120「天使と悪魔」
ちょっと早めの更新〜
——由美
「⋯⋯タケル兄ぃ。やっぱり」
由美はタケルが部屋に戻ったあと、自分もすぐさま部屋へと戻り『タケルモニター』をチェック。タケルが部屋で『オメガの衣装』をカバンに詰め込むのを確認すると、
「それにしても⋯⋯オメガの衣装を準備するということはタケル兄ぃは沖縄のダンジョンで『オメガ』として探索活動をするってことだよね? でも、なんでわざわざ沖縄? あと配信もするのかなぁ⋯⋯」
いろいろ疑問が沸いた由美は、すぐさまネットで『沖縄のダンジョン』について調べ始めた。すると、
「⋯⋯『琉球ダンジョン』」
さらに、由美が深く潜って調べると、
「ん? 何これ?『喋る魔物の目撃多発ダンジョン』?」
由美が観ているのは、現役探索者らが書き込む『現役探索者板』という掲示板での過去のやり取りだった。
「タケル兄ぃ⋯⋯もしかして、この『喋る魔物』が目的ってことなのかな? で、でも、『喋る魔物』で何を⋯⋯」
さらに、由美が『現役探索者板』でやり取りを追っていくと、
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「めちゃつよの『喋る魔物』が多く目撃されてる琉球ダンジョンに潜る奴なんている? いないよねぇ?」
「いねぇだろ? 実際、琉球ダンジョンに潜る探索者の数は、全国のダンジョンに比べてかなり少ないらしいからな」
「そりゃ、そうだろ。なんせ『喋る魔物』の出没例が一番多いダンジョンなんだからww」
「まーでも100階層あるダンジョンだから、中層付近までは大丈夫なんじゃね?」
「いやいやいやいや⋯⋯『喋る魔物』が70階層以上からしか出てこないっていう法則も、最近のオメガの配信で崩れたやろがい!」
「たしかに! 新宿御苑ダンジョンの出現は『下層』だったもんな」
「でも、『探索者ギルド沖縄支部』の公式発表では『下層以下では、喋る魔物の出没事例は一度もない』と断言してるぞ?」
「はい、ダウトー! だって、そう言わないと琉球ダンジョンの探索が進まないですしおすし」
「あ、なーる。てことは、やっぱ琉球ダンジョンって結構手付かずってことか⋯⋯」
「夢あるよな」
「いやいやいや、命あっての物種だからww」
「いや、でも琉球ダンジョンの手付かずのダンジョン資源は魅力的だよな〜」
「だからやめとけって! 死ぬぞ?」
「『喋る魔物』に一度でもエンカウントしてみろ⋯⋯一発アウトだから」
「逃げられる⋯⋯なんて思うなよ?」
「だよな〜」
⋯⋯
⋯⋯
⋯⋯
⋯⋯
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と、『喋る魔物』の出没例が多い『琉球ダンジョン』について、現役探索者らが熱い議論を交わしていた。それらのやり取りをまとめるとほとんどが「悪いことは言わんから、琉球ダンジョンだけはやめとけ」だった。
「う〜ん、でもどうなんだろ? 一応、タケル兄ぃは『喋る魔物』を余裕で倒していたから大丈夫だとは思うけど⋯⋯」
そんな掲示板でのやり取りの中で『肯定的な意見』にはこういうのがあった。
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「仮に、喋る魔物を余裕で倒せる奴がいたら琉球ダンジョンはレベル上げに最適だろう」
「世界各地のダンジョンでの『喋る魔物』の目撃例は70階層以上であることは事実。なので、よって、その『喋る魔物』を倒したことで得られる『経験値』は莫大なものだろう」
「いやそれだけじゃない。琉球ダンジョンは手付かずだからダンジョン資源はかなり期待できるぞ! 一攫千金も夢じゃない!!」
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「てことは、タケル兄ぃの目的は『喋る魔物』を利用してのレベル上げ? もしくは、手付かずのダンジョンのダンジョン資源による一攫千金? もしくは、その両方⋯⋯っ?!」
由美は、その可能性に身震いするもあんな強いタケル兄ぃならそう考えてもおかしくないと感じた。
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「⋯⋯ふぅ。でもタケル兄ぃ、そんなに強くなってどうしたいんだろ?」
由美は机に置いてあるホットミルクをグビッと流し、香りと味わい、そして温もりをじっくり堪能しながらそんな疑問を口にする。
「正直、タケル兄ぃの強さは圧倒的だった。だって、あのC級ランカーでも有名なクランの一つ『戦乙女』がまったく歯が立たなかった『喋る魔物バロン』を軽々と無双してたし⋯⋯」
と、タケルのその配信の時の強さを改めて振り返る由美。
「『そもそも論』というか⋯⋯もっとこう根源的な話をすれば、タケル兄ぃは、いつ、いったいどうやって、あの強さを身につけたのっ?!」
それは『タケルウォッチャー』を自負する由美にとって『最大の疑問』だった。さもありなん。
「まぁ⋯⋯今そんなことを考えても無意味なことは知ってる。だって、考えたところでしょせんすべては仮説に過ぎないのだから。でも⋯⋯」
と、一度ホットミルクを喉に流す由美。
「タケル兄ぃがオメガであることは事実だし、そのオメガがこれまで出会った魔物すべてを圧倒して無双しているのも事実。そして、私たちのお兄ちゃんであることも⋯⋯事実」
そんなことを考え悶々としている由美は、ふと『あること』をボロッと口にした。
「もういっそのこと⋯⋯『タケル兄ぃがオメガだってこと知ってるよ』って言っちゃったほうがいいのでわ! 証拠ならこの『タケルモニター』で捉えた数々の証拠を⋯⋯」
しかし、そのことを口にした由美はすぐにハッと気づく。
「い、いいえ! それはダメ⋯⋯ダメよ、由美! そんなことしたら、タケル兄ぃに絶対に嫌われるに決まってるじゃない!」
どうやら、由美の頭の中で『天使と悪魔』が戦っているようだった。
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由美(悪魔バージョン):「え? そんなことないよ? だってタケル兄ぃだよ? 私たち姉妹を大事に想っているお兄ちゃんだよ? そりゃビックリはするかもだけどちゃんと受け入れてくれるって!」
由美(天使バージョン):「ダメだよ! いくらなんでも『盗撮』なんてドン引きするに決まってるじゃない!」
由美(悪魔バージョン):「それでも最後には受け入れてくれるって! 大丈夫! ウチらのタケル兄ぃはそんな小さい男じゃないよ!」
由美:「そ、そう⋯⋯かなぁ?」
由美(悪魔バージョン):「そうそう」
由美(天使バージョン):「ああ⋯⋯! ダメ、ダメよ! もっとしっかり気を持って⋯⋯」
由美(悪魔バージョン):「黙れ、天使バージョン!」
由美(天使バージョン):「む、むぐぅぅ!!!!」
由美(悪魔バージョン):「タケル兄ぃにさ、カミングアウトしてラクになろ? ね?」
由美:「う、うん⋯⋯!」
由美(悪魔バージョン):ニチャァ
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「よし! タケル兄ぃが帰ってきたらこれまでのこと全部話そうっ!!」
かくして、軍配は『悪魔』に上がったのであった。