066「喋る魔物と魔族」
「櫻子ちゃん、大丈夫か?」
「ああ、大丈夫じゃ。少し湿っぽくなってしまってすまない。じゃが、希望はまだあるのじゃ!」
「え? 希望?」
「うむ。ただ、それはワシの研究にとっては希望となるのじゃが、この世界にとっては『災難』になるのじゃがな」
「災難?」
「まず⋯⋯さっきの話で『この世界に異世界からやってきた者がいる』という話をしたじゃろ?」
「あ、ああ」
「その可能性の一つとして、現在浮上しているのが⋯⋯『喋る魔物』じゃ」
「『喋る魔物』?⋯⋯あ!」
そうだ⋯⋯『喋る魔物』!
そういや49階層で『喋る魔物バロン』が「魔法は喋る魔物だけが使える」と言っていた。そしてもう一つ、
「⋯⋯上司」
「そうじゃ。今日お主が倒した『喋る魔物バロン』、そして、そのバロンが『上司』と言っていた人物じゃ」
たしかに『魔法』を使っていたということは『喋る魔物』が異世界からやってきた者という可能性は高い。そして、それは『上司』という奴にも当てはまる⋯⋯はず。
「これ⋯⋯『喋る魔物』が魔法を使っていたことが『異世界から来た者』の何よりの証拠じゃないか?」
「ああ、ワシも同じ見解じゃ。それに、その『喋る魔物バロン』が言っておった『上司』という者にも⋯⋯心当たりがある」
「えっ?!」
マジか!
「その『上司』という奴じゃが⋯⋯恐らく、ワシが15年前に遭遇した奴と思われる」
「じゅ、15年前っ?!」
「うむ。そして、そいつはタケル⋯⋯たぶんお主も知っておる人物じゃ」
「え?」
俺が⋯⋯知ってる人物?
「うむ。そいつはお主が倒した魔王ベガの配下の者で、魔族軍No.2の『左大臣』を務めていた⋯⋯『女帝マーレ』」
「女帝マーレっ!?」
ま、まさか!?
どうしてあいつが⋯⋯?
いや、それよりも、
「ちょ、ちょっと待ってくれ、櫻子ちゃん! だって、俺が異世界で魔王ベガを倒したのはだいたい半年前とかだぞ? それから女神にこっちに戻してもらってから1ヶ月程度しか経っていない⋯⋯。そんな一年も経っていないのに、どうやって女帝マーレが15年も前のこっちの世界にいるんだよ!? しかも女帝マーレは魔王ベガや魔王軍と戦っていた時そこにいたのはたしかだ!なのに、そんな女帝マーレが15年前の現代にいただなんて⋯⋯そんなことって⋯⋯」
俺は櫻子ちゃんの言っていることがあまりに荒唐無稽に感じたので必死に訴えた。しかし、
「いやいた。15年前に⋯⋯確かに。ワシははっきりと見たし、何ならその時、戦闘もしておる」
「えっ! 女帝マーレと戦ったのか?!」
「まー結果的に逃げられたのじゃが⋯⋯。それに、その時女帝マーレ以外にもう一人『白装束の人物』がおってな」
「白装束の⋯⋯人物?」
ほう? 俺のオメガの『黒装束』と対になる格好か。なかなか見どころのある奴⋯⋯あ、いやいや、今はそんなおちゃらけている場合ではない。
「うむ。ちなみに、そいつはかなりの実力者でな。女帝マーレ自体はなぜか弱っていたのだが、そいつが女帝マーレを守りつつ、最後は『闇属性上級魔法:隠蔽』を使って、姿と気配を消してその場から逃げ去ったのじゃ」
「『闇属性魔法:隠蔽』⋯⋯てことは、この『白装束の人物』も⋯⋯」
「恐らく、魔族じゃろう。じゃが、そいつらはそれっきり姿を消して現在もどうなっているかはわからない」
「行方不明⋯⋯? もしかして、もうすでにこの世界にいないとか?」
「⋯⋯ワシもあれから姿を見ないからお主と同じように現代にはもういないと思っていた。じゃが約1年半前くらいから『喋る魔物』なる存在が世界中のダンジョンから確認されてな」
「えっ?! 世界中のダンジョンから?」
「うむ。それで、その情報を受けてワシはすぐに調査に当たった。しかし『喋る魔物』が70階層以降に出現するという情報くらいで、実際にその姿をワシ自身確認できなかった」
