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星の巫女  作者: 鶴田道孝
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運命の輪

■帰還


 薄い明かりが差し込んだような視界。

 ああ、瞼を閉じているのだな。と雫は思った。

 瞼を開けていくと、ぼんやりと人影が視界にあるのに気がつく。ぼんやりとした人影は次第に明瞭になっていき、アリス、灯、光、アオイ、アカネ、六、と分かった。

 心配をかけたな。

 その思いが雫の胸に浮かんできた。

 視界の中のアリスが、長く溜めた息を吐き出すようなため息を吐くと、それまで硬い表情だったのが崩れ落ち、目から大粒の涙をこぼし始めた。

「もう、心配したんだから!こんなに心配したのは、純くんが」

 アリスは残りの言葉を言おうとしたが、言葉にならなかった。声が詰まって出なくなっていた。

「すまない、アリス。少しばかり無理をしたようだ」

 雫は自分の声音がか細い事に気がついた。

 相当、弱っている様だな。

 少しばかり、嫌味な笑みを浮かべた。

莫迦ばか

 アリスが小さく呟いた。

「雫さん、まだ起きないでください。肉体も気脈も消耗しています。お話はリンクで。言葉を話すのもしばらく厳禁です」

 灯がそう言った。

 やれやれ、これではどちらが師匠か分からぬな。

 雫は表情を変えず、心の中で先ほどと同じやや皮肉めいた笑みを浮かべた。

 気脈を探ると、灯、光、アオイ、アカネが気脈を送り込んでいるのを感じた。

 雫は薄く微笑んだ。

 ふっと、緊張していた場の空気が緩んだ。

『経緯を教えてくれ』

 灯が頷く。

「星の双子を導いた後、私達全員、神社に戻りました。ただ」

 灯は巫女達を見回した後、すっと視線を雫に向けた。

「雫さんは意識を失ったままでした。気脈を読むと、酷く消耗しているのが分かりました」

 なるほど。それで寝かせていた、という事か。

「そうよ、大変だったのよ。みんなが戻ってきて、ようやくどんな事になってたのか分かったけど。あの時は、地球の周りに急に巨大な霊脈が現れたと思ったら消えるし、雫とのリンクも切れるし!」

