ささめく魔女のティータイム
完結済の作品「ささめく魔女の幸福な恋」のサイドストーリーです。本編を読まずともさっくりお読みいただけます。
本編「ささめく魔女の幸福な恋」はこちら
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この国には魔女と呼ばれる者たちが居る。
何をせずともその身を魔女に堕としただけで死罪が決まるほどの、異端なる大罪人たち。育んだ狂気がやがて抑えられなくなることを定められた、まさしくどん詰まりの女たちである。
狂気を飼い慣らす為に、ある者はさも茶飯事のように荒事を好み、ある者は物作りに妄執を見せ、またある者は他者を否定することに生の実感を得……彼女たちはいずれも、狂うほどの「拘り」を見せる。
そう、魔女にはそのような拘りを持った「発散」が不可欠だ。さもなくば壊れながら生きていけない。元は普通の少女であったのだから。
そしてそんな発散の中でも、一際か細く、魔女の中でもなお異端とされる、ささやかな趣味を持つ者が居る。
私こと『継接』の魔女、ウィスパー・マーキュリーがそれだ。
「言うなれば糖分なのよ、ウィスパー」
「……お菓子の催促? 遂に私のコーヒーだけじゃ満足できなくなったのかしら、マーシレス」
私が抱える狂気とは「同性への愛」、即ちこのお得意様であり、幼馴染でもあるマーシレス・グレイス・フュルステンベルクへの片想い。
――この恋は穢れている。
お貴族様が世を統べるこの国で生産的では無い恋情など、精神疾患も甚だしい。しかし私はこのように、どうしようもなく片想いをしてしまっているのだから、もう自分に歯止めを効かせる術を知らないのだ。
「クッキー食べる? 私のだけど」
「作りたてが良いなぁ……ダメ?」
「む……」
これだ。私はこの、上目遣いを含んだ我儘に弱すぎる。
彼女の風采は、言うなれば、一般的に「可愛げがない」とされるものだ。女性なのに短髪で、服の流行にも疎く、砕けた喋り方はレディとしての自覚が無いのかとも思えるほどに。
私とて尻の軽い女じゃない。むしろガッチガチだ。まあ、恋愛対象が彼女なのだから、男に対しては何の気持ちも揺さぶられないというのもあるだろうが、貞淑は美徳の一種だと思っている。或いはそう思うことによって、自分から目を背けるよう努力しているとでも言うべきか。
しかしどうだろう。マーシレスの悪戯っぽい笑顔を含んだ我儘は、私の如何なる堅牢な牙城をも、さながら大砲を正面から撃ち込まれた城壁のように瓦解させてしまう。
「……ズルいわよ」
「きひひっ、ウィスパーは昔から頼み事を断れないのよね」
「そうじゃない……けどまあ、そういう事にしとくわ」
「そんなに綺麗で素直だと心配だわ。悪い男に騙されて引っ掛けられないようにね?」
かくいう私の容姿は……それはそれは美しい。黒曜石のような艶のある黒髪に、あてがわれたような蒼眼。率直に言って綺麗だ。それは自己評価のみでも自惚れでもなく、純然たる事実である。
そしてその美は、おぞましいくらいに洗練されていた。洗練されてしまっていた。
思えば初対面の相手に、可愛いと言われなかった事がない。私はそれが、どうしようもなく憎いのだ。まるで女として、男を愛して生きろと言われているようで、鏡を見るたびに背筋が凍る。
贅沢が過ぎる悩みだろうか。しかし、なればこそ、この心の痛みは、私にしか分からないのだろう。
その都度目覚めそうになる狂気を抑え込むのは、私のささやかな趣味。私の魔女としての「発散」……それが料理である。
――料理女か針子を娶れ
これは本来「女性の慎ましさは職業に現れる」という意味のこの国の諺なのだが、要するに女らしい生き方とはそれである。
