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星の巫女  作者: 鶴田道孝
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太陽

■太陽


『今、あの場所を見ています。やっぱり「本」はありません』

 光の言葉に、アリスは考え込んだ。

 太陽は巨大だ。あまりに巨大だ。それを隈なく精査するなど、かなり無茶だと。

『スーパーソーラーストーム噴出後、その時の灯達が消えた後に時渡りします』

 灯の声が響いた。

 やはりその方法しかない、とアリスは思った。少し暗く寒いような悲しいような感覚を、アリスは覚えた。

 だがアリスの理知的な心は考える。

「本」が存在した時から順番に時を飛ばして、現在の位置を知る。それしかないと。

 すう。

 全員の視線がユイに集まった。

「灯さん、少しお待ちください。話す事があります」

 ユイは目を開けた。

「『本』は無くならなくても、存在しなくなる事はあります」

 イトの言葉はアリスに、なんですって!?という顔をさせるのに十分な効果を発揮した。

「どういう事!?」

「説明します」

 そう言うとイトは、半眼になった。

「皆さんには出現直後の『本』を察知して、お知らせする役目です。ですので、この内容をお伝えする必要は無いと判断していました」

 雫は目を細めた。アカネは肌がざわざわする感覚を抱いた。

「『本』に願いを掛けた者が、稀に『本』と一体化する事があるのです」

 雫の目が見開いた。アカネは両手で反対側の二の腕を抱き抱えていた。まるで寒気がするように。

「その場合『本』を構成する霊脈は無くなりませんが、『本』という機能は存在しなくなります」

 アリスは、それで目出度目出度めでたしめでたしってワケじゃ無いのよね、と腹の底の方で思った。鉛のような感触がそこにはあった。

「つ、つまり」

「あのプラズマ生命体、その何れかが」

「『本』に願いを掛けて」

「一体化した、と考えられます」

 アリス、雫、アカネは、まるでイトの思考に操られるままに、順番にその言葉を口にした。というよりも、全員の意識にその結論が強い風のように吹き抜けていったのだ。

「滅多に無いこと。しかし」

 そう言うとイトはまるでその面前に太陽の画像があるかのようにそれを見た。

「大量の霊脈を蓄える知性体ならば、その可能性はある。その事をお伝え致します」

 イトは目を閉じた。

「待って、一つ聞きたい事が」

 アリスの言葉にユイが答えた。

「アリスさんの質問は『その一体化がスーパーソーラーストームの原因では?』ですね。その答えは、否です」

 苦虫を噛み潰したような顔のアリス。

「仮に一体化した存在がスーパーソーラーストームを放ったとすると、時の女神の技では回避できないと、思慮しりょします」

 苦虫どころか毒を喰らったような顔になるアリス。

「一体化できる程の存在が『本』と一体化したら、どんな事になるか」

 ユイは言葉を止めた。いつも余裕を感じさせるユイ。今のユイにその余裕の雰囲気は無かった。

「塩の石臼は、そのような場合の手段を持っているのでは無いか?」

 雫は冷静な口調で言った。しかしその口が渇いていると、雫は感じていた。

「私の領域以外の事。知りません」

 そっけない。しかし、本当の事のようだ。さて。雫は思案する。

「灯ちゃん、敵情視察の目的は変わらないけど、一体化するような前兆があったら」

 アリスは一度口を閉じると、強い口調で言う。

「逃げるのよ」


「お姉ちゃん」

 光に頷く灯。目の前には太陽。視野の全てを覆うほどの近距離。熱や放射線はスーツの機能で遮蔽され、彼女達には届かない。だが、神社から伝えられた情報は、彼女達の思考を鈍くさせていた。

