088「エレーナ・ツヴァイコフ」
「お疲れ様です!」
「お疲れ様です」
「おつかれー!」
今、ボクら『三賢人』はソフィアお姉ちゃんに直談判して取り付けた『大仕事』を終え、リビングでぐで〜っとしていた。
「一生懸命やりましたが⋯⋯実際ボクたちのパフォーマンスはどうだったでしょうか」
「エレにゃん凄く可愛かった!」
「そ、そういうことではなく⋯⋯」
「エレーナたん、ハスハス」
「ミ、ミル君、顔近い。あと⋯⋯嗅がないで!」
ボクはクランのリーダーであるはずなんだけど、二人はいつもボクをそうやってからかう。
「ボ、ボクは、リーダーなんだぞ! からかうのはやめてよぉ」
「え〜からかってないよぉ〜。愛情表現だよ〜」
「そうです、愛情表現です。その愛情表現には『尊敬』も『敬意』も含まれます」
「え? そ、そうなの? ごめん、ボク何か勘違いしてたみたい⋯⋯」
「いいんですよ、エレーナたん。エレーナたんはそのままでいいんです。⋯⋯これまでもこれからも」
「ミル君?」
エメラルドグリーンの瞳と髪色が特徴な『ミル君』。ボクより2つ年下だけどすごくしっかり者でウチのクランの頭脳である。身長は157のボクよりも少し大きいくらい⋯⋯くやしい。
ちなみに、この瞳と髪色は『スキル』が発現したときに変化したんだとか。昔はこの瞳と髪色でいじめられたりしたこともあったらしいけど、今ではこの瞳と髪色は彼女の唯一無二の魅力だ。
「そうそう。エレにゃんは何も気にせず君のやりたいことをやって! 私とミルはそんなエレにゃんが大好きなんだから! これからもズッ友だよ!」
「リリンちゃん⋯⋯」
桃色のロングヘアーが特徴な『リリンちゃん』。歳はボクの1個上でクランの一番の年上。だけど活発な子でいつもバタバタしているから、どちらかというと3人の中では『末っ子』みたいな感じ。身長はボクやミル君よりもずっと大きい。⋯⋯163cmくらいかな?
ボクたち『三賢人』のファンからは『桃髪ロングのリリンちゃん』という愛称で親しまれている。
そんな二人は、ボクを揶揄ったあとはいつもこうやってボクを褒め甘やかし倒す。
「も、もう?! そうやっていつも甘やかさないでください!」
最後は、いつもこんな感じでボクが恥ずかしさのあまり折れる⋯⋯までがいつもの日常だ。
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「それで、ミル君⋯⋯どんな感じですか? ボクたちの電波ジャックによる反応は?」
「現在、電波ジャック終了から36時間が経過しましたが、ファンクラブ登録は30万人を突破しました」
「ええっ!? さ、30万人も!」
「また、各主要なSNS媒体でもまだトレンド3位までを『オメガ様ガチつよ勢』に関するワードが独占しております」
「ワーイ、やったー! 大成功っ!!」
「うわっ?!」
と言って、リリンちゃんがいきなり抱きついてきた⋯⋯が、
ムンズッ!
「リリン?⋯⋯お戯れを」
「「っ!?」」
そんなリリンを片手で捕まえ、私へのダイブを阻止するミル君の顔が人前には出せない形相をしていた。
「じょ、冗談じゃないかぁ⋯⋯ミル。あは、あはは⋯⋯」
「まったく⋯⋯油断もスキもない。エレーナたんに触れる時は一緒にっていつも言っているでしょ?」
「ごめんなさ〜い」
「⋯⋯」
ちょっ!? ボクの意思はぁぁぁっ!!!!
「あと、私たちのチャンネル登録者数も今回の電波ジャックの影響で何と⋯⋯350万人を突破しました」
「「さ、350ぅぅ⋯⋯っ!?」」
えええええええええ! 350万人!?