そして料理に打ち込んでいる時だけ、私は自分を慰める事が出来るのだ。哀れにも女らしい趣味が私を繋ぎ止めている。
故に私は作るのだ。
この飲食店「レフトピアス」の店主として。
店を大きくしようなどという野心は無いが、料理で嫌な気分に打ち勝とうという克己心だけは存分だ。振る舞う相手もいる事だし、それに、恋にアピールはつきものだろう。私は腰を上げて、彼女にドルチェを振る舞うことにした。
「はあ……リクエストはある? マドモアゼル」
「『粉砂糖』! これに限るわね!」
「他愛無いけど、まあ良いわ。結構時間貰うわよ」
「お腹空かせまーす」
粉砂糖と聞いて、1つぱっと思いついた菓子がある。それを作ってみるとしよう。
――マーシレスは最近結婚して、下級ではあるが貴族の仲間入りをした。想い人の婚姻を心から祝う……というのは少し複雑な気持ちだが、私の想いは嫉妬とか、そういうのを遥かに超えているらしい。
不倫とゴシップは貴族の華とは言うが、それは男の話。しかもフュルステンベルクは小さい家柄だから、多重婚とも縁遠いし……うーん。ともすれば私のこれは、まかり通ってしまえば不倫すら生ぬるいくらいの大事件になりかねないわね。
さて、何はともあれ、準備開始だ。
生地に使うのは小麦粉、卵、スキムミルク、砂糖、干し葡萄、塩、そして……
「何その粉? 合法なやつ?」
「怪しい薬の売人と思われてるの? 違うわ。これはビール酵母よ」
「えっ、ビールって……あの麦芽酒!?」
「その酵母で生地が膨らむの」
「ウィスパーあんまりお酒飲まないんじゃ?」
「お酒の風味と菓子は相性が良いの。それに、酔うためじゃないわ。味よ味」
「ラム酒ならよく聞くけど……」
「それはチョコレートとかね。けど私が作るのは『焼き菓子』よ。はい、ヒント終わり」
違法なものを扱っていると思われてるのは心外だけど、確かにビール酵母を使うのは珍しい。だけどビール酵母は麵麭にも時折使われたりするほど、焼き菓子と相性がいいのだ。
そもそも菓子の源流は菓子麵麭にある。今の甘味は創意工夫に溢れていて、珍しい見た目のものが普遍的になりつつあるけれど、私はこういう古式ゆかしい、ナイスミドルみたいな菓子が好みだ。
希少性・珍しさに頼りがちな側面がままある近代の菓子と比べて奥深さがある。多少、見た目のインパクトや美しさは落ちるけれど。
十分に生地を練って表面に光沢が出たら、バターを加えてまた捏ねる。そこに干し葡萄をお好みで入れた後は一次発酵だ。
1時間とちょっと寝かせる間に、軽く小説を読み進めたり、マーシレスとの雑談を楽しんだりする。このゆったりとした時間は好きだ。少しだけ、自分が普通の人間に戻れている気がして。
「そろそろかしら」
「わあ、倍くらいに膨らんでるわね」
ボウルの中で張り詰めたように膨張した生地は、我慢の限界と言っているかのように見える。溜め込まれたガスが生地を膨らませている様子は、まるでおあずけを食らい続けて爆発寸前の感情のようだ。
「(今の私って、こんな感じなのかしらね?)」
すっかり丸くなった生地の様子を確認しながら、私は自作自演っぽく、ぼんやりと、そんな考えに頭を委ねてみた。
存分に育った想いが募り、身体を内側から蝕んでいる。軽率に吐き出せたらどれだけ楽か。
いつか溜め込み過ぎて爆発するんじゃないかしら。そう思うと危なっかしい。限界に近い魔女というのは、きっと真綿ですら怪我をするのだろう。
おっといけない。そうなる前に発散発散。
「うりゃ」
生地に向かってパンチを食らわせると、ぽふっという間抜けな音と共に、膨らみ切った生地はガス抜きされ、萎れるように柔らかさを取り戻していく。
