2.才能アリ
取り敢えず落ち着いて深呼吸をする。気持ちが落ち着いたら勇気を出して魔導書の第一ページを開く。
どうやら著者は書いていないようだ。
《魔導書 魔法の全てをここに記す》
そう大きく書かれた見出しの下には目次がズラリと並ぶ。そこら辺の辞書よりも分厚いせいで目次は十ページにも渡っていた。焦らされるのは好きじゃない。
ていうか、目次が十ページも必要なこの書物は一体どれだけの魔法を掲載しているのだろうか。
そんな意味のない事を考えても仕方ない。早く諦めよう、とページを捲ると、そこには明らかこの本とは違う紙が折られて挟まっていた。何で紙なんかが挟まってるんだろう?
あ、もしやこれ中古じゃ……お姉ちゃんお金ケチったなこれ。
まあそもそも魔法やる気なんてないし、中古で良かったと思う。流石に要らない物でも新品を速攻捨てるのは勿体ない。
と、姉の誕生日プレゼントを捨てる気満々でいながら紙を手に取って開く。
これは……手紙? 誰宛てだろう。何々?
《親愛なる我が娘、アスナ・テオールへ。この本を開いたという事は、魔法に興味を持ったのね?》
お母さん……からの手紙!? 魔法に興味を持ったのね、って、私はただお姉ちゃんに勧められただけで別に私は__
《良かった。あなたには魔法の才能があると思ったから、ペンダントにちょっとした小細工をしてみたのよ!》
いや話聞いてよ。手紙が聞いてくれる訳ないけど。
それに、小細工って、このペンダントに何か仕掛けがあるって事かな……
そう思ってペンダントを握り締め、読み進める。
《人生を豊かに、そして楽しく! 何にでも挑戦する事が、幸せへの一歩だと思うな! 人生損したらダメだよ! お母さんより》
読み終わった時、無意識に涙が流れていた事に気付いた。
こんなに短い文章で泣いていた。しょうがない。四年前に他界したお母さんの手紙なのだから。
目を擦り、鼻を啜る。これは、もともとお母さんの持っていた魔導書だと、そう確信した。
お母さん……こんな手紙があるって事は、お姉ちゃん、魔導書を見つける為に物置から苦労して探したんだろうな。
ごめんね、さっきはケチってるだの文句言ってさ。
全く、朝から泣かせないでよ。魔法の練習がしたかったのに、まさか泣くとは思ってもいなかった。
流石お母さん。四年越しの誕生日プレゼントなんて洒落臭い事しちゃってさ。ホント、抜け目のない人だ。
溢れて止まらない涙をハンカチで拭いて気を取り直す。良し、魔法の練習再開だ!
えー、記念すべき初の魔法は、《魔力操作》です! 体の中を流れる魔力を自由自在に操る、という魔法らしい。
魔法なのかは定かではないが、かと言って一般人が見様見真似で出来る物ではない。いざ実践だ。
その一、魔力の流れを感じ取る。これは案外すぐに出来た。脱力し、体内に全神経を集中させると、微かだが体の中を波打つ血液とはまた違った物が流れている事が感じられる。
今まで何も違和感を感じて来なかったのは、それだけ人体に溶け込んでいるからだろう。
そう言えば、手紙にあった小細工って何だろう。もしかして、魔法が撃てるようにしてる、とかなんじゃ……
いやいや、そんな事は今考えなくてもいい。小細工って言うのはホントに些細な物だ。そう考えよう。期待はしてはいけない。
その二、魔力を操作する。なんと、魔力操作の手順は二つなのだ。なんて初心者に優しいのだろう!
やり方としては、魔力を感じれたら、それを脳から電気信号を送り、動かす。つまりは体の動かし方と原理は同じだ。
もう一度全神経を体内に集中させ、魔力の流れを感じる。そうしたら、次は脳から電気信号を送る。右手に集まるように、魔力を脳で操っていく。
自分で出来ているのか分からないのが少し不安だが、まあ大丈夫。ちょっと魔力が集まりさえすれば後は誤差の範囲内だ。
脳から電気信号を送る度、魔力が波打って右手に流れて行く。そう感じた。
じゃあ出来たって事でいいのかな? あれ、意外と簡単じゃない。まさか、お母さんったら、難しさを表すが為に、ちょっと話を盛り過ぎなんじゃ……?
