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セレナーデ✕テジオン

捨てられた令嬢の再婚 続

作者: 鷹司

同シリーズ、「捨てられた令嬢の再婚」の続編です。未読の方はそちらを読了後に読むことをお勧めします。

 テジオンと結婚して、半年が過ぎた。


 伯爵領は自然豊かで、半年分でも四季の変化が楽しい。季節は春から秋に変わり、伯爵領は実りの時期を迎えていた。


 まだまだ残暑が厳しいので、猫は膝に乗ってくれない。公爵家伝統の猫じゃらしでじゃらしていると、書斎にテジオンが入ってきた。


「お疲れ様。お仕事は良いの?」

「まだ残ってるけど、ちょっとした息抜きだ。セレナが恋しかった」


 ん、んんっ!


 テジオンはたまにこういうので攻撃してくる。嬉しいけれど、淑女を赤面させるなんて!


「ふふ、かわいい」


 それはわたしのセリフなのに……!


 まさかわざとやっているのでは? と疑うわたしを見て微笑みながら、テジオンが猫に手を伸ばした。


 白猫のマルシェは、既に結婚されたテジオンの姉君が飼っていた猫なので、テジオンは扱いがあまり上手くない。


 気分じゃないところを抱き上げてしまい、爪の出ていない猫パンチを食らっていた。


 ふふ、やっぱりかわいい。


「スキンシップはもうちょっと寒くなってからよ」

「そうなのか。詳しいんだな」

「ええ。実家で飼ってたの……もう随分前に寿命で死んじゃったのだけれど。わたし、一番上だから、生まれたときからいたマリーをお姉さんみたいに思っていたところがあってね」


 懐かしい。マリーは美しいシャム猫だった。現状での、天国に行ったら会いたいリストのだいぶ上位に入っている。


 ちなみに、待ちたいリストはテジオンが一番上だ。当然、だってわたしの旦那様だもの。


「セレナ、少し話があるんだ」


 ふと、テジオンが真面目な顔でわたしを見つめた。わたしを見ても赤面しなくなったのは、いつごろだったかしら。


「どうしたの?」


 テジオンは、会話の中でさりげなく言うとか、そういうことをしない。大事なことは大事だと言ってから、わたしに話す。


 でもこうして見つめ合っていると、その、なんというか、ちょっと困る。


 だって、テジオンがわたしを見つめてるんだもの。髪がはねてないかしらとか、気になっちゃうじゃない?


「冬を越した春と、実りの時期である秋に、2週間から3週間ほどかけて領内の見回りをするんだ。直に領民と会って話せば、だいたいの経済状況や識字率、それに普段の仕事ではなかなか出てこない不満を把握できるから」


 じゃあ、三週間もテジオンと離れ離れ……。大丈夫かしら、わたし。生きていけるのかしら。


「それに、冬は雪で閉ざされてしまって新年の挨拶に行けないから、春と秋のその見回りのあと、王都に行って王に挨拶するんだ。まあ、挨拶なんて本当はどうでもいいんだが、ここは国内でも有数の作物の生産地だから、その年の収穫の報告をしに」


 王都に。


 春にもってことは、わたしとの結婚の話も、たまたま王都にいたから白羽の矢が立ったってことなのかもしれない。


 でも、そうか、王都に行くのか。


 テジオンが、あの伏魔殿のような王城や社交界のあるところに行くのは、なんだか不安だ。


「それで、セレナに提案があるんだ」


 いつになく、テジオンの目か真剣だ。澄んだ、まるで黒曜石のような黒い目がわたしを見つめてくる……っ!


 お、落ち着けわたし、今は話に集中しなくては。


「セレナも一緒に行かないか。この時期の領内は景色が素晴らしいし、王都にも、いつかは行かなければならない」


 王都に行く。やはり怖い響きだ。テジオンと一緒にいられるのは楽しいけれど、でも、わたしは。


「王都に滞在するのは、1週間くらいなんだ。でも、王への挨拶をすませて社交界へ顔を出すのは2日もあれば終わる。この機会にセレナの両親に挨拶したいし、こちらの両親にも紹介したい。日数には余裕があるから、せっかく王都に行くんだし、一緒に買い物や舞台鑑賞を楽しんだりもしたい」


 ……。


 王都に行く、な、なんて魅力的な!


