137「エリクサー(1)」
「大丈夫ですか、お嬢さん?」
「え? え? オ、オメガ⋯⋯様?」
「はい。オメガです」
「ほ⋯⋯」
「ほ?」
「本物だぁぁぁあぁあぁあぁ〜〜!!!!」
「本物ですぅぅぅぅぅぅぅぅ〜〜!!!!」
さっきまで命のやり取りをしていた人とは思えないくらい、興奮しながら俺の腕をとってブンブンと振る。とりあえず俺も彼女にあやかって(?)一緒にはしゃいであげた。ちょっと楽しかった。そんなアホなことをしていると、
「きゃああああ!!!!」
突然、『戦乙女』の琴乃さんが悲鳴をあげる。
「こ、この子の⋯⋯腕が⋯⋯」
「え?」
見ると、一人の倒れている可愛らしい少女(?)の左腕が途中から無かった。
「っ!?」
俺はすぐにその子に駆け寄り、ストレージから『神々しく光る緑色の液体』が入った小瓶を取り出す。虫の息ではあったが、その子はまだ微かに意識があったこともあり、俺は口元へ小瓶を持っていきすぐに飲むよう促す。
彼女は弱々しくもコクリ⋯⋯と首肯して小瓶の液体を飲んだ。すると、
カァァァ⋯⋯!
彼女の体が小瓶の中の液体と同じ緑色の光に包まれる。そして、
ズズ⋯⋯ズズズズ⋯⋯。
「「「「「⋯⋯え?」」」」」
彼女の左腕の欠損した部分が、まるで逆再生ビデオのように蘇っていく。
「う、腕が⋯⋯」
「生えた⋯⋯」
「え? え? な、何? いま何が起こって⋯⋯?」
皆がその『効果』に驚いている。まー無理もないわな。
「これは『エリクサー』ていう⋯⋯『死』以外のすべての状態異常を回復する薬です」
「「「「「エ、エリクサぁぁぁぁぁっ!!!!!」」」」」
皆が『エリクサー』と聞いて、一様に驚愕した表情で怒号のような声を上げる。それにしても、驚いてはいるものの『エリクサー』のことを「初めて聞いた」という感じではないようだ。ということは、
「あ、あの、もしかして、エリクサーのこと⋯⋯知ってるんですか?」
「「「「「知ってるわよ(さー)っ!!!!」」」」」
全員からものすごい剣幕で返事を返された。⋯⋯怖い。
「そ、それにしても、まさかエリクサーが本当に実在するなんて⋯⋯」
「こ、これって、都市伝説じゃ⋯⋯なかったんだ⋯⋯」
「S級のワンでも⋯⋯エリクサーなんて⋯⋯初めて見るさー(ごくり)」
皆の話を聞くとどうやら「『エリクサー』という存在は知っていたが、あくまで都市伝説・噂の類でしかなかった」とのこと。
どうやら、エリクサーは現代では異世界以上にレアアイテムなのかもしれない。そう考えると、たしかにここでエリクサーを惜しげもなく使ったのは少々不味かったかも⋯⋯。
とはいえ、一応この世界で存在しているものであれば、それを使ったところで『異世界』と結びつけられることはないだろう。これはありがたい。
「う⋯⋯うう⋯⋯」
「「「「「⋯⋯あ、起きた!」」」」」
すると、さっきまで左腕を欠損してグッタリしていた女の子が目を覚ます。
「あ⋯⋯れ? ここ⋯⋯は⋯⋯?」
「「りんねぇぇぇぇ!!!!」」
そんな目を覚ました彼女に、仲間であろう二人が一斉に飛びついた。
「と、ともちー! それに⋯⋯お姉ちゃん?!」
さっきまで命の危機にさらされていたとは思えないくらい元気になったようで、飛びついてきた二人が頭をグリグリ押しつけてくるのを「離れろー! 暑苦しいー!」といってその子らを引き剥がそうとしていた。
どうやら元気になったようだ。よかった。
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「「「「オ、オメガ様! そして皆さん! 助けていただきありがとうございますっ!!!!」」」
さっきまでやいのやいのと騒いでいた三人だったが、少し落ち着くと周囲にいる俺たちに気づいて慌ててお礼を述べてきた。
「いやいや、そんな⋯⋯気にしないでください。大したことしてませんから⋯⋯」
俺がそういって彼女らに頭を上げるよう伝えると、
「い、いやいやいや⋯⋯! 大したことありますよ、オメガ様!」
「え?」
そんな俺にするどく切り込んできたのは『戦乙女』の渚さん。それに、
「そ、そそそ、そうです! 二人から話を聞きました! 斬り飛ばされたはずの私の腕が元に戻っているのはオメガ様が『幻の状態異常完全回復薬エリクサー』を使ったからって⋯⋯。すごく嬉しかったです! 嬉しかった⋯⋯ですけど、でも、それでそんな超貴重なエリクサーを私の腕ごときに使わせてしまった私は、一体どうしたら⋯⋯ううぅ⋯⋯」
と、エリクサーを飲んだご本人『りんねちゃん』が、助けてくれたのは嬉しいけどエリクサーを使われたことに大きな責任を負ってしまったようで、ついには⋯⋯泣き出してしまった。
「わ、わぁぁぁ〜!? ちょ、そんな⋯⋯な、泣かないでぇぇぇ〜〜!!!!」
泣かないよう必死に懇願する俺。だって、美少女の悲しみの涙とかチキンメンタルな俺にはつらたんなわけで。
「で、でもぉ〜⋯⋯ぐす⋯⋯私みたいな大したことない一探索者にエリクサー使わせてしまったんですよ? 私もう⋯⋯どうすればいいのか⋯⋯ぐす⋯⋯」
「だ、大丈夫大丈夫。全然問題ないから⋯⋯」
俺はなんとか泣き止んでもらうよう必死になる。しかし、
「だ、だだだって、エリクサーですよ! 実際に存在するかどうかさえ謎とされてきた『都市伝説の逸品』ですよ! それを⋯⋯私のために使わせてしまったなんてぇぇぇ⋯⋯うぇぇぇんっ!!!!」
うわぁぁ! また泣き出してしまったぁぁ!!!!
「い、いや、でもほら⋯⋯! 時間が経つと腕の再接着しても後遺症が残るかもしれないじゃない! だから一刻も早く治す必要があったわけで⋯⋯」
「いいえ! まだ腕を欠損して1時間くらいしか経っていませんし⋯⋯ぐす、それにここからなら1時間もあればギルドに着きます! そして、そのギルドの横には総合病院もあるので⋯⋯ぐす、そこで斬り飛ばされた腕を再接着すれば十分間に合いましたし、後遺症も残ることはないんですよぉぉ〜! うわぁぁぁん!!!!」
「え? ええええ〜〜っ!!!! そ、そうなんですかっ!?」
「そうなんですよぉぉ⋯⋯うぇぇぇん!!!!」
そ、そんなぁぁ〜! そんなの知らなかったものぉぉ〜! いっそ俺も泣きたくなってきた〜ん!
て、いかんいかん!
ここで、俺が現実逃避してはいけない。