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刷り込み

短編です。大体5話くらいで終わる予定です。


 私の人生を語るうえで、育ててくれた母の存在は欠かすことができない。今思うと、母から受けた影響は自分が思っている以上に大きかったように思う。

 母について回顧するとき思い出すのは、小学6年生の時の記憶だ。あの時、人生で初めて「母」について真剣に考えた。




 学校で『私のお父さん・お母さんについて』という作文の宿題が出た。どちらかについてでもいいし、両方についてでもいいと先生は言っていた。でも私にはお父さんがいない。だから、必然的にお母さんについて書くことになる。私は家の中で一人、お母さんについて考え始めた。

お母さんは私を産んですぐにお父さんと離婚し、シングルマザーとして私を育てる道を選んだらしい。お父さんについて尋ねると、「ろくでもない性格だった」とお母さんは言うけど、会ったことがないから私には分からない。

 お母さんはお昼にスーパーのパート、夜はスナックで働いて、必死にお金を稼いでくれた。贅沢はできなかったけど、それでもお母さんの頑張りのおかげで、私はお腹を空かせることなく健康に育つことができた。

 お母さんが働いている間、私はおばあちゃんに預けられた。お母さんといる時間よりもおばあちゃんといる時間の方が多かった。お箸の持ち方も、ひらがなの書き方も、足し算もおばあちゃんに教わった。

「ほんとムカつく」

 それがお母さんの口癖だった。その後には色々な人の悪口が出てきて、その悪口を聞いて育った私は、会ったこともないお母さんのパート先のおばさんや、スナックに来るおじさんのことを嫌いになっていった。

「やめなさい! 里香がマネするでしょ!」

 おばあちゃんはお母さんが人の悪口を言うとそうやってお母さんを叱った。おばあちゃんに怒られるお母さんは、お母さんに怒られた私みたいにしゅんとしていて、大人になってもお母さんはおばあちゃんの子供なんだな、と思った。

 私は小さい頃からお母さんに同情して、大好きなお母さんのことを怒らせるなんて許せないと純粋に思っていた。だけど成長していくにつれ「お母さんにも悪いところがあるのでは?」と思うようになり始めた。

 きっかけはおばあちゃんに対する言葉だった気がする。私を預かると言っていた日に何か用事ができて預かることができなくなった、と連絡があった。お母さんはおばあちゃんからの電話を切った後、顔を真っ赤にしながら「使えないババアね!」と言ったのだ。私はそれを聞いて、いつもよくしてくれるおばあちゃんになんてひどいことを言うのだろうと思った。私がお母さんの言動に対して疑念のようなものを抱くようになったのはその時からだった。

 ……お母さんは私がいない時や寝た後に、おばあちゃんに人の悪口をこぼしていたのだと思う。そうやってガス抜きをしていたのだと今は理解できるし、おばあちゃんがどれだけお母さんの精神的支えだったかは、おばあちゃんがいなくなってからよく分かった。


 私が小学校に上がる頃、おばあちゃんが死んだ。お母さんはお葬式で子供のように泣きじゃくり、これからどうすればいいのと悲鳴のような声をあげていたのを覚えている。私はまだ人が「死ぬ」ということについてしっくり来なくて、お母さんが泣いているのにつられて泣いたような気がする。もうおばあちゃんには会えないんだ、という事実は後になってじわじわと理解し始めた。


 おばあちゃんを失ったお母さんはいよいよ歯止めが効かなくなった。他人の悪口はエスカレートし、私の前でもひたすら他人の悪口を言い続けた。私はお母さんの悪口を聞きながら、言いようのないもやもやした思いを抱えていた。

 一度お母さんに「人の悪口は良くないよ」とおばあちゃんのマネをして言ってみたことがある。するとお母さんは鬼のように怒り、一週間ほど悪口の矛先が私に向いた。それ以来私がお母さんに何かを注意することはなくなった。

 お母さんの悪口は日々増えていく。そしてそれは、時に自分のミスにさえ及ぶ。


 これが、私がお母さんについて知っていることだった。


『お母さんについて』と作文用紙に書いて、その先の文章を考える。別にお母さんに見られるわけじゃないし、発表もしないと先生は言っていたけど、悪いことを書くのは気が引けた。私は『お母さんは私のために毎日一生けんめい働いてくれています』と書き始めた。お母さんにも、いいところはたくさんある。私はそっちに目を向け、作文を書き進めた。




 母は決していい母ではなかったが、悪い人でもなかった。どこにでもいる、少し大変なシングルマザーの一人だ。

 私はこの時の影響からか、反抗期というものがなかった。母に逆らうと何倍にもなって返ってくるということを身を以て知ったからかもしれないし、呆れて反抗する気にもならなかったかもしれない。

 中学生活は何事もなく終わった。母は変わらず、私も変わらず。友人はそこそこいて、細々とだけど学校もプライベートも楽しくやれていたと思う。何の思い出もないけど、でも、現在までを振り返るとそんな無味無臭の中学時代が一番幸せだったかもしれない。


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