だって、何年も鍛練してやっとこれが出来るって聞いたのに、当たり前のようにスッて出来ちゃったよ。
しかも魔導書には《この魔力操作が出来たらもう立派な魔術者! 次は炎系魔法を使ってみよう!》なんてのが書いてある。
あー、もしかしてこれが小細工? そうだとしたら小細工所じゃなくて大細工な気がする……
なんだかこれ以上進むと先生になる道を進まざるを得なくなりそうだ。でも、やると決めたからにはやるしかない。
次は実践的な炎系魔法だ。放火しないように気を付けながらやろう。
そう思って私は小細工が何なのかという気持ちと早く終わらせたい気持ちに急かされ、ページをそそくさと捲った。
……また折りたたまれた紙が挟まっている。
さっき一枚目の手紙を取った時、魔導書の次のページとその次ページの間に少し隙間があり、厚みがあった事から何となく察して気付いてはいたが、まさか本当に挟まっているとは思ってもいなかった。
多分お母さんからの第二の手紙だろう。それなら、次はどんな事が書かれているんだろう……
私は緊張して震える手をもう片方の手で抑えながらそっと紙を手に取り、ゆっくり開く。そこには、やはりお母さんの字でこう綴られていた。
《さて、魔力操作は出来たかな? 多分余裕だったんじゃないかな? でも、ここで一つ気付いて欲しいのは、まだ小細工は使われてないって事! ただ単にアスナが凄いだけだから安心してね!》
私はその言葉に思わず驚愕した。小細工がまだ使われていな、い? 全て私の実力!?
となれば、私は相当な才能の持ち主って事……? こ、これは参ったわね……つまり私が先生になるのは避けられないって事? え、ちょっとお母さん!?
だが、続きを読もうにも、ここで手紙が終わってしまっている。何かが可笑しいと魔導書の全ページを捲るも手紙はあの二つ以外に無く、結局小細工が何なのか教えてくれなかった。
良し、もうこうなったらヤケクソよ! 私の夢として、何が何でも魔法を極めて先生になってやろうじゃない!
「その意気よアスナー! 魔法の先生のてっぺん取っちゃいなさい!」
うん。私頑張る! ……え? 今私の頭にお母さんの声がした気がする。ううん絶対した。
ペンダントを握る。寂しさの余り、こんな言葉も聞こえてくるなんて、まるで四年前お母さんが天国に行った日に聞こえてきた声みたいだな……
二枚の手紙を読み返しても、今の言葉が書いてある訳でもない。となれば今のはやっぱり昔聞いたような幻聴?
「ぶっぶー、残念ハズレ! いい線いってるんだけどなー!」
あ、また聞こえた! いい線いってる? あ……もしかして、これがまさかの小細工……だったり?
「お、ピンポーン! 当たりー!」
「やったー!」
って! 何でお母さんの声が聞こえて、喋ってるの!? 絶対可笑しいじゃない! 夢じゃあるまいし、こんな事起きる訳ない。だって、お母さんはもう四年前に……
「死んじゃったもんねー、アハハアハハ」
いや何でそんな死んだ本人が一番他人事みたいにしてるのよ。
「まあこれには深い事情がありましてねー」
深すぎるんじゃないの……
「そうかな?」「そうでしょ」
……懐かしいな。この他愛もないやり取り。ずっとこうやって話して、日が暮れた事もあったっけ。
でもまたこうして話せるなんて、夢でも見ている気分だな。
もう一生話せないと思ってたお母さんとまた話せる日が来るなんて、本当に、夢じゃないんだよね。
「そう、これは現実。私もアスナと話せて嬉しい。懐かしいわよね。あの頃は本当に何をしても楽しくて、今でも鮮明に思い出せるな」
え、もしかして私の話、聞こえてた?
「そりゃあ、魂ですから? 人の考えている事の一つや二つ分かるって話よ!」
う、嘘ぉ……恥ずかしいんですけど……ちょっとそういう人のプライベートなとこまで覗かないでよ! このヘンタイ!