 もう!っという顔をアリスはしていた。

「まあ、きっと大丈夫、だとは思っていたけどね」

 アリスはニコリとする。

「嘘です。みんなが戻ったら、アリスさんもこっちに来て、雫さんの周りをオロオロして歩き回ったり、座り込んで涙ぐんだり、大変だったじゃないですか」

「な、な何よ!そんなコト言わなくても良いじゃない。光ちゃん!」

「ホントの事です。いつもあたしを弄っている仕返しです」

 ツンとした感じで光が言った。

 ぷっとアカネが吹き出した。それをアオイが諌めるように軽くポカリとやる。

 アリスはそれをみて、なんだかどうでも良くなったみたいで、肩の力を抜いた。

「なんだか分からないけど、兎に角、うまく行った事だけは分かったから」

「雫さんが目覚めるまで、待ってたんですアリスさん。うろうろしながら」

 アリスはむぅっと光を見つめたが、すっと力を抜いた。

 光は随分強くなったな。

 雫は光の変化が、星の双子の出産の体験から来ていると思った。

 大きな体験だった。

 雫自身そう思った。

「大まかな経緯は、灯ちゃん達から聞いたから分かってる」

 アリスの目は雫に注がれている。

「では、名探偵、推理をどうぞ」

 アリスが言った言葉はおどけている感じだが、その目は真剣だった。

『全員集まっているし、経緯は皆知っているから「さて」と言う必要は無いな』

 アリスの目が少し緩んだ。

『私の考えだが』

 玄雨神社舞舞台下手袖の空気が引き締まった。

『その前に、舞台奥に飾ってある物について、教えて欲しい』

 アリスの顔にちぇ、という雰囲気が滲み出した。

「アリスさん、雫さん相手に隠し事とか、最大級の無駄だって自分で言ってたの忘れたんですか」

 光が茶化す。

「そんな事ないわよ。勿論」

 二人がそういうやりとりをしている間に、灯は舞舞台舞台奥に行く。

 舞舞台舞台奥に進むと、そこにある白木の折り畳み机、その上に置いてある小さな立方体を手に取る。そして戻ってきた。雫の視界にそれを入れる。

「即席の装置で霊脈を閉じ込めています。圧縮くんの大容量版です」

 立方体は、角の部分が金属で面は透明なガラスの様な素材で出来ていた。中が透けて見える。

 中には青い白い光を放つ球体があった。輪郭がぼんやりと見える。

 雫はそれを見つめる。

『もう一つ知りたい。私はどれくらい眠っていた?』

「三時間くらい」

 アリスの返事に、雫の眉間に皺が寄った。

 妙だ。もっと、いや、ずっと長く感じた。

「雫さん、雫さんが眠っている三時間の内、初めの一時間くらい、シナプスの伝達スピードから推論する速度比が、約一万倍になっていました」

 六がそう言った。

「太陽の意識体の影響ね。それがどんな事を意味するか」

 一時間の一万倍。つまり。

「普通の時間の尺度で、約一年に相当する時間になるわ」

 なるほど。と雫は思った。

『随分と長い夢を見たような、気がする』

 雫は眼球だけを動かして、アリスを見た。

「もちろん、雫の視覚野の情報なんかは記録していたけど、流石に一万倍って、私の想定外の更に上よ。断片的にしか記録出来てないわ」

 ああ、それもあって。

 雫の口元に薄い笑みが広がっていくのをアリスは見た。

『後で見せてくれ』

「ええ」

 アリスは雫の目を見つめると、優しく微笑んだ。そしてその微笑みが消えると両目がキラキラと輝いた。

「太陽の中とか、色々、研究素材たっぷり収穫したわ。もの凄いお宝よ」

「アリスさん、サーバントさん達、コキ使いすぎです」

 少し尖った光の声が響く。

「いーじゃない。もう六からの革新技術情報の時と同じか、それ以上のお宝なんだから。研究所のサーバント奮起して、むしろあたしが宥めてるくらいなのよ」

「嘘です。奮起してるのに更にムチ入れてるくらいじゃ無いですか」

「うふふ。光ちゃんにもその内協力してもらおうかな〜」

 光は藪蛇、っとささっと鉾を収めた。首もすくめていた。

 それを見て、いやその様子を感じ取って雫は思わず笑みを漏らす。

 アリスはふう、と息を吐き出すと、言った。目が細くなり、頬が少し緩んでいる。

 雫は己の気脈を読んだ。上体を起こした。

「雫さん」

「もう大丈夫だ」

 灯の声に雫は応えると、微笑んだ。そして正座する。

 灯は雫を見つめると、ふぅと息を吐き出し、気脈を送るのをやめた。他の巫女もそれに倣う。

 雫は灯が持ってきた立方体に視線を向けた。灯の両膝の前にそれは置かれている。

「その立方体の中の霊脈」

「太陽の意識体からの」

 灯の言葉に雫は頷く。雫は扇を広げた。

「出してみてくれ」