「あ、それ楽しそう」
「ええ。結構楽しいわよ」
「ふふっ、それで生地は完成よね!」
「ベンチタ〜イム」
「……とは?」
「捏ねて、20分くらい放置」
「えー!? また!?」
「菓子作りはね……釣りと同じなのよ!」
「釣りしたことあったっけ?」
「無いわね。それっぽいこと適当に言ったわ」
私は体がそこまで強くないため、釣りのようなアウトドアな遊びが得意ではない。適当なこと言ってしまってごめんあそばせ。ただ、待ち時間を牧歌的に楽しむという点では似ている気がする。
「ウィスパーってやっぱり、料理上手だね」
「褒めても笑顔しか出ないわよ」
「ああ、それはちゃんと出るんだ……いえ、私も一回お菓子作ってみようとしたんだけどさ。材料目分量でビスケット焼いたら岩盤のような硬さになっちゃって」
「ああ。手で重さを計る感覚は、長年料理やってないと身に付きづらいわよ。……そもそも貴女はもう貴族の一員でしょう? お菓子くらい、小間使いに任せるか何処かで買って来なさいな」
「え、えへへ……たまには旦那に作ってあげたいかな〜って」
「甲斐性ってヤツ? マーシレスには似合わないわね」
「あっ、酷い! 私だっていつまでもガキ大将じゃないんだからね!」
「とても野良猫を素手で捕まえてた子とは思えない発言ねぇ。まったく……嫌でも時間を感じるわ」
「そう言うウィスパーは相変わらずね」
「……何が?」
「年寄りくさい発言。まるで晩年よ?」
一瞬表情が強張ったが、彼女の顔を見るに、どうやら揶揄っているだけのようで安心した。
……魔女になってからの余命は10年ほどと言われている。それほど、魔女になるというのは身体に負担が掛かるのだ。命を前借りしてまで、叶えたい願いのある者だけが魔女になる。
その事を言い当てられたのかと勘違いした。もっとも、私は元から余命がそれほど長くなかった身。例外でもあるのだが。
しかしやはり、それほどの「犠牲」を躊躇なく払っている連中なんて、何処か狂っているに決まっている。そしてそれを、やがては小さな趣味だけで発散出来なくなり……何らかの凶行に至るのだ。それは人殺しだったり、盗みだったりする。
故に、魔女は異端として裁かれる立場にある。
「ちょっと。この前の『耳年増』よりも酷い言いようじゃない」
「きひひっ、貴族流の意趣返しよ」
「はあ……性格悪いのね貴族って」
時間のかかった一次発酵よりもベンチタイムの方が妙に長く感じたが、それはともかくとして生地の完成だ。あとは型に入れて焼けばほぼ形になる。
プディングの中央に穴を空けたような、特殊な形状の型を棚から取り出すと、マーシレスはその初めて見る形に興味を持ったようで、物珍しそうにそれを凝視していた。
「へぇ、面白い形」
「僧帽をモチーフにしてるとか何とか。異国の王族も好んで食べていた菓子って話もあるわ」
「ま、まさか高貴な食べ物……! テーブルマナーとかぐちぐち言われる!?」
マーシレスが嫌なことを思い出したかのように身構える。
場違いな所作に、私は彼女の気苦労のようなものを垣間見て、思わず軽く吹き出してしまった。
「ふふっ……今ので貴女が、貴族家で何に苦労してるか分かったわ。立派な家柄も大変ね。でも安心なさい、家庭的なものよ」
型にバターを塗った後はスライスアーモンドを入れるか否かの議論だ。私は入れたい派だが、マーシレスはどうだろう。
「えっ、入れる入れる! 嫌いな食べ物は無いわよ!」
「……まあそうでしょうね。貴女、好奇心で虫食べてたりしてたものね」
「蟻は酸っぱいのよ〜」
