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憎悪


 大学に入学してすぐ、私はサークルに入らないと決めた。興味があるものはいくつかあったが、どのサークルも、ちゃらちゃらとふざけたやつばかりに見えたから。一体彼ら彼女らは何をしに大学に入ったのだろう。勉強するためではないのか。

 私はあいつらとはちがう。

 私は友達も作らず、一人、大学で講義を受け続けた。

いっぱい勉強して、いい成績をとって、いい企業に就職するんだ。

脳裏に沙優と橋田先輩の姿が浮かぶ。……どうせすぐ別れるだろう。そしてあの二人も、いずれちゃらちゃらと恋愛に現を抜かしていたツケを払うことになるのだ。


 その時を楽しみにして、私は黙々と勉強を続けた。




 大学の四年間はあっという間に過ぎていった。特筆すべきことが全くないくらいに。サークルにも入らず、友達も作らなかった私の大学生活は平坦で、毎週同じ時間に同じ講義を受け、バイトに行くだけの繰り返しだった。思い出といえば、一年目の最初に一度レポートを教授に褒められたことくらいだ。そんな些細なことをトピックとして語らねばいけないくらいの、無味無臭な時間だった。

高校時代より遥かに長い長期休暇はやることがなく、ずっとスマホを触って過ごした。勉強に対するモチベーションも、段々と下がって行った。

 ……ああ、一つだけ、触れなければいけないことがあった。




 三年になると就職活動が始まった。私は誰より早く行動を始め、準備も周到に整えた。

 しかし、私の就職活動は難航した。

 いつも面接で落とされてしまう。これまで人とコミュニケーションをとってこなかったからだろう、準備していた受け答えは面接官を前にすると途端に言えなくなり、笑顔はぎこちないものしかできなかった。

いわゆるお祈りメール、お祈り電話が来る度に「見る目のないやつらばかりだ」と怒りに震えた。会社なんて仕事をしに行くだけなのに、面接で何が分かるというのだろう。仕事ができるかできないか、それだけ見ればいいのに。

 私は三十社近く落ち、そしてもはや第何志望だったかも分からない会社に事務としてようやく内定した。私に見合った会社とは到底思えず、行くか迷ったが結局行くことにした。現代は転職ありきだ。大した会社でなくても、結果を残して私の実力を証明し、別の会社に行こう。そう思った。




 自身の就職活動が一段落してから、そういえば沙優はどうなったのだろうとふと気になった。沙優とは幸いにも大学で一度も会うことなく、私は高校時代の友人とも全く会わなかったので絶縁状態になっていた。直接連絡など死んでもしたくないため、気まぐれで始めたインスタグラムを開く。あまりに暇だったため始めたが、投稿はほとんどせず現在まで見る専だ。中学、高校の友人たちをフォローし、彼女たちの生活を見て暇を潰していた。沙優のことはフォローしなかったが、『友達かも?』に時折出てくるのでアカウントは知っていた。たしか鍵もかけていなかったので見られるはずだ。

沙優のアカウントを覗いてみると、そこにはいわゆる『映える』ご飯や旅行先の景色、彼氏とのツーショットが多く載っていた。沙優は髪を茶色く染めて化粧をしているものの、以前の素朴な顔の良さは健在だった。橋田先輩とはまだ付き合っているようで、最新の投稿は数か月前だった。その投稿に、私の知りたかったことが載っていた。

 スーツ姿の沙優と橋田先輩が大学の門の前でピースをしている写真だった。そして投稿に添えられた文章を見る。

『○○に合格しました。以前からずっとこの業界に興味があり、○○が第一志望だったので受かって嬉しいです!応援してくれた方、ありがとうございました!精一杯頑張ります!!』

 ○○、という会社は私が当初第一志望にしていた会社だった。

私はスマホを握り潰すくらい強く握った。

ムカつく!ムカつく!!ムカつく!!!

なんであんなやつが受かって、私が落とされるんだ。

 怒りのあまり、私は返信欄に『死ね』と書き込んだ。しかし送信する寸前で自身のアカウントが実名であることを思い出し踏みとどまった。今は企業がSNSアカウントもチェックしている場合があると聞く。こんなことをして内定取り消しなんてされたらたまらない。


 私は新しいアカウント、いわゆる捨てアカウントを作り沙優にDMを送った。返事はなかったが、きっと見ただろう。

 ざまあみろ。私は嫌いなやつに不快な思いをさせてやった。そんな些細な欲望が満たされた幸福感でいっぱいになった。


 数日後、私は『有名人にSNSで誹謗中傷を送った』として男が警察に連行されているニュースを見た。私はそれを見て震えあがり、急いで捨て垢のメッセージを取り消した。沙優からは何のリアクションも来ていなかったが、もし私もああなったら。

 ニュースに映っていた男の姿が自分に重なり、数日は寝る前に思い出して震えた。




 これが私の大学時代の唯一といっていい思い出だった。思い出なんて綺麗なものではない。醜悪な行動だ。

 この頃にはもう、自分が悪いなんてことは考えもしなくなっていた。全てを誰かのせいにして生きていた。

 そうでないと、弱い心を保てなかったのかもしれない。


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