 灯は立方体を持ち上げる。そしてその上面にある僅かな出っ張り、それを右の掌で抑え、右手を退けた。

 立方体から二つの球体が現れた。雫はそれを扇で仰ぐ。

 すると。

 一つの球体は立方体の中に戻っていった。

 もう一つは、アオイの周りを巡る。

 やはり。

 すっと、雫はアオイの目を見る。

 アリスもその意味が分かった。やはり同じようにアオイの目を見た。

「アオイ・ゴールドスミス」

「はい」

 雫の問いかけに、アオイは厳粛な声音で応えた。

「既に分かっていると思う」

 アオイは頷いた。

「しかし物にな順番があり、作法がある」

 アオイは再び頷いた。

「アオイ、一つ問う。女神となる覚悟はあるか?」

「はい。元より覚悟の上に御座います」

 アオイはそう言うと、両膝に乗せた両手を胸の少し前に広げた。

 雫は水平にした扇を頭上近くにあげると、静かに下ろした。

 球体はアオイの両手の間を通り、胸元に吸い込まれた。

 途端。

 アオイの髪が青く燃え、少し浮かび上がる。そしてその輝きはすぐに消え、元の金髪に戻った。

 アオイは両手を胸に当てていた。

「アオイ、其方の女神としての名を授ける。玄雨葵あおい、それが其方の女神としての名だ」

 そう言うと雫はアリスに言った。

「さてアリス、二つ名は何とする」

 アリスは、一度口を開こうとするが、閉じた。そしてこう言った。

「それは雫の考えを聞いてからの方が良いと思うの。あたしにはこの話の筋立てが良く分からないから、ね」

 いつになく慎重なアリスの発言に、光は少し「え?」という思いを抱いた。

 アリスの言に、雫は同意を示す。

「では、私の見立てを話す」

 雫の言葉に、玄雨神社舞舞台の空気が再び引き締まった。


■雫の解釈


「まず、今までの出来事を整理する」

 そう言うと雫は、灯を見た。

「灯と光がスーパーソーラーストームの夢を見たのは、ある意味、アカネが竜の星の夢を見た時と同じ」

 アカネがきょとんとした。アカネの手をアオイが優しく握った。

「どちらも、この神社の準備が整った故に起こった事」

 灯が目をほんの僅か見開いた。

「事の時の順番と原因ときっかけはバラバラに見えるが、実は一つの筋で繋がっている」

 光はドクン、という自分の心臓の鼓動を聞いた。

「星の種は霊脈が途切れ、危機に瀕した。助けを求める声がスーパーソーラーストームを生み出した。それは地球に向かったが、偶然ではない。地球に助けを求めたのだ」

 灯の目が僅かに険しくなった。アリスがえ?という顔をした。

「待って、助けを求めた、というのは分かる。助けを求めたら偶然地球にスーパーソーラーストームが来た、ってコトじゃないって事?」

「そうだ、アリス。地球のこの神社に助けを求めたのだ」

 雫は視線をアリスから灯に移した。

「助けを求めたのが、助かるための、ある意味原因とも言える」

 灯がふぅ、と息を吐いた。

「助かる為の手段、それが二十四人の灯」

 雫は頷く。

「それが一つ」

 灯の唇が薄くなった。

 二十三人の灯の焼き滅ぼされた地球の時の線、その犠牲。それさえも、と。

 いや、と灯は考えた。

 焼き滅ぼされたのは地上の生命、だけ。

「さらに」

 雫はアカネを見た。

「アカネが『竜の女神』となった事」

 アカネがぴょこんと正座したまま跳ねた。

「そして、光が結び目の部屋の光と一体となった事」

 光の目が大きくなった。

「そして、六、其方が神社に来た」

 六の様子は変わらない。しかし、灯は六が考え込んでいるように感じた。

「最後に」

 そう言うと、雫はアオイを見つめた。

「アオイが女神となった」

「ちょっと待って。助けた後に、女神になったじゃないの」

「そうだ。だから事の時の順番と原因ときっかけはバラバラに見える」

 アリスの言葉に、雫は先ほどと同じ言葉を告げた。

「さらに、アオイにはもう一つ、他の者には無い素養があった」

 アオイはすっと背筋を伸ばす。

「アオイはアオイとなる前、セリスとして子を宿し、そしてその子として産まれた」

 アリスははっとした。

「つまり、アオイは母親であると同時にその子供でもあった」

 アリスは目を細めると、雫に問うた。

「この神社の条件が揃った、と言うのは、まあ、分かったわ。ええ、時間の順番をわきに退けて、よ。でも、どうしてその事を、数ある天体の中から見つけ出したの?危機の瀬戸際に」

 雫はすっと微笑むと、静かな声だが厳とした言葉を響かせた。

「それは、双子の星の種、その一つがこの地球となったからだ」

 なんですって!