「ついてきてくれるだろうか?」

「もちろんよ、行くわ!」


 テジオンもわたしも、満面の笑みを浮かべた。





 1週間後、用意が整ったが早いか、わたしとテジオンは馬車に乗って出発した。


 馬車の座席は向き合って2面だったが、わたしをエスコートしたテジオンはわたしの隣を選んで座った。


「あら」


 うれしさに思わず声を上げると、案の定テジオンの顔が赤く染まる。でも、準備していたのか、めげずに手をつないでくれた。


 それから、屋敷のある中央部を出るまで、2時間くらいそのまま座っておしゃべりをしたり、お菓子を食べたりした。


 気恥ずかしいけれど、とても幸せな空間を乗せた馬車は、中央部を出る橋を渡ったあたりで止まった。


「あら、どうしたのかしら」

「大丈夫だ。セレナ、一度ここからは馬で行こう」

「ええ」


 何か用意してくれているのかもしれない。ちょっとワクワクし、テジオンのエスコートにドキドキしながら、わたしは馬車を降りた。


「空気がおいしいわ」


 空はさわやかな秋晴れで、秋先の冷えだした空気も快かった。


 わたしが空間を味わっている間に、どうやら馬の用意ができたようだ。


「いいか?」

「ええ」


 馬に乗れないわたしを抱き上げ、テジオンは愛馬にまたがった。


 王都育ちの令嬢には、もちろん馬に乗る習慣がないのでわたしは馬に乗れないけれど、テジオンがいれば叶う。


 ああ、何度味わっても良い気分。


「セレナ、私が良いと言うまで、目をつぶっていてくれ」

「わかったわ」


 ぎゅっと目をつぶり、テジオンにしがみついた。テジオンは、小さい頃から触れ合っていたらしく、馬の扱いが上手だ。大きな揺れは感じなかった。


 それからたっぷり三十分ほど馬を駆けたあと、馬が足を止めた。


「もういい?」

「ああ」


 目を開いてテジオンから体を離すと、先あたり一面が黄金色に染まっていた。


「わあ……!」


 見渡す限り、青い空と金色の絨毯。実りの秋にしか見られない絶景だった。


「ここは?」

「穀物畑だ。ここは小麦、こっちは大麦。あそこから向こうは稲が育てられている」

「イネ?」

「お米のことだ。ここではよく食べる」


 お米。どんな味がするのだろうか。


「食べたいか?」

「ええ。とても楽しみよ」

「ふふ、よかった」


 景色を楽しみながらしばらく進むと、畑が途切れ、人家の集まった集落らしきものが見えてきた。しかし、人がいない。


 そういえば、王都で王子の勉強に付き合った際、過疎が深刻化している地域がある、と聞いたような。


 もしかして、この伯爵領もそうなのかしら?


 少し心配していると、蹄の音を聞きつけたのか、家から人が出てきた。中には、スプーンを持ったままの子どももいる。

 そういえば、お昼時だった。人が少ないのではなく、みんな家でご飯を食べているのだろう。


 よかった。


「セレナ、今日の昼食はここで食べよう。丁度、お米が食べられる」

「わあ、本当に? うれしいわ」

「実は私も視察で初めて食べたんだが、あのときは本当に感動した。オススメはおにぎりだ。用意してもらっている」


 集落にたどり着くと、リーダーらしき中年の男性が出迎えてくれた。


「お疲れでしょう、どうぞこちらへ」


 案内されたのは、その集落で一番豪華な建物だった。馬をつなぎ終わり、護衛の騎士などわたしたち全員が同じ部屋に収まった。


 テジオンによると、この村は毎年初日の昼食を引き受けているとのことで、この建物はその専用らしい。豪華ではないが、品のいい作りで気に入った。


「米を使ったおにぎりです。味付けは塩のみですが、村一番の料理上手が握りました」


 おにぎり。この白い穀物がお米なのだろう。しかし、塩だけでおいしいのだろうか。


 村の女性から受け取って、恐る恐る口に運んだ。


 んっ、これは、おいしいっ!


