続・花粉症令嬢は運命の香りに気付けない。〜婚約破棄? あ、どうぞどうぞ〜
キャロル・リンドブルム子爵令嬢。可憐、儚げ、病弱、老若男女から守ってあげたくなるとの感想が出る、そんな小動物系美少女である。
プラチナブロンドと同じ色をした瞳は殆どの人間が目にした回数が少なく、一度でも目にした者は吸い込まれそうな感覚に陥ったという。その稀有な瞳の色は、真っ白な透明感のある肌も相まって神秘的ですらあった。
そして、そんな彼女は。
「ぇっびしゃい! ばっくしゅん! べっしょい! あっぶちゅん!」
重度の花粉症である。
「あ゛ー、もうやだー。なんでこんな花粉飛んでんだよこの国。どうして世界はこんなにも残酷なの……」
誰も居ないことを確認してから、ずびびびび、と豪快に鼻をかんで、愛用の目薬を差す。
「ふぃー……杉とヒノキ全部燃やしたい……焼き討ちしたい……」
ぶつぶつとひとり、小さな声でどうしようもないことに対しての願望を口にする。彼女の天使のような外見からはまったく想像が付かないほどに粗野で俗物的で乱暴な中身である。
春、夏、秋、冬とそれぞれ存在する国の中から、何の因果か春の国に、転生前と同じ重度の花粉症として産まれてしまったのが、彼女にとっての最大の不幸だったのかもしれない。
地球とほぼ変わらない春の植物たちの楽園、それがここ、春の国である。地獄か。
だがしかし、それでも神は彼女を見放さず、むしろ応援してくれているかの如く、転生前の『花粉症対策の知識』だけは忘れずに産まれることが出来た。
民間療法や素人知識の漢方程度とはいえアレルギー対策が出来たおかげで、今の彼女に残された目下の問題は鼻水と目のかゆみだけである。
そんな彼女はつい先日、ありがたいことに、秋の国ルピフィーンの王子、セレスタイン・ポラ・ルピフィーンの婚約者に内定した。
この世界での婚約は、相手に『運命の香り』を感じたからこそ交わすものである。だが。
「しっかし、婚約なぁ……ワシ匂いぜんぜん分からんのに……」
毎日鼻水鼻詰まり目のかゆみと戦っている彼女は、人の『香り』が分からない。つまり、なんか知らんけど秋の国の次期王妃という大役が自分の元へ転がり込んで来た、としか本人は思っていなかった。
首を傾げながら、何度目かの独り言を呟く。
「まぁ、いつか婚約破棄されるっしょ」
結婚自体が一生出来ないと思っていたからこそ、彼女は楽観的であった。
魂レベルで引き合う『運命の香り』。ゆえに、それを感じるには鼻詰まりや鼻水など一切関係ないことなど露知らず、彼女は愛用の魔道具を確認した。
「……最近調子悪いなぁ、これ。寿命かな」
ペンダント型の、『鼻水を止める』という機能しかない魔道具である。見た目は普通にオシャレな雫型の銀細工だが、鼻の穴から鼻水が出ないようにする為の機能しか無いため、鼻の奥はいつも大洪水。しかしなぜだか最近は鼻をかむ回数が増えていた。慣れはしているものの、ここ暫くそんな状態なので彼女の気分は普段よりも憂鬱なのだった。
「はー、もーまじむり。花粉しね」
「キャロル・リンドブルム子爵令嬢、あなたには違法魔道具の不法所持、それから、殺人未遂の容疑がかかっている!」
「はい?」
突然現れた誰かに堂々と宣言されたそれは、真面目に意味が分からなかったのでつい聞き返した。普段から、目を守るために長く開けられないワシには、まじで誰が誰だか分からんので急に色々言われても困るしかない。
「分からないならもう一度言おう。あなたには違法魔道具の不法所持、そして、殺人未遂の容疑がかかっている!」
なんて???