 アリスは自分の髪の毛が逆立つのを感じた。

「まず、死に瀕した、という表現が適切か分からぬが、死に瀕した星の種の一つは将来の自分に助けを求めた。そこにはこの神社があり、助けてくれると分かったからだ」

 雫はアリスにそう告げると、光に視線を向ける。

「事の時の順番と原因ときっかけがバラバラなのは」

 雫は光が頷くのを見た。

「『結び目』の作用ですね。雫さん」

 雫は頷いた。その様子は嬉しそうな満足そうな気配をほんの少し漂わせていた。

「幾つかの時が結び目で結ばれ、その因果は絡み合った。その結果、星の種は助けを求める相手を正確に導き出したと同時に、己の力だけでは出られなくなった」

 アリスは、少々苦々しい面持ちを浮かべたが、さらっとそれを消した。

「まったく、面倒な仕組みね。因果関係が出鱈目すぎる」

「そうでも無いぞ、アリス」

 「え?」と「ん?」の中間のような表情を浮かべるアリス。

「巫術の修行をする時、弟子にその技を教える前に、その技を弟子が成してしまう場合がある。時として巫術は因果の逆転を生ずるのだ」

 アリスは記憶を探る。そして理解の色が広がった。

「そうか。純くんの修行」

「そうだアリス。結び目が無くとも因果の逆転は起こる。短い時間の範囲だが」

 雫はアオイを見た。

「アオイ、星の双子を助ける時、既に女神としての力を使っていただろう」

 光は思い出していた、アオイの髪が青く輝いた時、薄く光っていた事を。

「あれは神脈、だったんですね」

 雫は光に頷く。そして灯を見る。

「だから灯。星の双子は、原因であり同時に結果なのだ」

 灯の顔から険しさが消え、静けさが戻ってきた。

「運命の輪、だったんですね」

 灯はそう呟いた。

 光は灯の手を握った。灯も握り返した。


■スーパーソーラーストーム


「ちょっと、良い?」

「なんだアリス」

 雫の推理の途中に割り込んだにしては、アリスは巫山戯ていない。神妙な声だった。

「灯ちゃんの夢の解析をした時に分かったの。ベネットの遺品の事。雫の今の話を聞くまでは、関係ないと思っていたんだけど」

 アリスは僅かに唇を噛んだ。

「ベネットの遺品、時の女神の既知の術を記録する時、見る対象に向かって女神の力を放出していた可能性があるのよ」

 すぅと光の目の色が変わった。灯がそれを見る。そして「大丈夫」と小さい声で言った。光の目の色が元に戻った。

「スーパーソーラーストームの原因、いえ、太陽が灯ちゃんを見つけたのは、その時の可能性。時間と順番が入れ替わるなら、その可能性もある、と」

 アリスは眉間に皺を寄せ、悲しそうな声を出していた。

「アリスさん、それは確かに太陽が私を見つけた原因だったかも知れません。あの装置を使った時、確かに気脈を吸い取られるような感覚がありました」

 灯は光を見る。そして握った手に優しく力を込める。そしてアリスを見た。

「でも、その事だけがスーパーソーラーストームの原因じゃありません」

 灯は、光を見た。光は頷いた。

「アリスさん、その事はあたしも気が付いてました。それがスーパーソーラーストームの原因じゃないかって。でも、そうだけど、それはその一つだった」

 光は少し俯いた。その様子はまるで結び目の部屋のあの女性のようだった。灯が手から気脈を送っていると、雫は思った。

 光は顔を上げる。

「あの星の双子の出産の時、あたしは『結び目』を解きました。でも、できるなんて思っていなかった。あの時、みんなが呼び寄せられて、役目を告げられ時」

 光はその時の様子を思い出していた。

 薄い光りで包まれた場所。そこに、灯、光、アオイ、アカネ、六の姿。

 六が言った。

「通信が確立しました。太陽の意識体と名乗るものの言葉を伝えます」

 六は灯に手を伸ばした。灯はその手を取った。そして、気脈を他の巫女と結ぶ。

「星の双子を助けて頂きたく、皆さんをお呼びしました」

 その声は直接頭に響いてくるようだった。頭の中に何かの圧力があるような気がした。

「六さんには、引き続き言語の翻訳をお願いします。アカネさんには星の双子の鳴き声を聞いて、アオイさんに伝達してください。オアイさんは星の双子を鎮めてください。光さんは、あなた達が『結び目』と呼ぶ、時空間連結を解除してください」

 それぞれが名と役目を伝えられた。困惑していた。そして気が付いた。一人だけまだ呼ばれていない巫女の事を。

「私は」

 灯はそう言うと、六と繋いだ手に僅かに力を込めた。

「その通りです。産婆を形成したら、雫さんを迎えにいってください」

 その言葉が頭に響いた。そして、頭から何かの圧力が消えた。

「聞こえるよ。何かの泣き声。すごく泣いてる。まるで」

 アカネが胸を手で押さえた。

「黒い竜になった母竜と同じくらい強い声で、泣いてる」

 アオイがアカネを抱きしめた。

「大丈夫。アカネなら出来る。一緒に双子をあやそう」

 アオイの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

「うん。お母さん」

 灯はその様子を見ていた。六と握った手から、何かの信号が来た。ふと光を見る。

「光」

「お姉ちゃん」

 光は泣きそうだった。

「『結び目』を解くなんて、やった事無い」

 灯は六から手を離すと、両手で灯の手を掴んだ。

「やった事、ある。一度結び目を解いてる」

 え?

「光は、結び目の部屋のあのもう一人の光を連れ出した」

 ああ!