貴族の家庭では到底口にできないような会話をしながら、型の底にアクセントとなるアーモンドを少しだけ敷き、その上からドーナツ状に成形した生地を入れる。
「さて、あとは――」
「焼くだけね!」
「仕上げ発酵」
「……まさか」
「30分ってところかしら?」
「えーん、早く食べたいよー! 私のお腹はランチを分解しきった頃なのにぃ!」
「私は楽しいわ。マーシレスが居てくれるもの」
「ぅ……よく恥ずかしげもなく、そういうあざとい事が言えるねウィスパー」
「お互い様よ」
最後の発酵が終われば、いよいよ温めておいた竃で焼き上げる。
アーモンドと干し葡萄、そして生地の焼ける香ばしい芳香が喫茶店の中を漂い始めると、食いしん坊なマーシレスは見るからにその表情を惚けさせ始めた。散々我慢させたのが効いているのだろうが、焼きたてが食べたいと我儘を言ったのは彼女なのだから、このくらいのお預けは食らってもらわねばならない。
……難点は私のお腹も鳴るというところだろうか。焼き菓子の許されざる側面は、この焼いている時に感じられる匂いだろう。
甘いものが好きな人というのは、虫が光に導かれるようにこの香りに集まるのだという。恥ずかしながら私も例外ではない。
竃に近づくと、閉じ込められていた分まで匂いが弾け出す。
思わず急いてしまう気持ちを深呼吸で抑えようとしても、鼻呼吸は危険だ。余計に欲望を掻き立てられてしまう。
釣りと同じ、と適当なことを言ったつもりだが、存外正しいのかもしれない。これは言わば、魚が餌に食い付く直前にも似た焦燥だろう。
油断して焼き時間を誤れば全てを台無しにしてしまう重要な局面。私は焼き色を丹念に確認し、絶妙なタイミングを見計らって、2つぶん完成したそれを取り出した。昂る気持ちは最高潮だ。
粗熱を取り、それぞれを皿に乗せて型を外すと、上からマーシレス所望の粉砂糖を振り掛ける。きつね色の地肌に積もる初雪のようにきめ細やかなそれは、すぐさま地味だった見た目を一変させた。
質素ながら、確かな美を兼ね備えたかのような見た目。ふふっ、自画自賛出来るほどの完成度ね。
例えるならば清貧のシスター。古式ゆかしい菓子は外見のインパクトが無いと言ったが、そうではないらしい。
機能美と同じなのだろう。むしろこれ以上は何も要らないと思わせてしまうほど、よく錬られた見目をしている。
マーシレスはいよいよの完成に、そのレモン色の瞳を輝かせていた。……どうしても嬉しいものだわ。好きな人が喜んでくれるというのは。
「わあ……すっごい良い匂い。それに綺麗……食べて良いよね!?」
「ええ、お上がりなさい。レフトピアス流『クグロフ』よ。紅茶はどうする?」
「この見た目の感じは……やっぱりディンブラかしら。ミルクは要らないわ」
「素直な王道ね。じゃあ、そうしましょうか」
【レフトピアス流クグロフ(ナップクーヘン)2人前】
・ありふれた小麦粉(強力粉)
・ありふれた上白糖
・ごくありふれた塩
・ビール酵母(合法)
・極めて普通の全卵 1個
・ありふれたスキムミルク
・無塩バター
・レーズン
・干し葡萄
・バター(型に塗る用)
・スライスアーモンド
・粉砂糖
摂氏180度で40分強くらい焼成するのがベストな加減かしら。
干し葡萄の代わりに洋酒に漬けた別のフルーツを入れてみたり、もう少しリキュールの風味が強いのが好みなら、生地にそのまま洋酒を入れても美味しいわ。
よく使われるのがキルシュヴァッサー……名前の通り桜桃の蒸留酒で、お手頃なのも多ければ、焼き菓子にも当然使えるの。だけど個人的に、キルシュが一番合うのはベリー系のお菓子ね。チェリーフレーバーとベリー系の相乗効果は抜群。
