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ハナサカ  作者: 水也空
6/9

第6話

 ざああああっ…と雨のままに天がただれて、夜になった。


 「おねえちゃん…」


 (いやだ)


 この夜のことはしっている。これ以上くり返さなくてもしっている。月のかたちから色までおぼえている。ところで()の雲はどこへ消えか。


 「おねえちゃんってば!」

 「うん」

 「なんで(むしろ)かぶってるの」

 「う…ん? うんうん」

 「ねえ、にげようよぉ」

 「どこへ」


 と言いたいのを寸でで()んだ。

 どこへも逃げられない。当て()もない。

 ここだけの話、そんな思いを巡らせたことはあるにはあった。弟といっしょに(たくら)んだことも。とはいえ、子どもの考えることだから他愛(たあい)もない。世界もせまい。ここでなければどこでもいいというくらい。できれば遠く、()りガラスを突き抜けた先がいい。そこにひらけるのは高き庭。鳥は飛び交い、花は満開。(かんば)しい限りだが、やたらまばゆい。一面星々。真っ白で目に見えたものでない。見えるとすれば自分の足裏の影ばかり。

 ()にも(かく)にも誰にもぶちのめされることはないのだ。それで十分。ばかりか、足音に鳥肌が立つことも、目線で串刺しにされることもない。これぞ放たれた鳥の気分だ。ここでなら生きていようが死んでしまおうが転生しようが、おかまいなしだ。もう全部放っとけ。最高だ!

 ところがこれが変なもので、途中から温度が下がる。

 母をおいてけぼりにすること。

 弟まできれいさっぱり忘れていたこと。

 後ろめたさに立ち止まれば(たちま)ちに死人の温度。それよりも冷たい刃物が背にあてられる。ささやかれる。どういう娘だ。なんという姉だ。結局は自分(おまえ)ひとりが可愛いばかり。


 「「ちがうか?」」


 途端、うしろの正面に肩を引かれる。さて誰が誰だ。真っ黒な顔と顔だ。カチ当たって渾然一体(こんぜんいったい)。燃え上がって灰の雪降る。物言わずに沈殿してゆく。いつからどこまで。結んで開いて、手を打ってそれが止むあたりまで。


 「「ご覧よ…?」」


 せめて目玉のあるうちに。

 このザマ。この為体(ていたらく)

 つまりはそれだけのことだったのだよ。

 自分(おまえ)が何者だろうが、何者でもなかろうが。どこに()ろうが、どこにも()るまいが。唱えて拝んでよみがえっての阿呆踊りだ。手足がちぎれて首が落ちても有難み。おちおち往生してもいられないのさ。

 さてもさても。

 そんなこんなで。

 責めて打って呪いつづける。自分で自分を。ご苦労なことだ。

 姿かたちを変えれども化けれども、生きようが死のうが転生しようが、逃げても逃げてもおかまいなしだ。よくよく見ればと、そこで目が覚めそうになってまあ最悪だろう? 

 そんなくらいなら、いっそこのままが気楽極楽。大人の言いつけどおりに居りさえすれば、わるい子にはならないはずだ。他はなにも見ず聞かず考えずに済む。母もしあわせ。目出度(めでた)し、目出度(めでた)し。そのはずだのに、肝心の母は嘆いてばかり。折檻(せっかん)()むどころか一層ひどい。


 (???????????????????????????????)


 なにを間違えて、なにが悪い?

 母こそ何を考えているのか? なにを言ってほしいのか? 母は本当には何を言いたい? なにを叫んでいるのだろうか?

 言いつけてくれたら全部その通りにしてみせるというのに。

 いやもうまったくわからない。ぜんぶに合点(がてん)がいかないが、このあたまでは追っつかない。すでにずっとぼんやりしている。いい子になりたい。ただそれだけのことだのに。

 そんなこんなで瞬間々々、息継ぎだけまかなっている。あとは膝を抱えてこうして居る。果てもなく居る。これがふつう。つまりは堂々巡り。ほかのやり方などあろうがなかろうが上の空だし、今さらだ。

 なんにせよ(かご)の中の鳥。

 逃げたいのは山々のようで、逃げたくもないはなし。


 「おねえちゃん」

 「わかってるよ!!!」


 突き飛ばすように叫んだ自分の声に、ギクリとした。これではまるで母のようだ。ああこわいと下唇をぐっと噛んだ。

 が、時間がない。

 とにもかくにも言いつけどおりだ。弟の手をこわごわ引いて、薄暗い細道を歩き出した。


 「行って、帰るだけだよ…」

 「でも」

 「あんたも聞いたでしょ、おいしい賭けなんだって。行って帰ってくるだけ。それだけでさ、母さんの独り占めにできるんだって。今夜分の、仲間の稼ぎが全部だよ」

 「そんなのウソだよ」


 そう思う。子どもの自分でも、それより子どもの弟でもそう思う。

 なにしろ行く場所というのがいわく付き。

 (すた)れた(やしろ)か何かでまわりは荒れ野。人馬禽獣(じんばきんじゅう)を石に刻んだものが点々と転がるばかりで、(まつ)る者はすでにない。昼夜を問わず生きたものは近寄らない。いつ頃からか、そこに年経た猿が棲みついたという四方山話。これがただの猿でなく風雲をふるって自由自在に飛び回る。人を宙へ連れ去り裂いて喰らう。もしくは犯す。これと出遭って生きて帰った者はないのだとか。

 そんな場所へ行って帰れというのは、賭けというより子殺しでないか。それありきの()()()か。


 「ひとのこころをよむんだって」


 弟が言った。


 「だからウソつきはトラの手でちぎるんだって」

 「猿なのに?」

 「わかんない。でもシッポはヘビで、かまれるとみんなくさるの。くさるってなに?」

 「よしなよ。だれが言ったのさ」

 「雲とか風とかビュービューふくって。影もながいの。すごくはやいの。朝から晩まで、こうやってとんで消したり出したりする。だからだれにもつかまらないって」

 「ふぅん。じゃあきっと平気だね」

 「え、なんで?」

 「だれも帰らなかったら、そんなことわかんないよ」


 だから作り話だよと、言いながら口がへの字になっていた。自分で自分をはげましているようなものだったが、それでも多少気は(まぎれ)れるか。


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