 心配そうにわたしの顔を見ていたテジオンが、ほっとしたのか嬉しそうな顔をする。


 あらやだ、そんなに顔に出ていたの?


「ふふっ、美味しいようで良かった」


 わ、笑われた。しかし、淑女たるもの……とか言っていられないほどおいしい。なるほどこれは感動的だ。


 テジオンと二人向き合って、黙々と食べた。なんておいしいのかしら。


「塩もいいが、おかかもおいしい」


 特に、テジオンの勢いがすごい。そうよね、十九歳だもの、まだまだ食べ盛りだわ。


「ふふ、お米が」

「えっ?」


 テジオンがきょとんなって顔を上げる。お米の粒が口元についていた。


「取ってあげるわ」


 指でつまんでテジオンの口に入れる。あらあら、顔が赤いわ。


「じ、じゃあ、私も」

「えっ?」


 テジオンがわたしの口元に手を伸ばし、そのままわたしの口にお米を入れた。


「まあ、いじわる。言ってくれればよかったのに」

「今気づいたんだ」


 やってしまって、恥ずかしいのかテジオンがさらに赤くなる。わたしも、恥ずかしい。


 だって、村の人達が見てるんだもの……。

 うう、恥ずかしい。


 後にわたし達は、領内で「腰が曲がっても新婚」の伯爵夫婦と呼ばれるようになった。


 名誉なのか、不名誉なのか、ちょっと判断しにくい。





 それから3週間後、たっぷりと時間をかけて領内を周り終え、わたし達は王都へ向かった。


 王都に着いても、意外なほどあの事件を思い出すことは無く、どちらかといえばテジオンとの観光を思い描くことが多かった。


 王との謁見では、陛下に領内の報告をするテジオンがかっこよかっただけでなく、「王子とのことは申し訳なかったが、幸せそうでなによりだ」とのお言葉をいただいた。


 王様は、昔から結構いい人である。


 それからわたし達はテジオンの実家へ向かい、お義父さまとお義母さまにお会いした。


「まあいらっしゃい!」


 お義父さまはもちろん、お義母さまはとりわけ歓迎してくださった。


「ごめんなさい、結婚式に行けなくて。うちの人が拾い食いでもしたみたいで、お腹壊しちゃったの」

「拾い食いはしていないが、すまない」

「ごめんなさいね。でもわたくしたち、本当にうれしいの。もう、テジオンは結婚できないんじゃないかと思っていたところだったから」

「え」


 テジオンがびっくりしたような、ちょっと納得したような、複雑な表情を浮かべた。


「うむ。私はたまたま結婚できたが、そんな奇跡二度は起きまいと」

「き、奇跡!?」


 心外といった様子で繰り返したテジオンは、でもたしかに……きせきか……と、何やらぶつぶつ言っている。


 奇跡は言いすぎな気もするけれど、お義母さまは王家の血筋らしい。たしかに、なかなか珍しいことではある。


「まあ、今日はゆっくりしてらっしゃい」


 長旅に、案外疲れがたまっていたらしい。久しぶりの豪華なベッドは、疲れた体に染みた。





「あら、お久しぶりですのね」


 翌日、わたしたちが行ったのは上級貴族が集まるお茶会だった。


 そこに、なぜか知らないが王子とその妻の男爵令嬢がいた。


 普通は成人の十八歳以上なら結婚できるが、王族は成人も結婚も二十歳以上。王子が二十歳になる来月、結婚する予定である。


 しかし、色々と実績はあるにせよ、現状の男爵令嬢の身分で参加できるパーティーではないはずだった。しかし、おそらく未来の皇太子妃として優遇されたのだろう。


