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分岐点

体調が悪く校正ができなかったので後で諸々書き直すと思います。申し訳ございません。話の筋は変わらないです。


その出来事があった翌日から、私はしきりに橋田先輩のことを見るようになってしまった。皆が言うように、確かにかっこいい。身長が高く脚が長い。イケメンだし野球も上手い。皆の憧れるあの人が私のことを、と思うと誇らしさすら覚えた。

 部活以外でも私は先輩を意識するようになってしまった。私は別に好きじゃない、でも、向こうから来てくれるなら付き合わなくもない。なんて、そんなことを思いながら日々を過ごした。部活に行くたびに、「今日は告白されるんじゃないか」とソワソワしていた。


 しかし何事もなく、三年生は引退した。やっぱり甲子園には行けず、県大会の四回戦で負けた。その直後に、入部してから初めての土日休みができた。私は久々に中学時代の友人と遊ぶことになった。

 特に仲の良かった三人で集まり、地元のショッピングモールで映画を見たりゲームセンターで遊んだりした。そして手持ち無沙汰になるとスタバに行き、新作を飲みながらのんびり話を始めた。勉強の話。新しい友達の話。そして恋愛の話になった。

「出会いないよー」

 そう嘆くのは女子高に行った友達だった。

「周りの男って、もうおじさんくらいの先生しかいないもん」

「私も共学だけど、クラスの男子がみんな芋っぽいっていうかさ。偏差値高いとガリ勉しかいない」

「それはきついねー」

 私は共感しながら、密かに優越感に浸っていた。これまで無縁だった恋愛に、私はある程度関われている。しかもみんなの憧れる橋田先輩とだ。そう考えると、友達に自慢したくなった。

「里香ちゃんはどうなの?」

 キタ! と思った。

「いやー、私もなんもないけど……」

 私はもったいぶって、皆を引き付けてから続きを発した。

「でも何か、皆がいいって話してる先輩と仲良くて、結構いい感じかも」

「えー何それー!」

「いいなー。私も部活入れば良かったー」

 みんなが羨望の眼差しで私を見つめていた。それは地味だった私にはこれまでにない体験で、とてつもない気持ちよさだった。

 スタバを出て、次は私が提案したコスメショップに行くことになった。化粧は禁止されているけど、みんなしているしいいだろう。それに、化粧をして今より更に可愛くなれば、橋田先輩ももっと積極的にアプローチしてくるかもしれない。……そんなことを考えている最中だった。視界の端に見たことのある制服が写り、そちらを向いた。

 最初、目を疑った。しかし。間違いない!沙優と橋田先輩だ!!……全身の血の気が引いていくのが分かった。二人は私が見ていることなんて気づかずに、見つめ合い、笑い合っている。恋愛経験のない私でも分かる。そこには私だけじゃない、他の誰にも入れない、二人だけの空間が作り上げられていることが。

「どうしたの?」

「ううん、何でもない。ちょっと知り合いに似てる人がいただけ」

 動揺を悟られないよう、平静を装うことに注力した。しかししっかりと、私の視界には二人の姿が捉えられていた。釘付け、とはよく言ったものだと思う。どんなに視界から振り払おうとしても、意識はそちらに向いてしまっている。

「あ、ここだここ!」

 お目当てのコスメショップに着き、三人と一緒に見慣れない化粧品の棚に囲まれて歩いた。目当てのものが一体何だったのか、本当にそんなものがあったのか、もう分からなかった。

 私は何も買わずに店を出た。もう、何が欲しいのかも分からなかった。


 沙優は橋田先輩と付き合っていた。家に帰って、改めて私はその事実に絶望した。あの人は私のことを好きだったんじゃないのか。私は弄ばれたのか。怒りが腹の底からふつふつと、煮え滾ったマグマのように這い上がってきた。だけど、私はそれを口に出すことはなかった。

 翌日、私と同様にショッピングモールで二人の姿を目撃した人がいたようで、二人の関係は噂になっていた。さすがの沙優でも、橋田先輩と付き合っているなんてバレたら反感を買うだろう、と思っていたのだが。

沙優と橋田先輩ならお似合いだよね

 そんなことを言っている同級生や先輩たちに嫌気がさした。こいつらは何も分かっていない。沙優がみんなからの質問攻めにあっているのを、私は遠巻きに聞いていた。聞きたくなくても、あの時視界に入ってきたのと同じように、沙優の声が耳に入ってきた。

「どっちから告ったの?」

 どうせ沙優が無茶言って付き合ったんだろう。

「……先輩から。一目惚れしたって言われて……」

 沙優が控えめに言うと、キャーとけたたましい、サルの鳴き声のような不快な高音が響いた。

「付き合い始めたのはいつから?」

「大会二週間前の、7月7日……」

「七夕じゃん! ロマンチックー!」

 ……七月七日。先輩が、私のミスを許してくれたのと同じ日だった。だから機嫌が良かったのだろうか。あの、先輩の笑顔が頭に浮かぶ。

 今は嫌な思い出として。

 脳内にこびりついたそれを、必死に消そうとした。気持ち悪い。ただ女を捕まえて浮かれていただけじゃないか。沙優も、あいつも嫌いだ。


 もういいや。


 翌日、退部届を提出した。……どうせこんな弱小校じゃ甲子園にも行けないし、部活なんて続けて何の意味があるのか分からない。私たちはもう高校二年生。進路について真剣に考えるべき時だ。ただでさえバイトをしている私は、早めから勉強しないと。そう思い、バイトとマネージャーから、バイトと勉強へと生活をシフトした。あの二人も、どうせすぐに別れるだろう。所詮高校生のおままごとみたいな恋愛だ。大した覚悟もなく、結婚する気なんてお互いにないただのお遊びに、意味なんてないのに。

「マネージャー辞めちゃうの?」

 退部届を提出した後、沙優が駆けてきた。

「うん、そろそろ本格的に勉強しようと思って」

 この泥棒猫が。そう思いながらも私は愛想よく沙優に接した。

「そっか……。勉強なら仕方ないね……。頑張ってね!」

 沙優は猫を被ったまま私にそう言った。ああ、橋田先輩はこの嘘笑いに騙されたのだろう。

「ありがと。沙優も頑張ってね」

 私はそう言って踵を返した。殺意に近い憎しみを抱えながらも気丈に振る舞う自分を褒めてあげたかった。




 今思うと、ここはひとつの分岐点だったのだと思う。素直に負けを認めていれば。沙優のことを許していれば。……いや、許すなんて傲慢だ。沙優は何も悪いことをしていないのだから。沙優と二人の関係を、私が受け入れられていれば。



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