「えー、そんな事言われたって私一人じゃ寂しいし、暇だから覗きたくなっちゃうじゃない……魔導書開いてくれるまで四年も待ったんだしぃ……」
はいはいそう言って悄気ないの。全く、どっちがお母さんなんだか。
それで、結局小細工って何なの? 後、お母さんが何でこうやって話せてるの?
色々この世の現象では説明出来ないからさ。
「うーん……そうね、では、遡ること四年とちょっと前、あるところに、アスナ・マレアという美しい元勇者の人妻がいました」
自分で美しいって言っちゃうんだ……それでもって話し方の癖強いわね……
「愚痴は受け付けておりませーん」
はいはい続けて下さい。
「ゴホン、その人妻は、ある時ガンという病に罹り、ベッドで寝たきりになってしまいました」
ちょっと待って。え、代名詞人妻でこのまま進める気なの!? 何かもうちょっとオブラートに包めない!?
例えば、女の人、とか、元勇者、とかさ。
「アンタはクレーマーかっ! ったく、しょうがないわね。じゃあ気を取り直しまして、その女の人は、まだ死にたくないよー、もっと子供達と一緒にいたいよー、と思いました」
……突っ込み所が多いけれどもう何も口出しはしないで置こう。いつまで経っても話が終わらせれないのはアウトだ。
もう窓から日差しが差し込んでいる。大体毎朝七時を回ると日が差す。となれば、後30分もすれば皆が起き始めるだろう。
まさか私がお母さんと喋ってるなんてバレたら大騒ぎ所か、国中が騒ぎ出す始末だ。手っ取り早く聞かなければ……
「そんな時、女の人はこう思ったのです。『何かに魂を刻み込んで、この世界に滞在する事が出来ればまだ話せるチャンスがあるのではないか』と」
それで、このペンダントを選んだ、と。
「そう。それで、最後の力を振り絞って魔法を使ってペンダントに魂を転移させて、今に至るの。でも、すぐこんな風に喋れた訳じゃなくて、転移しても同化するのにちょっと手間取ってね、こうやって話せるようになったのはごく最近の事なの」
そういう訳なら寂しくなっても当然、か。
それで、今の話でお母さんがどういう経緯でこうなったのかは分かったけど、まだ肝心な事が分かってないよね。
「それって、私が何でアスナと話せてるのかーって事?」
そう。例えペンダントに魂を同化出来たとしても、こうして人と霊とが話せるなんて可笑しいじゃない。
それに、私の考えている事だって分かるって言うんだから、それはもう超能力者じゃない。魂ってそんなに凄い物なの?
「あー違うのよ。別にこれって誰でも出来る訳じゃなくて、ただ魔法で出来るようにしているだけなの。意志疎通っていう魔法があってね、それを使えば、話したり心を読めたり出来るのよ~」
さ、流石勇者様……
「もういつまで経っても私を勇者呼ばわりしないの! 次はあなた達三人の誰かが勇者になるんだからね!」
あ、そっか。でも、魔王はもういないんでしょ?
確か、魔王の子孫の生き残りもお母さんが根絶やしにした、って聞いたし。
「まあ魔王自体はもういないんだけどね? でも、やっぱりこの国の象徴としてさ、何かが必要じゃない? 大体、経済的にデロスは弱めなんだし、それじゃあ他国からお金を搾り取られる一方だもん。少し位反抗したっていいでしょ?」
う〜ん。まあ理屈は通ってるんだけど……
「どうしたの? 何か引っ掛かる点でもあったかしら?」
いや、ね。あの……勇者ってさ、その、魔王を倒さない勇者なら、本当にそれは勇者って言えるの?
「アスナ、それは触れたら行けない禁句よ」
と早口で言い返される。私は「はい……」としか言えなかった。お母さんはド正論が嫌いなのだ。
「アスナ、何を実況してるの?」
え、実況って……あ、もしかしてお母さん地の文も聞こえるの!?
「え? 地の文って何?」
あ、駄目だこりゃ。もうお母さんには隠し事は通用しません……
そう思っていると階段をドタドタ降りる音が聞こえてきた。まだ7時半じゃないのに今日はやけに起きるのが早いわね……
「お? もう起きて魔法の練習してたのか。どうだ? 順調か?」
「お、お姉ちゃん……そ、そうね。順調すぎるって言うのが的確、かな。うん……」
まさか数年かかるのを数分で習得しちゃったもんなあ……
「ふふーん? じゃあそれは先生になるって事の宣誓って認識して、いいんだな?」
「悔しいですけどそうでーす」
う~ん、私が先生かー。教えるなんて得意じゃないし、そもそもどうして先生にならなきゃいけないんだっけ?