「あなたがそんな人間だとは思わなかった。犯罪者を他国の王妃になど出来るわけがない。秋の国の王子との婚約は無かったことになるだろう」
あー、うん、別にそれはどうでもいいんだけど。
「彼女に指摘されなければ気付くことすら出来なかっただろう。本当に、小賢しいものだよ」
「春の王子殿下、わたくし、怖いわ……」
よく見たら誰かの傍には誰かが居たらしい。ぴったり寄り添ってたから分からんかったわ。春の王子殿下かぁ。
いや、なにこれ? 茶番?
「安心したまえ。この私が居るからには、好きにさせるつもりなどない」
「でも、これに気付いてしまったから、わたくしは殺されかけたのですよ……」
あー、なるほどぉー。殺人未遂容疑の原因コイツかぁ。うん、だれ??
「大丈夫だ。このためにも兵士を待機させている。おい!」
「はっ」
「この女から魔道具を取り上げ、拘束しろ!」
「えっ」
なんで!?
意味が分からないまま両側から腕を掴まれて、ペンダントが勢い良く引きちぎられた。鎖がくい込んで肌がヒリヒリしたけど、それよりも。
「だめ、返して!」
うわあああああああ!!! ちょま何してくれてんねんクソがよおおおおお!!! なんなの!? なんでそんなひどいことすんの!? ていうかこの前もこんなんあったな!?
「フンッ、往生際が悪いな。まったく、違法の魅了魔道具を使って秋の王子殿下の心を操るなど、人間としてどうかしているに違いない」
なあにそれ?
春の王子殿下って頭の中も春なの? アッパラパーなの?
「君も両親に利用されたのだろう。大人しく捕縛されて、素直に事情を話してくれれば、罪が多少は軽くなるよう取り計らって……っ!?」
王子殿下が話してる途中で、だらーっと生暖かい鼻水が垂れてる感覚がめちゃくちゃした。
あー、もうコレ終わったわー。
せっかく令嬢らしく頑張ってたのに鼻水大洪水な姿を公衆の面前に晒すとかどう考えてもアウトやもん。しゃーねぇな。終わった終わった。人生終了のお知らせ。
と思ったら、なんか周りの人たちの様子がおかしい。
「お、おい! どういうことだ!?」
「ひっ……血!?」
ざわざわと、なんかビビってる声がそこらじゅうからする。いつの間にそんな集まったんだよ野次馬どもめ。見世物じゃねぇぞこの鼻水は。とか考えて、ふと気付く。
「え……?」
見下ろせばボタボタと床にも制服にも血が落ちていた。現在進行形で血塗れである。なにこれ!?
えっ、ちょ、ま、なにこれ!?
「っぐ、げほっ」
「うわああ!?」
うわ、やば、気管入った。魔道具無しの状態が久しぶり過ぎてうまく呼吸出来なかったのが敗因である。
鼻水混じりの鼻血が大洪水起こして顔面もそこらじゅうも血塗れである。
ちょうどよく解放されたので両手で口と鼻を押さえたけど、どう考えても今更だった。
わ、わァ~……吐血してるみたいになっちゃったてへへ。ヤバーイどうしよー、やっちまったなオイ。血って中々落ちないんだよなぁ、オカンにシバかれそう。
多分なんだけど、鼻をかみ過ぎて粘膜が薄くなった結果、知らない内に鼻血が噴出していたっぽい。最近どうも魔道具の調子悪くて鼻かむ回数増えてたもんなぁ。どうやらこの魔道具、鼻血も止めてくれてたらしい。凄いね。全然分からんかったね。デフォルトで匂い全然分からんしなぁワシ、しゃーないね。
なんて呑気に考えてたら、次の瞬間酷い目にあった。
「けほ、うぐっ、ごほ、かはっ」
あかんあかんあかん吸い込んでもうた! 溺れる! やばい死ぬコレ! 息が! 息が出来ん!
げっほんごっほんと鼻血水を口から出したりしてたら、マジで本気の呼吸困難になってきた。アカンてこれ。死ぬて。
「キャロル!」
「あ……、セレス、タインさま……」
ふと体を支えられて、息がしやすくなった。
見上げれば、とても見覚えのある金髪碧眼の良すぎる顔面が視界に入る。こないだ婚約者になった秋の国の王子、セレスタミン違う、セレスタイン様である。
あっぶねぇ、今、口でもセレスタミン様って言いかけたよ。セレスタミンはめっちゃ効く花粉症薬の名前だからね。この人はセレスタイン。よし。よかったー、言い間違えなかった。さすがワシ。伊達に15年特大の猫被ってないね。
だがしかし、支えてくれるんはありがたいが、ちょっと今ワシ鼻血まみれなんで、あんま触らん方がええよ? 汚いよ?