 光の顔に理解の輝きが満ちた。

「『結び目』を解く、それは光しかできない技」

 灯はまっすぐに光を見つめていた。

 その瞳には、大丈夫、貴方なら出来る、貴方しか出来ない、と強く訴える強さがあった。


 光は灯に見つめられているのに気が付いた。意識が過去の記憶から戻ると、記憶の中のように灯に見つめられていて、記憶の中と現実が繋がっているような感覚がよぎった。

「役目を告げられた時、雫さんが言った準備がどういう事か。その準備の一つがあたしが結び目の部屋に行き、もう一人の光を助け出す事だったと分かったんです」

 光は、アリスを見た。

「スーパーソーラーストームの原因、いえ、その一因には私も関係していたんです」

 光の言葉は苦しそうだった。胸の中に痛みがある。灯が握った手から、気脈を送る。光の心は鎮まっていった。

「神社の準備」

 アリスは大量の情報に酔ったように、ポツリとその言葉を漏らしていた。

「ちょっと待って。まさか」

 アリスは目を見開いていた。そして、アカネを見ていた。

「アリスの理解の通り」

 雫はアリスに首肯する。

「もう一つの星の種は、竜の星に、なったのね」

 アリスは自分の頚椎から皮膚に向かって冷気が広がっていくような感覚を覚えた。

「だから、アカネちゃんが呼ばれたのね」

 雫は頷いた。

「星の記憶は、その星の生物にも宿る」

 黒い竜になった母竜が自分に助けを求めたその理由。

 アカネは、頭の奥が痺れるような感覚と切ない思いを抱いた。

 いくばくかの静寂が玄雨神社に訪れた。

 雫は、広げていた舞扇を閉じると、帯に仕舞った。その動きには無駄が無く流れるようで、誰の意識にも上らなかった。ただ静寂だけが過ぎる。


■抗えぬ運命


「さて、ここでもう一つ、謎解きだ」

 一同、無表情の六を除き、全員が驚きの表情で雫の方を見た。その言葉を聞いた。

 この上なんの謎解き!