「まあ兎に角、先生になるって決めたんだから、もうそれでいいんじゃないの?」
「ちょ、ちょっとお母さん今は話し掛けたら駄目でしょ!?」
「うわっ!? 急にビックリさせんなよ……それよりアスナ大丈夫か? お母さんがーって叫んでたけどよ、今のって何だ? 幻聴でも聞こえてるのか?」
その事を指摘された瞬間、じわりと熱湯のような緊張が胸の底から膨れ上がって鼓動が高鳴り、思わず口を紡ぐ。
え!? 今もしかして声に出てた!? 嘘、お母さん何で話し掛けたのよ!?
「ん? あ、そっか。まだアスナとしか話してないんだっけ。私が同化してる間もさ、一緒に生活してる気分になっちゃって、それでユーラも私の事認知してると思っちゃってた。ゴメンね! 悪気はないの」
ゴメンじゃ警察はいらないっての。幸いバレてないから良かったけど、もしバレてたら大問題だよ!?
「以後気を付けまーす」
ホントに気を付けるの?
「気を付けるってばー」
反省の色が見えそうにないが、折角話せたお母さんを責め立てるような事はしたくない。これからは末永く幸せに暮らしたい物だ。
「……おいアスナ。やっぱり今日のアスナ何か可笑しいぞ? 何か隠し事してそうな顔してるな。お姉ちゃんに隠し事とは、イケナイ娘だなっ!」
とお姉ちゃんに背中を叩かれる。勘が鋭いなあ……
いや、実際誰かがこんな挙動をしてたら疑われるのも無理はないかあ。じゃあ私がする事は一つだ。そう、弁解だ!
弁解をしなければ何も解決しない!
「で? どうなんだ? 隠し事、してんじゃないのか?」
「してないよ! そんな、特別隠す物もある訳じゃないし、ただ魔法で疲れただけだって! ホントだよ!」
「ホントか~?」「ホント!」
今正にこうやってしつこく粘り強く疑ってくるお姉ちゃんだけれど、実際私とアスカには凄く甘い。
それも、「お姉ちゃんにしか頼めないの!」って言ってお願いすれば大抵の事は渋々「わ、分かったって……」と言って承諾してくれる。
ただ、私とアスカがしつこすぎて対応が面倒になっているだけの可能性は否めない。どっちかっていうと後者の方が可能性は高いのは内緒だ。
でも、お姉ちゃんが甘いのは確かだ。私達に暴言なんて言わないし、時々お小遣いもくれたりする。
そんなお姉ちゃんなので、ず~っと自己主張を続けていると、溜め息を吐いて結果私の勝利となってしまうのである。
「はぁ~。これじゃ拉致が明かないな。まあ、アスナが本当と言うんならしょうがないな。そういう事にしとくよ」
と、このように諦めてくれるのである。
だが、ここで勘違いしないで欲しいのは、こうやってお姉ちゃんが諦めてくれるのは私とアスカの特権である、という事だ。
お姉ちゃんがやる気になれば、お父さんや赤の他人、ましてや貴族すらもお姉ちゃんの前には虚偽を白状せずにはいられなくなるのだ。
確か、お縄に掛かった人達が取調室で中々口を割らなかったらお姉ちゃんを呼んで吐かせてたんだっけ。
一回だけ見に行った事があるけど、「白状しろ!!!」の威圧感には昔の私は流石にビビって泣きそうになったのを覚えている。今もビビり散らかす自信はあるけど。
まあ、そもそも国の三大剣士に嘘なんて吐けるわけがないんだけどね。
「良し、じゃあもうこの件はもう終いにするとして、私は朝ご飯食うけどアスナはどうする? 魔法の練習なんていかにも疲れそうだしな。食パン、焼いとくな」
「ありがとう。そうだね、そろそろお腹が空いてきた頃だし、腹が減っては戦は出来ぬ、っていうしね!」