 主催でもないわたしが口を出すことではない。何より、ここで嫌味でも言えば嫉妬しているようで、テジオンにいらない汚名を負わせてしまう。


「お久しぶりです、リリアさま。ご機嫌麗しゅう」

「セレナーデさまもお元気そうで何よりですわ。ご夫婦でいらっしゃったのね」


 ちらっとテジオンを一瞥し、どこかバカにしたようにリリア嬢が笑う。


 カチン。


 わたしのことはいいけれど、テジオンをバカにするなんて。ええ、そうくるならわたしにも覚悟があるわ。これでも十年間、未来の皇太子妃を背負ってたんだから。


「ええ。ご婚約おめでとうございます。殿下もいらっしゃってるんですね」

「そうよ。あら、お会いになりたいの?」


 まるでわたしが王子に未練があるみたいな言い方はやめていただきたいですわ。


 喉元まで上がってきた言葉をぐっと堪え、笑顔を浮かべてやんわりと否定する。


 我慢、我慢。


「おや、王子殿下がいらっしゃっているのですか。リリア嬢、恐縮ですが、お声がけしていただいてもよろしいでしょうか」


 テジオンがにこやかに話しかけた。どうして。


「あら、もちろんよろしいですわよ」


 なんだか半年前より態度が大きくなったリリア嬢が、甘えた声を出して王子を呼んだ。


 あの対応は伯爵であるテジオンに対して明らかに不敬だが、まあこの人なら揉み消すだろう。そう思いながら、半年ぶりの整った顔を見上げる。


「久しぶりだな、セレナ」

「お久しぶりでございます」


 セレナ、ですって。まるで婚約者のような言い方ですわね!


 と、言いたい。言いたいけれど、我慢。


「殿下。恐れながら、セレナは私の妻ですので」


 て、て、テジオン!? その言い方はちょっとトゲがあるのでは……?


「ん? ああこれはすまない。久しぶりだな、ファーラー伯爵」

「お久しぶりでございます。殿下におかれましては、ご壮健のご様子何よりです」


 和やかなのに雰囲気が怖い。どうなる? と不安に思っていたら、リリア嬢と目が合った。


 仲はよくないが、お互い王子の性格はわかる。これは、まずい。


 リリア嬢は、頭の良い令嬢だ。おそらく、ファーラー伯爵領の実りがどれほど大切か知っているし、将来王子が即位した時に、関係が冷え切っていては他の生産地の領主の反感をも買う可能性があることを理解しているはずだ。


 わたし達は頷き合った。過去の遺恨は置いておいて、今は力を合わせる時だ。


「殿下、愛称で呼ばれるなんて、わたしにもセレナーデさまにも失礼ですわ」

「テジオン、わたしはテジオンが呼んでくれればそれでいいのよ。殿下に不敬を働いてまで言うことではないわ」


 テジオンも王子もかなり怒っていた。


 流れとしては不自然でも、お互い相手のハートは掴んでいるはず。


 わたしもリリア嬢も、必死で宥めた。わたしは、テジオンの身に迫る危機を、リリア嬢は自分たちはもちろん、国に迫る危機を回避するために。


 結果、お互いが相手を説得し、気を遣いつつ再度の対話をさせることで、夫同士の仲を取り持つことに説得した。


「伯爵、今年の収穫はどうだ?」

「順調なようです。海に面した地域でも、今年の魚は大きくて脂が乗っているという話を聞きました」


 穏やかに会話を始めた夫達を見て胸を撫で下ろし、わたしとリリア嬢はお互いの顔を見た。


 共通点、新婚・夫とラブラブ・皇太子妃の経験アリetc


 相違点、強いて言うなら身分(男爵令嬢と皇太子妃、公爵令嬢と伯爵夫人は足して2で割れば同じくらいではある)


 遺恨、王子をめぐる確執(但し、結果としてわたしはテジオンと出会えた)