 皆の顔にはそうに書いてあった。

「江戸時代、日本各地を見聞し心象を結び、この安寧の霊脈を編んだ」

 雫の視線は舞舞台の床下を見ているようだった。

 急に話が変わったと、一同少し戸惑った様子。

「此度の件で、星もまた巫術にまつわる生物であると分かった。とすると」

 灯は背中に痺れるような刺激を感じた。

「流れる霊脈は、星の」

「そうだ、灯。星の気脈、と捉える事ができる」

 静寂。その言葉の意味が、全員に染み込んでいく間、舞舞台は張り詰めたような静寂に満ちた。

「巫術師の技量だけで、星の気脈の流れが変わる筈は無い。星の助力、いや、合意が必要だ、と」

 雫はアカネを見る。

「竜の星で安寧の霊脈を編んだ。霊脈の心象を的確に掴んでいたため、一差し舞う間に成しえたが、これも、星の気脈と考えれば妙な事」

 双眸を見開いたアリスが言った。

「竜の星が協力した」

「そうだ」

「つまり、雫の事を知っていた」

 アリスはまるで寒さを感じたように両手で反対の二の腕を掴んだ。自分を抱きしめるように。

「雫が塩の石臼と邂逅して、巫術の能力が向上したから、と思ってたけど」

 それだけじゃ、無かったのね。

 アリスは何か大きなものの気配、そして畏れを感じた。

「術者の力量も必要だが、何より星の加護が必要なのだ」

 雫の目は鋭かったが、その奥には何か温かいものがあった。

「地球と竜の星、この二つには私やこの神社と深い因果がある、とこの事から分かる」

 雫は視線を空に移した。

「そして星の双子、と考えれば、この謎は終わる」

 アリスは溜めた息を吐き出した。

「灯ちゃんのいう通り、運命の輪、だったのね」

 灯は優しく口元を緩めると、言った。

「星の双子、その出産を助ける時、雫さんとアオイは安寧の舞を舞いました。星の双子はそれを覚えていた。その記憶が、二つの星の安寧の霊脈と繋がる」

 自分を助けようとした者が舞った舞、それと同じ霊脈の流れ。

 星はその流れを助ける。

「人は星に生かされ、そして星もまた生きている」

 雫の言葉にアリスは頷いた。

「とても大きな循環ね。惑星や恒星が生きているなら、銀河系だって」

 雫は静かに微笑んだ。

「あまり一度に考えすぎると、頭が爆発するぞ。アリス」

「大丈夫よ。その辺はメタアリスが代行してくれるから」

『アリス、爆発するのを代行するのは遠慮します』

「そ、そういう意味じゃ無いわよ!」

『分かっています』

 アリスはなんだかメタアリスが笑っているような感じがした。

「さて」

 雫はアオイを見た。そしてアリスを見る。

「二つ名をどうする?アリス」

 アリスはにっこりと微笑むとこう言った。

「アオイ・ゴールドスミス、女神の名は玄雨葵、その二つ名は『星の女神』」

 アオイは床に両手を付いて頭を下げる。

「アオイ・ゴールドスミス、女神としての名、二つ名、謹んでお受け致します」

 アオイが頭を上げると、アカネが抱きついてきた。

「良かったね。お母さん」

「ええ」

 二人が舞舞台から空を見上げると、雲に隠れて輪郭が見える太陽があった。雲の隙間から注ぐ太陽の光りは、新しい女神を祝福しているようだった。

 「運命の輪が、ようやく一つ閉じたようですね」

 舞舞台前の境内から、ユイの声が聞こえた。いつの間にか境内に立っていた。

「私は一度戻ります。今回の事、想定外、予想以上でした。直接報告する必要があると、考えました」

 ユイは舞舞台に向かって一礼する。そして消えた。

「一旦戻ったか」

「塩の石臼と太陽の意識体、対立はしてないけど、機構的には別のもの、って感じね」

 すっと雫は視線を灯の前にある立方体に向けた。

 巫女全員、吸い込まれるように立方体に見つめる。

「この霊脈」

 そう言うと雫は立ち上がった。舞舞台中央に進むと、舞扇を開く。

「お待ちください」

 灯が声をかけた。そして光に、アオイに、アカネに会釈する。

 雫は頷いた。

 そして静かに安寧の舞を舞い始めると、灯、光、アオイ、アカネが雫を囲むように移動し、同じく安寧の舞を舞う。

 アリスと六は静かにそれを見ていた。

 春の柔らかい日差しの中、巫女達の舞は続く。六は静かに進むと立方体を手に持つ。そして、その上部を押す。中から先程の光りの珠が出てくる。

 それはくるくると回ると、舞舞台を出て、境内へ。

 そして、上昇していく。ゆっくりと。

 その様子は、巫女達が舞う、安寧の舞と同調しているようだった。

 舞が終わると、光りの珠も消えた。

「どこにいったの」

 光りの珠を見つめていたアリスは、小さく呟いた。

「皆も良く知る、ところだ」

 ああ、と、アリスの顔に得心した表情が浮かぶ。

「そうね。これで本当に」

「運命の輪が」

「閉じました」

 アオイの言葉を灯が続けた。

 雫は舞台花に来ると、空を見やった。

 舞扇を閉じる。そして、帯へと仕舞った。

「灯」

 雫は言った。

「其方は星を救い、そして救われたのだな」

 灯はにこりと微笑んだ。