「殿下、いけません、汚れてしまいます」
「キャロル、こんな時まで君は……、今は俺のことは良い、呼吸を」
「……ありがとう、ございます……」
はー、なんでか知らんけどこの人と居る時は色々楽になる気がするのが不思議だ。しかもめっちゃ紳士。きっとめちゃくちゃいい匂いしてるんだろうな。ワシにゃ全然分からんけど。
きっといつかめっちゃ可愛いくて優しくて素晴らしい人と再婚約出来るように祈っとくわ。南無ー。なんか間違えた気がするけどまあいいや。
「そんな、馬鹿な! このペンダントは違法魔道具では……!?」
鼻水止めなんよそれ。
「あの、殿下……」
「なんだ!?」
ふと誰かが、盛大に狼狽えているアッパラパーな殿下へと声をかけた。
「これは確かに魔道具なのですが、違法などではなく……、体内の水分が外へ出ないようにする為の機能しか、搭載されておりません」
「なんだと!?」
まあ、鼻水止めですし。
「ルミリア・エルドランド侯爵令嬢……! 私を騙したのか!?」
「い、いいえ、そんなはずは……! その者が嘘を言っているのではないのですか!?」
「嘘ではありません! これは魅了の魔道具などではなく、ただの、血止めの魔道具です……!」
いや、だからそれ鼻水止めやねん。血まで止まるとは思ってなかったねん。
「そんな、まさか……! それじゃあ、私は何のために……!?」
「恐れ入りますが春の殿下は、身体の弱い生徒を捕まえて、恫喝していただけ、ということになりますね。これは、国際問題にしても……?」
おおおおい!? セレスタミン間違えたセレスタイン様!? 待って待って何しようとしてんの!?
「だ、だめです、殿下、そんな」
「キャロル、そうはいかないよ。秋の国の次期王妃をこんな目に合わせたんだからね」
「いえ、わたくしはまだ、ただの婚約者。そんな勝手な行動は、許されないはずです……、それに……」
たかが鼻血ごときで国際問題とかどう考えてもアカンやろ! アカンよ! アホなの!? 殿下アホだったの!?
「それに? なんだいキャロル。まさか、婚約を破棄しようだなんて本気で思ってはいないだろうね?」
「いえ、その……」
ちゃうねん。真剣になんか頑張ってるとこ悪いけど、コレただの鼻血やねん。
あと正直婚約はどうでもいい。むしろなんかめんどくさいから、出来ればなるはやで無くなってほしい。
「俺は今確信した。この国が君を殺そうとしているということを」
あー、うん、まぁ、この国に生えてる植物が諸悪の根源だからあながち間違ってないけどな??
「キャロル、君の身体が弱いことは理解しているよ。だからこそ、この国を出よう。そして、俺の国に来てくれ。医療にも明るい我が国、ルピフィーンなら君の病弱な身体も、きっとなんとかなる。いや、してみせる」
ほんで特大の猫被ってたらなぜだか病弱だと思われてる件について。
花粉症以外は健康優良児です。てへ。令嬢として病弱設定はありよりのありなんだが、王族の婚約者には向いてないんじゃねーのそれ。知らんけど。
しっかし秋ってーと、ブタクサなんよなぁ……。景観的にもそんなに生えてないと思いたいけど、行ってみないことにはブタクサアレルギー出ないかも分からんし、何とも言えん。こんだけ重度の花粉症だからもしかしなくてもアレルギー出そうだけどな。やだなぁ。
「殿下……それは、わたくしの一存では……」
「そうだったね。急ぎ、君のご両親に連絡させてもらうよ」
え!? 待って待って待って学校は!?
「待ってください、殿下。わたくし、学園はきちんと卒業したいのです」
「……キャロル……」
でないとオカンに殺される! 貴族の子女としての面目がうんたらかんたらって、なんかそんな感じで卒業だけはしろって言われとんのよワシ! うちのオカンマジで怖いからね! なので王子殿下にゃ悪いけど勝手なことは出来ません!
