11 姉妹の、新たなる決意
本日の2話目の投稿です
ヒッチ教官の教える召喚魔術は、姉妹にとって、これ以上ない有意義な講義となりました。
なにせ召喚魔術というのは、既知のものをこれと思い描けさえすれば、今、自分がいる目の前に、文字通り召喚できる魔術なのです。対象は一般的には有体物で、その形や大きさ、今ある場所などもしっかり脳裏に浮かぶ必要があるとのことですが、それだけのことで場合によっては自分より大きなものを召喚できるのですから、まだ幼い姉妹にとっては本当に魅力的な魔術に違いないのでした。
特にナルテラは、転身するようになってからというもの、衣服をなくしてしまうことがよくありました。というのも、ほかの動物に転じてしまうと、当然、服は脱げるか破れるかしてしまうからです。
なんども経験するうち、なるべく破らないよう、手は尽くしていました。転身する前に、服を脱いで置いておくようにしたりですとか。
けれど、夢中で駆けてしまっているうちに、どこに置いたか忘れてしまう、ということは、幼い彼女にはよくあるのでした。
召喚魔術を覚えれば、勉強机か寝台の上にでも予備の服を用意して出て、必要な時にはそれを召喚すればよいのです。
だからナルテラは特に、必死に頑張りました。
なにせ召喚魔術は、それまで習ったどの魔術より、複雑だったのです。参加者は一様に苦労しているようでした。
今まではすんなり課題をこなしてきた姉妹も、この魔術には、本当に苦労しました。
逆に、一緒に参加したハイラマリーはこの才があったようで、誰よりも早く召喚魔術を習得したのでした。
ハイラマリーは彼女の部屋にあるのだろう小物を、いくつも召喚します。
大きな物を召喚しないのは、呼んだものを元に送り返す方法は知らないからで、そうなると重い物を持って帰るのが大変だからでしょう。
自身の持ち物が豊富にある伯爵家育ちのハイラマリーと違って、無爵の参加者はそれほど所有物がありません。
それでほとんどの生徒が召喚するものは、ヒッチ教官が用意した、隣の部屋の小物でした。
そもそもが、術式を構築するだけでも大変だったのですが、これはあらかじめ召喚魔術が描かれた術符というものを、教官が用意してくれていました。
この術符というのは、特別な用紙にあらかじめ術式が描かれており、必要な魔力さえ流し込めば、魔術が発動されるという、大変に便利な魔道具です。
しかし、その術符があった状況でも、召喚魔術を成功させるのは本当に大変でした。
みんな、自分が召喚したい物をじっくり観察し、触れ、匂いをかぎ、人によっては舐めたりもして、必死にそのものを覚え込みます。
そうして隣の実践場に移り、いざ術符を発動させるのですが、うまくいくのは稀でした。術式が光っても、物体が召喚されないのです。そうなると、再び座学の教室に戻って、もう一度よくその物体を観察するしかありません。
姉妹も、何度も何度も失敗しました。けれど、授業も終盤にさしかかる頃には、二人とも、なんとか術符なしでも召喚魔術が使えるようになっていたのでした。
そんな風に姉妹はこの授業でこそ、これまでの中で一番大変な思いをすることになったのでした。
「今日、この後の授業がなくってよかったね」
「うん。もうつかれちゃった……」
「あら、そぅお? まだまだできるわよ」
そう感想を述べる二人に、上出来だったハイラマリーは鼻高々で余裕ぶります。
「くやしいね」
「うん、帰ったらこれもいっぱい練習しよう」
ハイラマリーに嫉妬の目を向けながら、姉妹は手を取り合って決意を固めます。
「まぁね、正直なところ」
ハイラマリーは意地悪な表情から一転、朗らかに笑いました。
「あなたたちには負けてばかりだったから、一つぐらい、わたくしの方が得意なものがあってよかったわ」
「……ハイラマリー、かわいいね」
「うん、素直でかわいいわね」
「は? なによ、あなたたち!」
姉妹とハイラマリーはそういった軽口がたたけるほど、この教室を通してすっかり仲良しになったのでした。
「わたくしはまだまだ毎日参加するんだけど、あなたたち、次はいつくるの?」
姉妹は顔を合わせます。
「次は……もう、ないと思う」
姉が沈んだ声で言いました。
「えっ! どうして?」
「だって、私たちの両親は無爵だもの。所属だって、魔王様領じゃなく、サーリスヴォルフ様領だし。そんなカンタンに来れるものじゃないから……」
伯爵家に生まれたハイラマリーなら、親の意向によっては頻繁に修練所にやってくることができるでしょう。
それに加えて、この魔王領所属です。それならば確かに毎日でも、修練所に参加することは容易でしょう。
