでした。

 大きな魔豹は父母と姉妹の四人を一度に背に乗せても余裕があり、震動すら感じない足運びで、ぐんぐん大地を移動していきます。森を貫き、山を越え、湖を飛び越えて、風が撫でるように景色を追い抜いていくのです。

 父は魔豹を操作したことはありますが、慣れてはいません。はしゃぐ娘たちがおっこちないよう、気を張らずにはいられませんでした。


 一家はお昼ご飯をすぎた頃に家を出て、修練所に行くからと関所で口頭申請して領境を越え、計画通り、夜には魔王城に到着しました。

 最初は興奮していた娘たちも、数時間も魔豹の背に乗っていると慣れたのか、時間も遅い今となっては、ウトウトと眠り込んでいたのでした。

 けれど二人とも、魔王城のそばにやってくると、その大迫力に一気に目が覚めたようです。


 はじめ、遠くから見る魔王城は平たい台地のように見えました。そのときはまだ日も暮れきっていなかったのですが、夜の帳が降りるにつれ、台地の頂上にキラキラと光る明かりが灯っていくのを見るのは爽快でした。近づくに連れてはっきり現れた〈大階段〉の広大さたるや、見上げる姉妹も両親も、開いた口がふさがらない状態でした。

 そして頂上でキラキラ光って見えたのが、お城の窓から漏れる光や外灯などではなく、〈御殿〉と呼ばれる魔王城の壁そのものが輝いているのを知って、その技術と規模に度肝を抜かれているのでした。


「あれって、夜光石なのかしら?」

「ヤコウセキって?」

 姉妹はどちらも、その存在を知りませんでした。

「昼にお日様の光をいっぱい浴びておいて、夜になると光る石のことよ」

 母が説明してくれます。

「いや、違うな。夜光石はもっと青いし、光ももっとほんのり輝くようだからね」

 頂上の〈御殿〉は、黒い見た目をしていました。まるで、ブラックスピネルのようです。

 庭師である父は、そういった自然の石を取り扱ったりもするので、知っているのでしょう。姉妹は父のその見識の深さを感じ、尊敬を深めました。


「この階段をのぼるの?」

 姉が、そびえ立つ大階段を前に息をのみます。

「いいや、今日はやめておこう。この上は魔王様のお住まいだからね。修練所は北だから、ぐるっと回って向こう側にいかないとね」

 父はそう言うと、再び魔豹を走らせます。

 台地を左に何キロも駆けて、端に到達したところで右に折れると、そこに現れたのはなみなみと水をたたえた美しい湖と、轟音を響かせて天から流れ落ちる瀑布でした。


「わぁ……すごい……!!」

「消音の魔術がかかっているのね。この規模の瀑布にしては、音が小さいもの」

「これで小さい音なの?」

「ええ、そうよ。そうじゃなければ、話し声だって、聞こえないからね」

 姉妹は湖で遊びたいと訴えましたが、もう夜だからという理由で却下されました。

 魔豹は湖上に橋を渡して貫く島の数々を、またも数キロ駆け、ようやく北面にたどり着きます。


 その頃には興奮も解け、姉妹は再び睡魔に襲われて、コックリコックリと船をこいでいました。

 父は寝ている娘たちを母に任せて、一人、魔豹から降ります。


 娘たちと同じく、彼も魔王城に来るのは初めてで、勝手が分かりません。

 北面にはいくつかの扉がドンと聳えていましたが、どの扉が何なのためにあるのだか、さっぱり訳がわかりません。宿泊施設があるとは聞いていますが、どの扉をくぐればそこにたどり着くのかさえわからないのです。

 しかし、ちょうど一つ目の扉の前に、気のよさそうなデーモン族の青年が立っていたので、父は勇気を出して、彼に声をかけることにしました。


 これが、表情の読めないデヴィル族であったなら、デーモン族である父は声をかけることをためらったかもしれません。

 なにせ、相手が高位の魔族であった場合、声をかけてきたのが気にくわないと、それだけのことで殺される危険もあったからです。


「あの、すみません。よろしいでしょうか?」

「はい、なんでしょう」

 見た目通り、応じた相手が温厚そうなことに、父は安堵しました。

 ずいぶん若そうですが、醸し出す雰囲気から、自分より遙かに強い相手だということが察せられます。


「ここが〈修練所〉であっていますか?」

「はい、ここが〈修練所〉です。でも、今日は開いていませんよ」

「あ、いえ。もちろんこんな時間から挑戦しようというのではないですが……」

 と言いながら、開いていないのなら、どうしてこの青年は扉の前で立っているのだろう? と、疑問に思いました。


「宿泊施設があると聞いていたんですが、魔王城に来るのも初めてで、不案内でして……」

「ああ、それなら……」

 青年は、二つ向こうの扉を指します。いくつも並ぶ背の高い横幅も広い両開きの立派な扉の間に、普通の一軒家に備わっているような大きさの片開きの扉が所々に挟まってあって、よく見ると、確かにそこに『宿泊所』という看板がかかっているのでした。