「……わかったよ。だけど、無理だけはしないでくれるかい?」
「はい、お約束しますわ」
「うん、約束だ」
今更だけどなんでワシ王子殿下とこんな約束してるん?
とか思った次の瞬間、セレスタミン様また間違えたセレスタイン様の雰囲気がバリバリに剣呑になってきたので、そのまま寝たフリを決行したのだった。
アッパラパー殿下たち、がんがえー。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
心臓を握り潰されてしまったのかと、錯覚しそうなほどの酷い光景だった。
春の王子殿下の私兵に足止めされ、愛しいキャロルに近付くことすら出来ずに、ただ拘束される彼女を見ていることしか出来なかった。
目の前で血を吐いた彼女が膝をつきそうになってようやく解放され、そして、血にまみれた彼女を抱き留めた。
苦しげに咳き込む彼女の口から、おびただしい血が零れていく。
血反吐にまみれ、真っ赤な血に染まりながら、それでも彼女は美しかった。
彼女を支える手に、彼女の軽すぎる体重が預けられて、あぁ、己は彼女に信頼されているのだな、なんて仄暗い優越感が湧く。
手が、服が、彼女の血に濡れていく。甘く爽やかな彼女の香りに、鉄錆のような匂いが混ざる。
このまま、生命の灯火が消えてしまうのかと思うと心の底から恐ろしかった。にも関わらず、最期にその瞳に映るのは、己だけであってほしいと考えてしまう。
己の浅ましさに吐き気がした。
だけれど、彼女は俺を見て、俺の名を呼びながらうっすらと微笑むのだ。白金を溶かしたようなその瞳が俺を捕らえて離さない。
狼狽する春の王子殿下は、こんなことになるなど思ってもいなかったらしい。浅はかなその頭を、一度かち割って中の確認がしたくなる程だった。
そんな中でも彼女は、自分を二の次にして俺やその周囲を慮る。そして、儚く笑うのだ。
ちゃんと卒業したい、というその思いは、どれほど純粋で美しいものなのだろうか。己がいつ死んでしまうともしれない恐怖と日々戦いながら、願うのはただそれだけなのか。
彼女がいつも、たったひとりで泣いている事を知っている。「どうして世界はこんなにも残酷なの」と嘆きながら、それでも彼女は前を向いていた。
こんなにも優しく芯のある彼女が、どうしてこんな目にあっているのだろう。彼女が一体、何をしたというのか。
疲労からか意識を手放した彼女の頬をそっと撫でてから、春の王子殿下にぴったり張り付いていた勘違い女を睨みつければ、そいつは怯えて硬直し始めた。
「も、申し訳、ござ、いません……! わ、わたくしは、ただ」
「ただ、なんだ? 王族が感じた運命の香りを疑うということ自体が不敬だとは知らなかったとでも言うつもりか?」
彼女が許さなければこんな人間の首などねじ切ってやりたかった。だが、優しい彼女はそれを良しとしないだろうから、無理矢理に耐える。
「ひっ、い、いえ、そんなつもりは……!」
「それで、なんだ。殺人未遂、だったか?」
「そ、そうなんです! わたくしはリンドブルム子爵令嬢に───────」
「それ以上戯言を申すつもりなら、こちらにも考えがあるが?」
殺気を隠し切れず、殊更低い声が出た。
「あ、秋の王子殿下! 今回は私の確認不足が招いたことだ! 彼女だけを責めては……!」
「そうだな。貴殿が妙な正義感を持たなければ、彼女が血を吐くことも無かっただろう」
「っぐ、しかし、エルドランド侯爵令嬢が暴漢に襲われかけたのは事実で、私もそれを目撃しているし、暴漢も犯人はリンドブルム子爵令嬢だと自白したのだ!」
必死に言い訳を並べ立てる春の王子殿下が、とてつもなく愚かに見えた。
「そんなものはいくらでも捏造出来るだろうに、なぜそれを信じる?」
「えっ? あ、そ、それは……」
「秋の王子殿下、それくらいにしてやって下さいな」
ふと聞こえた凛とした声に、顔を向ける。
