215「女帝マーレと櫻子」
「久しぶりねぇ、タケル〜。会いたかったわぁ〜。やっと! やっと! やっと! 魔王ベガ様の⋯⋯私のすべてである魔王ベガ様の⋯⋯仇をこの手でぇぇぇ!!!!」
「⋯⋯マーレ」
「さあ! さあ! さあ! 本気の殺し合いをしましょうか、タケルぅぅぅっ!!!!」
舞台の周囲では会場の異常事態に気づいた櫻子がすぐにギルドスタッフに観客の避難誘導を指示。スタッフが総動員で観客への避難誘導をすぐさま開始した。
しかし、舞台外の探索者らは吹き飛ばされたものの特にケガを負っている者はなく、むしろ異常事態を把握しようと櫻子に詰め寄っていた。
「櫻子様! あれは一体何なんですか?!」
「彼女⋯⋯舞台上に上がっていたのはセリナ・サンダースだったはずなのに、その彼女が別人に変わっている。どういうことでしょう?!」
「⋯⋯」
櫻子は皆の問いにどう答えたらいいか迷っていた。というか、彼女自身「なぜ女帝マーレがこの世界にいるのか」と混乱していたが、
(女帝マーレがここにいるのと喋る魔物とは関係があるのか?)
と、推察が頭をよぎっていた。その時、
「ああ、そうそう。会場にいる探索者のみなさん⋯⋯」
ここでマーレが魔法を使って会場の全員に聞こえるだけの音量に増幅させ言葉を発する。
「私と《《結城タケル》》の死闘を見学するのは構いませんが、しかし、ここにいていいのかしらね〜?」
「⋯⋯何じゃと?」
マーレの言葉に櫻子は嫌な予感がした。
「あら? そこにいるのはサクラコルン⋯⋯ここでは『櫻子』だったな。久しいのう」
「⋯⋯そうじゃな」
マーレと櫻子のやり取りを探索者たちは静かに聞く。
「⋯⋯櫻子。私はね、タケルを殺せればそれでいいの。だから邪魔だけはして欲しくない。わかる?」
「ふん。お主の話はタケルから聞いているが、それでもタケルをお前の好きにはさせん」
「うふん。そうね、そう言うでしょうね。だから本当はタケルとの決闘以外は興味なかったのだけれど、こうして邪魔をしようとするのもわかっていたから不本意ながら『策』を講じたの」
「策⋯⋯じゃと?」
「ええ。まーこれは『ヴァルテラ』が計画したものだから私はただそれに乗っただけだけれども、でも私はタケルとの決闘だけが目的だったからこの決闘で櫻子や他の雑魚どもに邪魔されるのは困る。だから情報を与えるわね?」
「何が言いたい?」
「今、池袋ダンジョン最下層にヴァルテラと四つ柱が中心となって喋る魔物100体ほどが集結してる」
「なっ!? そ、そんなわけない! 池袋ダンジョンは全階層監視カメラを設置しておるし、そんな報告は受けていない。嘘をつくな!」
「嘘じゃないわ。あ、ちなみに監視カメラがあるのは私たちもわかっているわ。でもね、それでも《《池袋ダンジョン最下層であれば》》移動することができるの。ここまで言ったら櫻子ならわかるんじゃない?」
「っ?! ま、まさか⋯⋯⋯⋯『時空間転移魔法陣』」
「ご名答」
「ま、まさかそんな⋯⋯! あれは機能しないはず⋯⋯」
「ふふん、櫻子だったらわかっているでしょ? 池袋ダンジョン最下層にある『時空間転移魔法陣』は『出口』。だから『入口』の時空間転移魔法陣があれば使えると」
「それはそうじゃが! しかし、入口の時空間転移魔法陣は無いはず⋯⋯」
「それがあるのよ⋯⋯⋯⋯『空間の歪み』」
「え?『空間の歪み』⋯⋯じゃと?」
「あったでしょ?『入口用魔法陣:空間の歪み』って?」
「あ、あった。確かにあったが⋯⋯」
「あれはね、ヴァルテラが作ったものよ」
「な⋯⋯っ?!」
マーレの言葉に唖然とする櫻子。櫻子はずっと池袋ダンジョン最下層にある時空間転移魔法陣を研究していたのでそれは誰よりもわかっていた。そして、自分で『入口用魔法陣』を作る途上でありその難しさはこれも誰よりも理解していた。
しかし、それがマーレから『空間の歪み』がヴァルテラが生み出したものとして愕然とする。
「く、空間の歪みをヴァルテラが⋯⋯? はっ!? もしかして15年前お主と戦ったときに一緒にいた『白装束の人物』が⋯⋯」
「そう。あれがヴァルテラ、魔王軍No.3『右大臣のヴァルテラ』⋯⋯。そして、そのヴァルテラが作った『空間の歪み』を利用してこの世界に来たのよ」
「ま、まさかっ!? まさかそんなことが⋯⋯」
「まー私としてもヴァルテラがなんで『空間の歪み』なんて作れたのかは知らないけど、でも、私としては助かったわ」
「で、では、今現在⋯⋯本当に池袋ダンジョン最下層に⋯⋯」
「そろそろ、連絡が入るんじゃない?」
その時だった。櫻子含む全員のスマホから『ダンジョン緊急警報』が警報音がけたたましく会場に響き渡ると、その直後緊急警報の内容が音声出力にて発せられた。
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『ダンジョン緊急警報』
「現在、池袋ダンジョン最下層10階層にて喋る魔物多数出現。B級ランカー以上の探索者はただちに現場に急行・即時対処をお願い致します」
「繰り返します。現在、池袋ダンジョン最下層10階層にて⋯⋯」
⋯⋯
⋯⋯
⋯⋯
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「ほーら、来た来た。ね? 言ったでしょ?」
「あ、ああああ⋯⋯そんな⋯⋯」
普段、感情が表に出ることがほとんどない櫻子が隠そうともせず絶望した表情と態度を露にする。そして、その櫻子を見て周囲の探索者たちも事の重大さ・やばさが伝わり、ほとんどの者が絶望な表情を浮かべる。
そんな時だった。
「櫻子、行け! 俺もすぐに追いつくから! だから心配すんな!」
「タ、タケルっっ!!!!」
「大丈夫。喋る魔物も四つ柱も、ヴァルテラも含めて大したことねーよ。だから、俺が来るまでちょっとばかし踏ん張っていてくれ。頼んだぞ〜」
「タケル⋯⋯お主⋯⋯」
タケルは「いってら〜」と手を振りながら櫻子に伝える。それを見た櫻子は「ふ、ふん! 格好つけやがって⋯⋯」と思うも、あれだけ櫻子含め全員が絶望していた空気の中、タケルのまるでコンビニに弁当を買いに行くような軽い感じで声をかけられたのが、かえって皆を勇気づけたのがわかった。自分も含めて。
「わ、わかったわい! ここは任せたぞ、タケル!」
「お〜う!」
「全員、池袋ダンジョン最下層へ向かうのじゃ!」
櫻子が全員に鼓舞も込めて力強く指示を出す。
こうして、会場にはタケルとマーレだけが残された。
「ふふ、ようやく二人きりになれましたね、タケル」
「俺は今のお前とは二人きりになんてなりたくなかったな〜」
二人がそんな軽いやり取りをしながらも戦闘準備を整えていく。
そんな二人の光景は会場に設置されていたテレビとネット配信用のドローンカメラがしっかりと捉えており、その映像は全世界のテレビやネットにリアルタイムで流れ、それを多くの視聴者が固唾を飲んで見守っていた。
——二人の戦いの火蓋が切って落とされる。
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