216「残された者たちの矜持」
——櫻子視点
「急げ、急げぇぇ! 観客の避難が最優先じゃ!」
「「「「「はい!」」」」」
「加賀美! C級ランカー以下の探索者に招集をかけろ。観客の避難と池袋ダンジョンの周辺警護に回せ。あとB級ランカー以上の探索者は池袋ダンジョンへの招集を急ぐのじゃ!」
「りょ、了解しました!」
現在、櫻子や会場にいた探索者らはすでに会場の外に出ていた。
櫻子は本当なら『空間転移』を使ってすぐにでも池袋ダンジョン最下層へと向かいたいと思っていたが、しかしタケル抜きで行くのはさすがに無理が過ぎると思い、今できる最善手を考える。
「アーサーとソフィア、それとルーシー・フェアチャイルドの3人を連れていけばあるいは⋯⋯⋯⋯いや無理か。以前、タケルが戦った四つ柱の『マグダラ』という喋る魔物だけなら問題ないのじゃが『四つ柱』というくらいじゃからマグダラレベルの喋る魔物があと3人もいて、尚且つ、ヴァルテラもいる以上、この3人だけではたぶん勝てんじゃろう⋯⋯はぁ」
櫻子がヴァルテラが喋る魔物を使った地上侵略にどう対処するか考えている横で、加賀美の的確な指示で観客も全員会場の外へと避難が終わっていた。
「櫻子⋯⋯」
「⋯⋯アーサー」
「どうした? 何を考えているんだい?」
「池袋ダンジョンの対処をどうするかと考えておったのじゃ」
「ん? なんだ、それなら私とソフィアとルーシーを連れて君のスキルで池袋ダンジョン最下層まで行けばいいじゃないか」
「その戦力では勝てないから考えておるのじゃ!」
「っ!?」
櫻子の何の脚色もない率直な言葉に、アーサーはそれが櫻子の本音であることを瞬時に理解。同時に、
「ちょっと不愉快だな、今のは。世界最高峰の探索者が君を入れて4人もいるんだぞ? それでも君はその池袋ダンジョンの喋る魔物には勝てないと⋯⋯それほどの相手だとでも言うのかい?」
と、アーサーも不愉快であることをちゃんと顔に出したまま櫻子に苦言を呈する。
「ああ、そうだ。それほどの相手じゃ」
「⋯⋯なっ!?」
櫻子はアーサーの目を見てはっきりと「それほどの相手」だと伝える。すると、
「マ、マジかよ⋯⋯。櫻子様がそこまで言う相手なのかよ⋯⋯」
「喋る魔物の魔物活性って、そんなにやばいのか⋯⋯」
「おいおいおい、こりゃマジで洒落にならないようだな⋯⋯」
周囲にいたB級、A級探索者から続々と不安の声が上がる。
「⋯⋯くっ!」
櫻子は周囲の探索者にアーサーとの話を聞かれたことを、不安と焦りがあったとはいえ周囲に他の探索者がいる中で不用意に発言したことを「迂闊じゃった」と後悔する。しかし、
「ふふ、櫻子? もしかして今アーサーとの話を聞かれたのを『しまった』なんて思ってる?」
「ル、ルーシー⋯⋯フェアチャイルド!」
「あらあら櫻子、何をそんな不安な顔をしているんです?」
「ソフィア⋯⋯」
そういって、ルーシーとソフィアが櫻子に近づくと、
「櫻子。はっきり言っておくがそれはお前の完全な『杞憂』だぜ?」
「そうそう。今日オメガ様のライブに来た者たちは『オメガなめんな!』って探索者が集まっているのよ?」
「「そんなこいつらがヤワなわけないじゃない」」
「⋯⋯え?」
二人がハモりながら櫻子に言葉をぶつける。すると、
「櫻子様、覚醒ポーションはありますか?」
「え?」
「櫻子様! 俺にも覚醒ポーションください」
「は?」
「あ、どうせならスキルが生える『副作用あり覚醒ポーション』をくださ〜い」
「あ、俺もっすー!」
「こっちもだー!」
「な⋯⋯なんじゃ? なんじゃああああ⋯⋯っ!!!!」
一人の誰ともない探索者の言葉をきっかけに連鎖反応のように続々と櫻子に『副作用あり覚醒ポーション』を求める声が上がる。
「お、お前ら、わかっておるのか?! 副作用あり覚醒ポーションは⋯⋯」