「ありがとうございます。助かりました」

 父は魔族としての正式な挨拶である敬礼で、感謝を伝えます。

「いいえ。ちなみに、明日も一日、〈修練所〉はお休みですよ」

「え? 明日もですか?」

「今ちょうど、運営転換の時期なんです。プート大公領から、ジャーイル大公閣下へ、管理が代わるので、その準備のために二日間のお休みを挟んでいるんです」

「そうなんですね。どうも詳しくありがとうございます」

「いいえ。どういたしまして」


 それなら明日一日は、あの湖や〈御殿〉を見に行ったりしようかと、父は心中で思いをはせました。

「それではこれで……」

 暇を告げようとして、ふと、ならばなぜ、彼はこの扉の前にいるのだろう? と再び青年の動向が余計に気になりました。


「あの……つかぬことを伺いますが、あなたはなぜ、ここに……」

「ああ、僕のことはお気になさらず」

 青年はにこやかに微笑みます。

 それ以上聞けない雰囲気を感じ、父はお礼を言って、魔豹のもとに帰りました。


 そうして教えてもらった宿泊所に向かい、中に入ると、正面のカウンターにいた支配人を名乗るデヴィル族が五階の部屋をあてがってくれ、下男に命じて魔豹を預かってくれました。

 父が姉を、母が妹を抱き抱えて端の階段を登ろうとしたところ、オカピ顔の支配人が呼び止めてきます。


「もしかして、魔王城に来るのは初めてかい?」

「ええ、そうですけども」

 相手がデヴィル族のため、表情が読めません。何か不興を買っただろうかと、父母は不安に顔を見合わせました。


「やっぱりそうか。なら、転移陣の説明をしておこう」

 支配人は怒っていたのではありませんでした。それどころか、子供を抱えたまま五階まで階段を上ろうとした父母を気遣って、転移陣の説明をしてくれたのです。


「転移陣というのは、床に転移術式という術式を定着させたもので、これの上に乗って、赤ん坊でも容易なほどの少量の魔術を流し込むことで、対となっている場所に瞬時に転移する便利な陣なのさ」

 まるで自分の手柄だといわんばかりに、豊かな胸を張って説明をしてくれます。その様子から、相手が表情の読めないデヴィル族でも、気のいい人だというのはよくわかりました。


「それで、どこに転移するかはたいてい、この正面に書かれているから、ちゃんと行き先を確かめないといけないよ。それから、自分で行き先を選ばなきゃいけないものもある。ほら、ここなんてまさにそうで、この転移陣一つで一階から十五階まで、つながっているから、自分がどこの階に転移したいか、ちゃんと選んで壁のボタンを押さないといけないのさ。このボタンを押すと、連動した術式が足下に書き加えられて、瞬時に目的地に到達できるというわけさ」


「へぇ……すごいもんですね。そんなものがあるとは、知りませんでした」

「そりゃあ、転移陣はこの魔王城で初めて実装された、新技術だからねぇ! こういうのが、魔王城のあちこちにある。なにせ、この魔王城はバカみたいに広いからね!」

 オカピ支配人は、ひゃひゃひゃ、と、長い舌をチラチラ出しながら、愉快そうに声を上げて笑います。


「ありがとうございます。早速、使ってみます」

「ああ、そうしな」

 支配人は満足そうに頷くと、またカウンターの中に戻っていきました。

 初めて使う転移陣は、ヒヤッとする感覚は多少あったものの、それでも一瞬で目当ての五階に転移でき、確かに大変便利なものでした。

 父母は思いのほか広い廊下をさまよって、教えられた番号を探して部屋にたどり着き、中に入りました。


 そこは、四つの独立した寝台を配した寝室と、前室も備わった、立派な設えの部屋でした。

 寝台は夫婦の家の寝台よりもはるかに広く、なめらかな肌触りの寝具と頭部をほどよく包み込む枕が置いてあり、コロンと寝ころぶだけで、たちまち夢の中に落ちてしまいそうなほど、寝心地のいいものでした。

 父は前日の男爵邸の寝台でも、これには及ばないと思ったほどです。


 前室の中央を占める応接セットは有爵者の屋敷にありそうな、繊細な彫刻が施された重厚なもので、単なる宿泊所だというのに、ちゃんと水回りも備わっています。

 風呂やトイレは共同と思いこんでいた夫婦は、行き届いた設備と豪華な内装に、驚くばかりでした。カーテンの生地ですら、彼らの寝間着より上等なのではないかと思ったほどです。


「さすがは魔王城の施設ね」

 母も目を白黒させています。

「この子たちが寝ていてくれて、よかったわ。こんなの見たら、興奮して眠れなかったでしょうから」

「本当にそうだね」

 そう言いながら、両親は自分たちも興奮して、暫く寝られないのではないかと思ったものでした。

 けれど、魔獣の背で数時間を費やしての移動で、思いの外、疲れが蓄積していたらしく、娘たちを一つの寝台に寝させた後、横になった瞬間に、二人とも意識を手放してしまったのでした。

【捕捉】

デーモン族:人間と区別がつかない2本の腕を持ち、二足歩行の姿形を持った魔族。ただし、平均的に美形が多く、瞳や髪の色も色々。

デヴィル族:動物の混合体。混合具合が多いほど、美形とされる。デーモン族に比べれば多産のため、絶対数が多い。

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― 新着の感想 ―
新作ありがとうございます!こちらの世界観大好きです。 すでにおなじみの方がいるような… これからの展開が楽しみです。
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