学園の制服に、薄紫色のショールを纏った見覚えのある令嬢が姿を現した。
「ライラック公爵令嬢……、そうは仰いましても……」
「ええ、ええ、仰りたいことは分かります。
ですが、仮にもこの国の王子と侯爵令嬢なのですから、断罪はこの国でせねばなりません」
現在は冬の国へ留学中の春の国王太子殿下、
その婚約者である、フルーリア・ライラック公爵令嬢である。
高位貴族だからこそ発する事が出来る冷静な言葉に、少し頭が冷えた。
「王子殿下のほうは、おおかた、目の前で襲われる女性を助けた自分に酔って、深く考えずに義憤に駆られてしまっただけなのでしょう。今は大目に見てやっていただけませんか」
「……いくら貴方様の義理の弟になるからと言って、甘やかすのは良くありませんよ」
「ご安心下さいませ。この程度で済ますほどわたくしの婚約者は甘くありませんもの」
忠告を涼やかに受け取り、柔らかく微笑む令嬢の姿は威厳に満ちている。
そして令嬢は、大きなため息を扇で隠しながら、王子殿下へと向き直った。
「……まったく、そんな浅はかだからいつも王太子殿下と比べられるのよ、レナード」
「く……っ、兄上は今、関係ありません……!」
「そうね。たしかに、今は関係ないわ。だけど、だからこそもっと身辺には気を付けないといけないのではなくて?」
「えっ?」
驚いた顔で令嬢を見た王子殿下は、なんとも間抜けな顔をしていた。
「叩かずとも埃まみれなご令嬢と、仲良くするのは止めた方がいいということです。だれか。そこの令嬢を」
「ひぃっ、いや! 離してよ! わたくしは悪くないわ! あの子爵令嬢が悪いのよ! だって、おかしいじゃない! 何もしてないのにあんなにもたくさんの人から好かれているなんて、魔法でも使わない限り───────ひぃっ!」
思わず殺すつもりで睨みつけてしまったのは、仕方ない事だと言えよう。
「ライラック公爵令嬢」
「ええ、ええ。みなまで言わずとも分かりますわ。ですが、今はどうぞお抑えになって下さいませ」
「わかった。だが、次は無い」
「ご温情、ありがとう存じます。だれか、その二人を連れて行って」
「はっ!」
王子殿下の用意していた私兵達ごと、彼等は連行されて行ったのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
そんな秋の王子殿下とその他もろもろのご様子を寝たフリで全部聞いていたキャロルはというと、全力の寝たフリをしながら戦々恐々としていた。
(こっっっわ!! 王子こっっっっっわ!!! 絶対怒らせたらアカン感じのタイプの人やん。よし、このまま病弱キャラで猫被り続けよ)
その後、魔道具を取り返してくれた秋の王子殿下に医務室へ連れていかれたキャロルは、血まみれだったせいで先生に悲鳴をあげられたが、それでもちゃんと診察して貰えた。
キャロル本人は「鼻血が出て思いっきり噎せてしまった」と頑張って説明したのだが、なぜだか全く信じて貰えず、その日は早退させられることになってしまったのだった。
そうして家に帰ったキャロルを待っていたのは、血まみれの制服に別の意味で悲鳴をあげる母の姿であった。
「あなたって子は! 一体何があったらそんな事になるの!」
「おかーん。ごめーん。魔道具調子悪くて鼻かみ過ぎて鼻血でたー」
「ほんっともう、どうしてこの子は……!」
「でもさー、鼻血も止まっちゃうから良くないよこれ」
「あぁもう……、そんな外見で良かったわね本当に」
「まあ超絶可愛い美少女ですし」
「絶対に猫を脱ぐんじゃありませんよ」
「はーい」
結婚しても脱げない特大の猫に困らされることになるなど露知らず、キャロルは呑気に笑った。
その様子を呆れたように眺める兄は、ニヤニヤしながら頬杖をついて妹を眺める名も無き神を幻視したような気がしたのだった。
秋の王子殿下の名前はセレスタミン、ポララミン、ルパフィンから取って混ぜました!(全部花粉症の薬)