けれど、無爵者にとってはそう簡単ではありません。幼い姉妹のこととて、これが最初で最後の修練所への参加であろうと、覚悟して臨んでいるのでした。
「そんな……」
姉妹は、実はハイラマリーにとっても数少ない同年代の友人でした。
彼女は当然、これからもちょくちょくこの修練所で二人に会えると思っていたものですから、もう二度と再会できないようなテンションで言われて、ショックを隠しきれません。
「なら……なら、あなたたち!」
諦めきれないハイラマリーが、姉妹の肩をガッとつかみます。
「わたくしのお城に引っ越していらっしゃいよ!」
「え?」
ハイラマリーの提案は、驚愕のものでした。
「あなたのお母様、料理人なんでしょう? それに、お父様は庭師だっていってたわね。わたくし、今のお料理は口にあわないの! 帰ったら、お母様に相談してみるわ!」
「相談って、なにを?」
「決まってるでしょう! あなたのお母様をうちの料理人に、お父様を庭師に迎えるのよ!」
姉妹は顔を見合わせます。
「それってつまり、ハイラマリーといっしょにくらせるってこと?」
「ええ、そうよ。毎日一緒に魔術の鍛錬をしましょうよ。あなたたちを、わたくしのライバルに任命してさしあげるわ!」
「それは嬉しいけど、でも……」
姉は、世の中の詳しい仕組みはわかりませんが、ハイラマリーが言うほど事が単純ではないのはなんとなくわかっていました。
それに、妹は妹で、今の場所を離れたくない理由があったのです。
「なによ、二人とも……嫌なの?」
親切な提案をしたつもりのハイラマリーでしたから、姉妹が二人とも気乗りしないのを見て、頬を膨らませます。
「嫌じゃないけど、そんな簡単にいくかなぁ……」
「……」
「うまくいくか、いかないか、じゃないのよ。うまくいくようにするの。それが、魔族の強者ってものでしょう!」
ハイラマリーは魔王立ちで宣言します。
姉妹はその力強い言葉に、雷に打たれたようでした。
「すごいね、ハイラマリー」
「ほんと、かっこいいね、ハイラマリー」
「あ、あら、そう?」
思ってもみなかった賛辞を向けられて、ハイラマリーは照れます。
「とにかく、わたくしはわたくしで考えてみるから、あなたたちもこれからも修練所にこられるよう、頑張ってみなさい。強くなるためには、才能ある者だって、やっぱり努力が必要なんだから!」
これが環境の違いによる志向の違いというものなのかもしれません。
ハイラマリーの考え方は、今まで様々なことを諦めるのが当然だった姉妹にとって、新鮮なものでした。
「いいわね。これが最後のお別れだなんて、わたくしは認めないんですからね!」
そう宣言して、ハイラマリーはお付きの人たちの元に帰って行きました。
彼女から刺激を受けた姉妹は、父母の元に戻って、もう一度交渉を試みます。
「やっぱり、もう少し、ここでがんばりたい……」
「私たち、二人で置いていってくれてもいいから、ダメ、かな?」
父母は驚きました。
普段はとても聞き分けのいい子たちでしたから、こんな風に一度駄目といったことを、もう一度懇願してくることなど今までなかったのです。
「気持ちはわかるが、本当にもう、帰らないといけないんだ。それに、お前たち二人だけ置いて帰るわけにはいかないよ。残念だが、今回は諦めなさい」
父にそう諭され、今度こそ、姉妹は諦めました。
けれどその代わり、決意を新たにします。
昨日、出会ったケルヴィスは、未成年であっても単独で領境を越え、出かけているとのことでした。彼の実力は、姉妹から見ても男爵にはとどまっていません。
姉妹が彼のような単独行動を許されないのは、幼すぎることと、実力が伴っていないためでしょう。
早く大人になることはできませんが、強くなることはできるかもしれません。
ならば、二人だけでもあちこち出かけることが許されるように、強くなろうと決意したのでした。
昼食をとってから、姉妹は父母と家に帰りました。
それからは、また元の生活に戻るはずでした。
しかし姉妹には強者への強い決意があったので、二人で過ごす日常は、ほとんど魔術の鍛錬にあけくれることになったのです。
それに父母は、修練所の滞在こそ延長しませんでしたが、姉妹の思いをただ無下に断ったわけではありませんでした。
三年ほど経ったある日、姉妹は魔王領へと父母とともに転居します。
ハイラマリーの伯爵城ではありませんでしたが、母の友人の伝手を頼って、魔王城にほど近い男爵邸に、住み込みで働くようになったからでした。
こうして、いずれは大公と公爵となる姉妹の、強者へ向けての最初の歩みが始まったのです。
最後まで拙作にお付き合いくださり、ありがとうございました!