「ああ、『代償』を背負う⋯⋯ですよねぇ?」
「あ、ああ」
「何をいまさらですよ、櫻子様! 俺たちは探索者ですよ、しかもB級ランカー以上の? そんな奴らならとっくの昔にその覚悟はできてますぜい!」
「そうそうそう! むしろ、スキルが貰えるんなら『性別変化』とか『獣人化』とか大したことないっすよ!」
「む、むむ、むしろ、私にはご褒美でしゅぅぅぅ!!!!」
「お、お前ら⋯⋯」
この場にいるほとんどの探索者たちが、覚醒ポーションの副作用で起こる可能性が高い『性別変化』や『獣人化』を「その程度の『代償』大したことない」と声高々に示す。後半ちょっと毛色の違う者もいたがそれは割愛させていただく。
「櫻子」
「! アーサー⋯⋯」
「私だって、奴らと対峙して今の力で通用しないと思ったら《《飲む》》つもりだよ?」
「なっ!?」
「私だってアーサーと同じだ。あ、でも今の力で通用するならわざわざ飲まないからな! でも⋯⋯覚悟はできてるぞ」
「ルーシーまで⋯⋯」
「⋯⋯櫻子」
「ソフィア?」
「皆わかっているんです。池袋ダンジョンの喋る魔物による地上侵略を止められなければこの世界は終わると⋯⋯。だってここにいる者たちは皆B級ランカー以上の探索者ですよ? それくらいの理解はさすがにあるわ」
「⋯⋯ソフィア」
「ここにいるのは、これだけの強さを身につけた世界トップランカーたちです。その者たちがすでに覚悟ができているのは当たり前でしょ? だって、これが『探索者の矜持』なのですから」
「っ!?」
弱気になっていた櫻子の心にソフィアの言葉が刺さる。
「ふふ⋯⋯そうか、そうじゃな。『探索者の矜持』か⋯⋯すっかり忘れていたとは情けない限りじゃ。許してくれ、皆」
櫻子がそういってペコリとこうべを垂れる。
「皆、ありがとうなのじゃ! 副作用あり覚醒ポーションは人数分用意しておる! 思う存分飲んで、思う存分『変化』を楽しんでくれなのじゃ!」
「「「「「⋯⋯え? あれ?」」」」」
「いやーそうかー、皆『探索者の矜持』があったんじゃったな?! それならワシも躊躇するのはやめじゃ! いや〜どうやらワシは日和ってたようじゃのぉ〜」
「あ、いや、その櫻子様? ちょっとテンションが⋯⋯」
「あ、あれ? 流れ変わったな」
櫻子が開き直った後に出てくる言葉とテンションに、さっきまで格好つけてた探索者の多くが急に不安になり出した。しかし、
「B級、A級の探索者は全員『副作用あり覚醒ポーション』をすぐに飲むのじゃ! S級は所持だけして現場にて必要があれば服用するように! その後、ダンジョンへの侵入前に身についたスキルの確認や副作用による身体変化に慣れたのち、池袋ダンジョン最深部へと向かうのじゃ!」
皆が櫻子のテンションについていけていないでいるが、しかし「一度吐いた唾、飲めるかよ!」と再度自分を奮起させ覚悟を決めた。
「如月、薬を皆に配るのじゃ! 雨宮、佐川! お主らは探索者らの身体変化後のサポートを頼むのじゃ!」
「待ってましたー!」
「はい!」
「りょ、了解っす!」
こうして、S級ランカー以外の探索者全員が『副作用あり覚醒ポーション』を服用。これにより探索者に様々な変化が起こるのを雨宮と佐川が献身的にサポートする。
——30分後
会場には100名近い探索者をすぐに池袋ダンジョンへ移送できるよう、ヘリコプターが数十台待機していた。
「皆の者ヘリに乗り込めい! 目指すは池袋ダンジョンなのじゃ!!」
「「「「「うおおおおおおおおおっ!!!!!!!」」」」」
こうして、櫻子、世界トップ10ランカー、S級ランカー⋯⋯そして『副作用あり覚醒ポーション』でパワーアップしたA級・B級ランカーらは一斉にヘリに乗り込むと、池袋ダンジョンへと向かった。
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