だから、私のオススメはオレンジキュラソーよ。これは焼き菓子の為のリキュールと言っても過言じゃない。高熱でも風味が消えづらくて、焼き菓子の香りが際立つの。鮮烈だけどまろやかなオレンジの風味は、まさに大人の贅沢。
リキュールは10mlあたりが適量かしら。入れすぎると生地が湿っぽくなるから注意が必要ね。
ああそれと、スキムミルクじゃなくて牛乳でも当然構わないわ。まあ私は焼き菓子には無脂肪乳を使うけれど。こっちの方が焼き上がりがふわっと仕上がるし、焼き目の色味も淡くて綺麗になるの。甘さも無いから味がしつこくなりにくいしね。
逆に、しっかりした生地と濃厚なミルクの風味が好きなら、迷わず普通の牛乳を選ぶべきだわ。
「わぁ……甘い。だけど、どこか滋味みたいなのもあるわね……表面は軽くて、中はふわふわとモチモチの中間みたいな感じ」
「その滋味はビール酵母ね。これ自体には結構な苦味があるの。それが良いアクセントになるのよ」
知り合いから貰ったクグロフ型があったから作ってみたが、この型も素晴らしいものだ。陶器で出来ていて、熱がゆっくりと芯まで伝わる。そのお陰で焼きたてのケーキとパンの中間のような、絶妙な食感が生まれていた。
マーシレスからも好評。自己評価も素晴らしい。だけど……店のお品書きには書けないわね。菓子専門店じゃなくて、ご飯がメインの喫茶店だもの。これは時間がかかり過ぎるわ。特別な人に作る、特別メニューってところが関の山かしら。
「ん〜、待ち時間も吹き飛ぶ幸福ね。これって何処の国のお菓子なの?」
「お隣さん、セーヌのものよ。それと……このお菓子にはこんな逸話があるの」
「へぇ?」
「『Qu'ils mangent de la brioche』」
「あっ、その発音はセーヌ語ね。意味は分からないけど」
「農民に対し、宮廷で贅を尽くした暮らしをする、やんごとなき王女はこう言い放ちました。Qu'ils mangent de la brioche……パンが無ければお菓子を食べればいいじゃない。その『お菓子』っていうのがコレだっていう噂よ」
「きひひっ、何それ? 間抜けな嫌味ね」
「作り話でしょうよ。けれどまあ、人の真意っていうのは、意外と人には知られないものなの。それが例え苦しんでいる声だろうとね。だから……マーシレスも知らない私の真意も、何処かに有るのかもしれないわ」
「むっ! 聞き捨てならないわね! 私はウィスパーの腰元のホクロの数まで知ってます〜!」
「……え? あるの……? 腰に? ってか何で私も知らないこと知ってるのよ……!」
「ふふん。次の着替えで確認しときなさい」
……果たして蒙昧は罪なのだろうか。それとも罰なのだろうか。或いは、どちらでもなく、ただの状態でしかないのだろうか。
だとしたら残酷だ。そんな目に見える「状態」風情が、私の心をこんなにも締め付ける。
マーシレス、貴女は何も知らないのよ。
私の真意も……恋心も。
夢中になって頬張るほど甘くて……だけど見えない苦味もあって。このクグロフは、かの作り話の王女のような無知と愚かさを携えた味。そして片想いの味によく似ていた。
私はそれで構わない。貴女が何も知らなければ、貴女はいつも通り、こんなにも眩しい笑顔で笑ってくれる。冗談を言い合ってくれる。
もしくは、私の踏ん切りがついていないだけなのかもしれない。この妙趣に塗れた、単なる「生温さ」に溺れているだけなのかもしれない。
不意に苦味が胸を刺す。それ以上の甘露を求めて、また同じものを頬張った。歯止めの効かない甘さと苦さの均衡のせいにして、いつしか私は、それを全て平らげてしまっていた。
……とりあえず、今日は店じまいの後、ホクロの確認をしなきゃね。