 ふむ。


「セレナーデさま、王都にはいつまでいらっしゃいますの?」

「6日後には帰る予定です。リリアさまは、結婚式も近いのでしょう? 参加できなくて残念ですわ」


 会が終わる頃、わたし達は来春の再会を誓い合い、文通する約束をしていた。


 人生、何があるかわからない。リリアさまと王子とは熱烈な恋愛結婚であり、もしもわたしが別の形でテジオンと出会っていたら、選んでいたかもしれない手段だった。


 なにより、ある意味でリリアさまはわたしとテジオンを結びつけた恋のキュービッド。年も近くて立場も近い。


 帰るとき、名残惜しくすら思える時間だった。





 その日は、私の実家に泊まることになった。


 半年ぶりに会う両親。お母様はわたしが幸せに暮らしていることを知って、泣き出してしまった。


 どうやら、わたしのことを気にかけていてくれたらしい。


 父も喜んでくれて、うれしかった。十四才の弟は、どうやらテジオンが気に入ったらしい。話が弾んでいた。


 王子との婚約破棄で、手間をかけて妃教育をしてくれた両親に申し訳ないと思っていた。けれども、こうして喜んでくれて、少しなりとも親孝行ができたかなと思う。


 翌日からは、王都にあるテジオンの持ち家で過ごした。


 流行りの舞台を見ることもあれば、弟を連れて王城を見学したり、服を買いに行って、着る予定もない晴れ着を買ってみたり。


 王都に滞在する最後の日には、テジオンに誘われてレストランに行くことにした。わたしたちの家からは少し遠いけれど、街並みのきれいな通りにあるという。


 少し遠いので、馬車に乗って近くまで行くことにした。


 王都のサンドイッチで朝食を摂りながら、窓から街を眺めた。やっぱり王都には王都の良さがある。でも、のんびりできる分、わたしは伯爵領のほうが好きかもしれない。


 と、窓の外を眺めていた時だった。


「う……」


 急に吐き気がし、口元を押さえてうずくまった。


「セレナ? セレナ! どうしたんだ」


 テジオンが、背中をさすってくれながらあたふたしているのがわかる。


 異変を察した馬車が止まっても吐き気はなかなか収まらず、声にならないうめきを漏らし続けた。


「たしかここは、実家が近いはず。とりあえず屋敷に!」


 わたしは乗り物酔いしないので、乗り物を動かすのは問題ないと判断したのだろう、下手をするとわたしより青い顔をしているらしいテジオンが指示を出す。その間もずっと、優しく背中をさすってくれた。


「まあ、どうしたの!?」


 屋敷では、お義母さまが迎えてくれた。そのころには少し吐き気はおさまっていたが、まだ気分が悪く、少し横にならせてもらうことにした。


「お医者様がそろそろ着くそうよ。たぶん、深刻な病気とかではないと思うわ」


 お義母さまの言葉には説得力があり、わたしも落ち着くことができた。あまりにあたふたしていて、こちらまでなんだか焦ってきてしまうと、可哀想だったがテジオンが別室待機になったのも大きかったかもしれない。


 すぐにお医者様がいらっしゃり、診察を受けた。





「セレナ!」


 部屋から出ると、テジオンがすごい勢いでこちらへ来た。少し前の私より顔が青い。


「大丈夫だって」

「はー、よかった」


 どれほど心配してくれていたのか、テジオンが泣き笑いのような顔になる。


「むしろ良い話よ」

「えっ?」


 テジオンが目をまん丸にした。今日は百面相だ。


 わたしの後ろにいた、お医者様が言った。


「ご懐妊です」


 テジオンがくちをぱくぱくさせ、それからわたしに抱きついた。わたしの体を気づかってか、いつもより優しく、けれど熱いハグだった。


「豪華なディナーはつらいかもしれないけれど、今夜は家族でお祝いをしましょう」


 そう言って、お義母さまがほほ笑んだ。


 その夜、お義母さまたちがわたしの家族も呼んでくださり、家族みんなでお祝いをすることができた。


 翌朝、わたしたちは家族に見守られ、王都を出た。


 嫌な思い出を封印したはずのここで、楽しい思い出ができた。来春、またここに来る時には、私のお腹も大きくなっていることだろう。


 わたしとテジオンを乗せた馬車は、半年前のあの日と違い、いっぱいの幸せを乗せて、我が家へとゆっくり進んでいった。

読んでいただきありがとうございます。また続きか、ちょっとした話を乗せるかもしれません。

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