「え? じゃあ、今回俺と『戦乙女』たちが『喋る魔物バロン』と遭遇したのってかなりレアケースってこと?」
「そうじゃ。ちなみに、現状『喋る魔物』と遭遇、または実際に見たという情報は7件ほどじゃ。そのため、世間では『喋る魔物』は実際にはいないんじゃないかとか、見間違いだとか、ごちゃごちゃとなって『都市伝説』扱いされるようになった⋯⋯のじゃが⋯⋯」
「今回、俺と『戦乙女』ががっつり遭遇したと⋯⋯」
「そうじゃ。しかもドローンカメラでバッチリ映して世界に配信されたというわけじゃ」
「ふ、ふ〜ん⋯⋯。えっと⋯⋯これって、もしかして、けっこう⋯⋯大事なのかな?」
「そうじゃな。まだ確認はしていないが、恐らくリアルタイムで世間は大騒ぎじゃろう。なんせ、都市伝説と思われていた『喋る魔物』が映っておるわ、それをお主が圧倒して倒すわ、おまけに『魔法』の話もペラペラとしゃべりやがるわ⋯⋯」
「うっ⋯⋯!」
櫻子ちゃんが俺のやったことがどれだけのことだったかをジト目で淡々と詰めてくる。
「えっと⋯⋯すんませんっしたぁぁ!!!!」
俺は全力で土下座した。
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「はぁ〜⋯⋯もうよい。それに、今回やっと『喋る魔物』が実在することをカメラに収めることができたわけじゃし、しかも『上司』という情報も得られたわけじゃから、こちらにとっては大きな収穫じゃ」
「じゃ、じゃあ、お咎め無しということで⋯⋯?」
「条件付きでな」
「条件?」
「うむ。さっきも言ったが、この『喋る魔物バロン』が言っていた『上司』という奴の捜索をお主にも手伝って欲しいのじゃ」
「手伝うって⋯⋯どうやって?」
「それが、ワシ直属のクランの話につながる」
「⋯⋯あ」
「『戦乙女』には伝えていないが、お主にはこの『上司』の存在についてもダンジョン探索の中で調べてほしいのじゃ」
「『上司』⋯⋯女帝マーレか」
「そうじゃ。それに、仮に『上司』が女帝マーレじゃなくても、バロンの話を聞く限り、奴らは組織だって動いていると思われる。そうなると、もはやそれは『人類の脅威』になるわけじゃから、いずれにしても『喋る魔物』の発見と討伐は必須じゃ」
たしかに。
「いずれにしても、この『喋る魔物』についてもまだよくわかっておらんし、さらにそいつの『上司』といわれる存在もまだよくわかっておらん。さらにさらに、お主が取り逃がした15年前にすでに現代に存在した女帝マーレの『時系列の問題』も謎じゃし、そもそも女帝マーレともう一人の『白装束の人物』が今も本当に実在しているのかすらわかっておらんしな。⋯⋯問題は山積みじゃ」
「うわぁ⋯⋯。な、何か、気が遠くなるな⋯⋯」
とはいえ、今回櫻子ちゃんと話ができたのは大きかったと言える。まさか、現代に異世界の住人がいたとはね⋯⋯。
しかも、櫻子ちゃんは元の世界に帰りたいということで、現代と異世界を行き来する魔法陣をガチで開発してるという。すげーよ。
それにしても、もし櫻子ちゃんの『入口用魔法陣』の開発が本当に成功して、異世界のほうにも『出口用魔法陣』が存在すれば⋯⋯本当に異世界との行き来が可能になるんだよなぁ。
「そうなれば⋯⋯パーティーメンバーにまた会えるということか」
あれ? そういや異世界での最後の別れの時⋯⋯『魔道具研究オタク』が何か言ってたような?
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「タケル〜! いつか、いつか、絶対に日本に行けるよう私はずっと異世界転移の研究を続けるから! そして、その研究が成功して、そっちに行ったらその時はあなたには責任を取って結婚してもらいますからね! そのつもりでっ!」
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ブル⋯⋯。
あれ? 何やら悪寒が?