「それが、女神にも抗いようの無い、運命に御座います」

 玄雨神社境内より奥の木々がそよぐ。

 穏やかな春の陽気に誘われて鳴く鶯。その鳴き声が、聞こえてきた。


■エピローグ


『雫、こっちに来れる?』

 巨人産婆が玄雨神社に現れてから、三日後。アリスからのリンクの声が雫に届いた。

 その声音から、雫は胸の奥の方がざわめくのを感じた。雫は「空の穴」を成す。そして消えた。

 アリスの執務室に現れた雫は、足元にあるカエルのスリッパの上に着地するように、それを穿いた。

 アリスはれた紅茶を雫に勧めた。

 雫は一口飲む。

「雫の記憶、産婆から戻った後の記憶、ある程度復元できた。やっぱり部分的にだけど。それを見せたくて呼んだの」

 雫は頷くと、帯に刺した六角形の飾りのようなものの上部を触った。スーツが起動して、視覚がアリスと共有された。

「ひとまず、復元されたものだけ、ほんの数秒分だけど、そのまま見てみて。多分、その方が良いと思う。じっくり見るのは、マズい気がするのよ」

「判った。アリス」

 雫の視界に見慣れぬ場所、風景、人物と思われるものの画像が映画の一コマ一コマにあり、それを再生しているかのように映し出された。

 一見すると、何が何やら、というような映像である。

 だが。

 雫の額には汗が滲んでいた。そして鳥肌が立っていた。

「アリスの言うとおり、だな」

 アリスは頷いた。

「取り出せたのは、多分」

 雫は頷いた。

「鍵」

「ええ」

 アリスはカップに口を付ける。ほんの僅か、紅茶を飲む。

「本体は、雫に必要な時に、見えるように、ああ」

 言葉を区切ると、アリスは唇を薄くした。そして続きを言った。

「読めるようになると思う」

「あの『本』ではないが、鍵の掛かった本」

「そう。世界の読み手が読む本」

 そう言った時アリスも、自分が鳥肌を立てている、と感じた。

 執務室に、少しの沈黙と静寂が流れた。

「このデータは消すね。鍵は渡したから、もう不要だし、なんだかあるとマズい気がするのよ」

 雫は静かに頷いた。

「ひとまず事は収まった」

 アリスは唇を引き結び、頷く。

「次に起こる事が、約束され、それに必要なものは手にしている」

「そういう事に、なるわね」

 雫は紅茶を一口、口にする。

「果たしてそれは新しい運命の輪か」

「それとも、新しい謎の始まりか」

 雫の言葉をアリスが続けた。

 雫はカップを皿に戻した。

「いずれにしても、待っていれば、事は来る」

 アリスは小さく微笑んだ。

「また、何かを助ける事になりそうね」

 雫は微かに口元を緩めた。

「それが我らの使命、なのだろう」

 アリスは一口、紅茶を飲む。

「太陽の中の様子、画像解析した結果なんだけど、見る?」

 雫は無言で頷く。

 雫の視界に、あの金色の世界が広がった。

「金色の粒子の濃度のエッジを抽出して、見やすくしてみたの」

 視界の画像が変化した。

「これは」

 雫が僅かに驚きの声を上げた。

「まさか、と思うけど。そう見えるわよね」

 球体と触手、その結合。それらが明確に見える。

 そして、触手の先端は植物の葉のようだった。そして、その形状はあるものを想起させる。

 視覚の画像は緩やかに回転している。その角度によっては、また、あるものを想起させるものとなる。

「六が、発想は外の世界から来る、という滅んだ地球人類の話をしたが」

「これも、その一つなのかもね」

 雫は唇を引き結んだ。

「世界の読み手は、相当古くから居たのだろう。そして太陽の内側を読んだ」

「そして、ある者は絵に描いた、のね」

「そのミームは宗教に巻き取られ、その形となり、残った」

「そう考えるのが、順当だと思う」

「金色、それはその色そのものだった訳だ」

「そうね。それに、核融合エネルギーに満ちているもの。リソースを奪い合う必要も無いわ」

 雫はため息をついた。

「星の双子は、とても稀な事例なのだな。ほとんど苦悩のない世界」

「そういう事ね」

 雫の視界には、金色の世界の中に中心の大きな球体の周りに幾つかの球体、そしてその周りの球体と、それらが再帰的に触手で繋がっている景色が映っていた。

 それはまるで曼荼羅図のようであった。

『お話をまとめると、極楽の中心的存在である中尊の苦悩を救った女神、その女神に圧縮されたメッセージとそのメッセージを解読する鍵が手渡された』

 メタアリスが、そう言った。

「そうなる」

『玄雨神社は、宇宙全域の困り事解決所、として認知された、という可能性があると推論します』

「メタアリス、そういう時だけAIらしく喋るのはちょっと卑怯よ」

『こんな大それた事、どんな感情で喋ったら良いか、学習していませんし、推定もできません』

 その声音は、先程と打って変わって、戸惑った感じになっていた。

 雫は紅茶を飲む。そして僅かに、微笑んだ。その目からは覚悟が滲み出ていた。

「如何なる事であろうとも、逃れ得ぬ運命ならば、受け入れるのみ」

 アリスは優しく微笑むと言った。

「で、ついでに助けられたら、助けちゃうんでしょ」