「電波ジャック後24時間で300万人になったのも驚いたけど⋯⋯それから半日で50万人も増えただなんて⋯⋯」
「ふぇ〜⋯⋯。そりゃ、エレにゃんという『男の娘神』の影響力を持ってすれば、今回の電波ジャックを機にチャンネル登録者数が増えるとは思ってたけど⋯⋯まさかここまでとはね。たはは⋯⋯」
「え、ええ。正直私もエレーナたんの『男の娘神』の影響力は理解していたつもりでしたけど⋯⋯想像以上でした」
ボクもリリンちゃんも、そしてミル君も『350万人』という数字にただただ驚くばかりだった。
「でもよかった。これでオメガ様の役に立てる⋯⋯『力』を手に入れることができた⋯⋯」
「エレにゃん?」
「エレーナたん?」
「ファンの人たちから『男の娘神』とか言われて、周囲からも『すごい影響力だね』って言われたりしたけど、でも、これまでは『実質的な影響力』というのはなかった。でも、今は違う。表向きとはいえ、『オメガ様ガチつよ勢運営』という役目を与えられているし、それにファンも支えてくれている。これだけの『力』があれば、オメガ様を厨二病だなんだと言ってる⋯⋯クズ共に『天罰』を与えられる⋯⋯ふふ、うふふ」
「「あ⋯⋯」」
(あ、スイッチ入ったね)
(入りましたね)
リリンとミルがエレーナの変化に気づくとニッコリ微笑む。
「オメガ様のあの規格外の強さ、強者オーラ、そして⋯⋯あの衣装とデスマスク! ああ、なんて凛々しいお姿なんだ。そして、そして⋯⋯あの『魔法』という神秘! あののじゃロリは『それはオメガ様の厨二病妄想による戯言じゃ』などと抜かしていたけど、絶対にそんなことはない! きっと⋯⋯いえ絶対に! のじゃロリは嘘を言ってる! ボクにはわかるんだ!」
「そうだー! そうだー!」
「うんうん。いいですよぉ、いい感じですよぉ、エレーナたん」
「ありがとう! 二人だってそう思うでしょ?!」
「もちろんです(適当)」
「思う、思う(適当)」
「ありがとう! ああ⋯⋯ボクはなんて良いクラン仲間に恵まれたんだろう!」
と、感謝の言葉を二人に送るエレーナ。
そんなエレーナの青い瞳の奥に『どんよりした濃い青の濁り』が映り、さらには表情もさっきまでの可愛らしい感じとは異なり、目の焦点が定まらない状態、且つ、少し上気を帯びた恍惚の表情を浮かべている。
「これだけの『力』を⋯⋯ボクは今、この手の中に⋯⋯。ふふふ⋯⋯これはもうご褒美として日本に行って『オメガ様』に直接会っていいんじゃないかなぁ? いいよねぇ? きっとソフィアお姉ちゃんもいいよって言ってくれる! あ、だったら、わざわざソフィアお姉ちゃんに報告する必要もないか! うん、いいよね。ソフィアお姉ちゃんは副ギルドマスターの仕事で忙しいから気を遣ってあげなくちゃ! うふふ、ボクってお姉ちゃん思いだなぁ。あ、そうだ! それじゃあ早速日本行きのチケット予約取らなきゃ⋯⋯。あと、婚姻とか日本の法律ではどうなってるんだろう? あ、でも、別にいつも一緒にいるなら、法律とかもはや関係ないか、ないよね! うんうん。あとは〜⋯⋯」
スイッチが入ったエレーナは、その後も二人をほったらかして、部屋をうろうろしながらぶつぶつとひとり言を呟き続けた。
「うん。やっぱエレにゃんはこの『裏エレーナ』が最高だね!」
「むふー! むふー! むふー!『裏エレーナ』控えめに言って、優勝っ!!」
イギリス総本部所属A級探索者クラン『三賢人』——その世界的に有名なクランに⋯⋯まともな人間は一人もいなかった。