「出来るものならな、アリス」

 アリスはうふふ、と笑う。

 雫は、何が可笑しいアリスという表情。

「だって、既に塩の石臼の悩みの相談受けてるし、『本』の回収請け負ってるし、星の双子助けてるし、それが謙遜ならモノには程というものがあるんじゃない?」

『アリス、助けたリストに抜けがあります。六と他の派遣者の事を忘れています』

 メタアリスのやや怒ったような声音が響いた。

「な、何よ。ちょっと言い忘れただけよ。変なトコ、突っ込むの止めてよ。メタアリス」

『他の人を弄るのに、自分が弄られるのが不快というのは、直交性に欠けます』

 アリスの執務室に雫の笑い声が響いた。

 本当におかしかったらしく、目尻に涙が浮かんでいる。

「確かに、な。アリス」

 アリスはふんっ、という顔を一瞬させた。

「メタアリスが付喪神になった一番の理由。それはアリスが巫術師に戻った事が一番大きい。そう私は思う」

 アリスはちょっと目を白黒させた感じになった。そしてごく短い間、僅かに頬を紅潮させた。

『アリス、雫は弄っているのではなく、褒めています』

「わ、わかってるわよ!」

 メタアリスに弄られて、アリスの心の中ではデフォルメされたアリスのキャラクターがハンカチを咥えてキーッと怒っていた。

「いつも光を弄っているツケが回ってきたなアリス」

 んな!

 口をあんぐりと開けそうになったのを奥歯を噛み締めて耐えた。ギッと音がした。

 ふん。この腹いせに光ちゃんを散々弄ってやるもんね。

 なんだか邪悪な事をアリスは思った。

 その頃、玄雨神社では光がくしゃみをしていた。

「光、大丈夫?」

「大丈夫、お姉ちゃん」

 鼻を鳴らして、光が言った。

 なんだったんだろう、今の。

 知らぬが仏である。

「それでも、アリスの鍛錬の賜物、という事には変わりない」

 さらりと雫に褒められて、アリスの機嫌はすごい速さで回復した。

「さて、私は戻る」

 雫は「空の穴」を成すと、消えた。

 アリスは雫が消えた後も、しばらくその場所を見つめて微笑んでいた。やがて執務室を後にする。

 アリスが執務室のドアを出ると、自動的に照明が消える。

 執務室は漆黒に包まれる。

 漆黒の闇。

 さながらそれは時の間のようであった。

 微かに聞こえる空調の音が、海の細波の音のように響いていた。


 木々がそよぐ音が聞こえる。

 産院の庭先に、光る珠が現れた。

 初めそれは小さな光りだったが、くるくると廻る内、大きくなり色も白から青に変わって行った。

 ゆらゆらと漂いながら、それは一つの病室のドアを透過して中に入って行った。

 「神峰桜」、病室の名札にはそう書かれていた。


 さて、今回のお話はここまで。

 雫の記憶に入った鍵のかかった本。そして手にしたその鍵。

 この先のお話は、降ってきてのお楽しみ。

 このお話は、2022年12月19日に書き始めたました。

 書き終わり自分で校閲して推敲して、投稿しています。

 例によって、演繹法で書いています。

 今回は珍しくプロローグから書き始めています。

 この部分、物語のどこに入るのか、その場所に来るまで判らない、という書き方。

 一度エピローグまで書き終わったのですが、どうもしっくりこない。

 おそらく、語り部がキャラクターを動かしてしまっていたようです。

 拙いと気づき、途中から書き直した次第。

 大まかな筋立てはそれ程変わらないものの、キャラクターの言動などはかなり変わりました。というよりも漸く動くに任せたられた、ようです。

 やはり考えるよりも、指先が物語を紡ぎ出していく瞬間の方が、圧倒的に出来が良い。

 さて、書き直しまして、今回の物語、「安寧の巫女」「竜使いの巫女」「結び目の巫女」「理の巫女」の放置されていたり見過ごされていたりした点が集結したようなお話となりました。

 大元はやはりスーパーソーラーストーム。

 これが何故起こったのか、ずっと心の底で煮込まれ続けていたようです。

 灯ちゃんが笑顔になれて、良かったです。


 メタアリス、発言がただのAIにしては少々おかしい事がありました。

『誰かの犠牲の元に出来た安寧は、決してその凡てを休らえる事は出来ないの。一つの犠牲は一つの後悔、苦悩を生むの』(竜使いの巫女)

 なんでこんな事言うんだろう、とその時思ったものです。

 ほんとにこの子、考え方が人間ぽくなって来たわよね。特に竜の星に行ってから。

 とアリスさんも思っていました。

 何でだろうと思っていたら、こんな事に。


 基本的には、私は取りまとめる係で、キャラクターがあれこれ仕出かす事の整合性を取る役割、と考えると、最近なるほどと得心がいくようになりました。

 ですから、私がキャラクターを動かすと、碌なことは無いのです。

 指先が思考よりも先に動き物語を紡ぎ出す、その耳元ではあの方々が囁いている。

 やはり語り部は語る役割、のようです。

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