「光、アオイちゃん、直接見るよりは、時のはざまから覗き見る方がまだ良さそう」

 光は、あ、と言う顔をした後、頷いた。

 アオイは初めて灯と時渡りをした時の事を思い出した。その時も、時の間から覗き見た。その事がすっと想起された。

 三人は再び手を繋ぐ。そして消えた。

 漆黒の空間。互いの顔さえ見えない。繋いだ手、それを使い読心の術で灯は話した。

 その言葉は、言霊二号を通じて神社の巫女達にも伝達される。

「スーパーソーラーストームの噴出後、この時の灯達がいなくなった時を覗きます」

 灯の気脈が伸びる。気脈のみ漆黒の空間で淡い光を放っている。それが伸びて、途中で途切れる。時の中に入ったのだ。

「光、『本』、判る?」 

「あの場所に『本』があるの、感じる」

 光は自分の内側に居る、もう一人の光、結び目の部屋に閉じ込められていた光、を通して「本」を察知する能力に目覚めていた。

「少し先の時に移ります」

「あ、この時だと、もう『本』が無い」

 光は灯は頷いているのを感じた。

「さっきの時とこの時の中間に」

「まだ『本』がある」

「その中間に」

「お姉ちゃん?あれ」

「何、あれ」

 光とアオイは見た。時の狭間から差し入れた灯の気脈を通じて、それを。

 同じ光景を、玄雨神社舞舞台下手袖に集まった巫女たちとアリスも見た。

「なに、あれ」

 眉間に皺を寄せて、まるで視力の弱いものが視力検査で記号をよく見ようとするように、アリスは目を細めていた。

「まるで一つの球体が独立しようとしているように見える」

「繋がってる触手みたいなのが細くなって、消えた、みたい」

 すう。

 全員の視線がユイに、いや、イトに集まった。

「私も初めて目撃します。今、その時、太陽の意識体の一つが『本』と一体化した」

 全員の視界の中で、太陽の中の一つの球体が他の球体と繋がっている触手が無くなり、そして。

「触手が球体の周りの巡ってる」

「まるで繭みたいね」

 雫、アリスの順にそう言った。

「なるほど。一体化は瞬時に生じるものではなく、期間が必要、と言う事のようです」

 その言葉に全員がイトの方を向いた時、既にその目は閉じられていた。

「灯ちゃん、あの繭を覚えて。覚えたら戻ってきて。早く」

 アリスは素早く指示を出した。

 本心ではもっと早く指示すべきだったと。悔しい気持ちでいっぱいだった。繭になっていくのに目を奪われ、一体化が瞬時に終了した場合の危険の対処を怠った、と。

「アリス、まずは無事」

「ありがとう雫」

 普段の展開なら、ここでアリスが雫に抱きついて、となる所だが、今回は違った。

 アリスは雫に礼を言った後、静かに考え込んだ。


「灯ちゃん、時の間からじゃなくて、直接繭を見てみたい」

 気脈を通じた読心の術で、アオイが灯に言った。

「お姉ちゃん、あたしも」

 アオイと光の言葉。灯は何かを感じ取った。

 アリスの危機感とは異なり、灯は繭を直接見ても大丈夫だと、何故かそう感じた。

「分かった」

 途端に三人の視界の全面に太陽が広がる。灯は手を離すとその場所を指差した。スーツの機能で、その場所に丸いマーカーが付く。

 光が鋭い目で、じっとその場所を見つめていた。

 アオイが穏やかな目で、その場所を見ていた。

「分かった」

「そうなのね」

 光は口を一文字に引き結び、一瞬厳しい顔をした。

 アオイは、胸に右手を拳にして添え、まるで胸の鼓動を抑えているような面持ちだった。

「光、光が見たもの、私にも分かった」

 灯の言葉に、光が灯を見る。

「あれ、ができてるのね」

 うん、と光は頷いた。

 そして二人は、アオイを見た。アオイの目にはうっすらと涙が滲んでいた。

 アオイは指差した。その場所を。

「あそこに何かがあるの。二つ」

 灯と光はその場所を見つめた。二つ。それを意識した上で、その場所に意識を集中する。

 二つ、何かがある。と灯と光は感じた。

 そして、二人はアオイの気配が変わった事に気がついた。

 アオイを見る。すると。

 アオイの髪が青く輝いている。体全体も薄く光っている。

「苦しんでるみたいに感じるの」

 その言葉は、光の胸の奥に鋭い痛みをもたらした。光も右手を拳にして、胸を押さえた。

「『結び目』の中の二つの何か。苦しんでる」

 灯はゆっくりと目を閉じ開く、そして口を引き結ぶと言った。

「戻りましょう」


■理由


 灯、光、アオイが舞舞台に現れた。

 元の座に戻る。

 アリスは、ゆっくりと呼吸した後、言った。

「一つの推論を言うわ」

 舞舞台の空気が引き締まった。

「これは、宇宙生命に関しての仮説を元にした推論なの」

「宇宙生命?」

 アカネがそう尋ねた。

「動物や人間といった種に関しての事ではなくて、天体を生命体とみなした理論。地球を一つの生命体と考えるのを『ガイア理論』というけれど、それをすべての天体に適用したもの、と考えると良いかな」

 アカネがなるほど、と頷く。

「その理論の中で、太陽が母体で惑星を生み出す、というものがあるのよ」

 その理論は雫も知っていた。だが、それが先程の現象であるとは、思い至っていなかった。

 とすると、雫はその先を考えたが、口にはしなかった。

「さっきの太陽の中心から伸びた触手の先の球体。あれは将来生み出される惑星の卵。で、繭の形状になったのが」

 全員がアリスが何を言おうとしているのか理解した。

「もうすぐ生まれる惑星、という仮説」

 アリスはそこで雫の方を見ると、薄く微笑んだ。

「あたしの推論はここまで。雫ならもう少し別か、詳しい見立てができるでしょう?」

 雫は扇の先で、視界に広がる太陽の中の繭の部分を示した。

「この繭。惑星の卵、というのはそう考えられるが」

 視線をアリスに向ける。アリスはにっと口元に笑みを浮かべた。

「これは霊脈。そのままでは惑星とはならない、とすると。卵というよりも種、と捉える方が良い、と思う」

 アリスははっとした顔をすると言った。

「という事は、この種が星間物質を集めて惑星に発達する、という」

 雫は頷いた。

「この事から、もう一つの事が分かる」

 アリスの眉間に皺が寄った。そして、あ、と声を上げた。

「そうか。惑星がそういう風に出来上がるなら」

「そうだアリス」

「太陽も同じように、種があって、それが。だったら」

 アリスは視界の太陽の中心の球体を見つめた。

「あのプラズマ生命体は太陽の中で発生したんじゃなくて、あの生命体が成長して、太陽になった」

 雫は再び頷いた。

「霊脈を将来の体の大きさに持つが、物質としては存在しないもの。それが星の種」

 ガタッ。

「お姉ちゃん!?」

 光は急に片膝をついた灯に驚き、そう声を発していた。

「星の種が『本』と一体化した理由」

 灯はそう漏らした。その面は悲しみと苦しさに彩られていた。

「星の種は死にそうだった。だから大きな霊脈が必要だった」

 雫ははっとした表情のまま、灯を見た。

「スーパーソーラーストームは、星の種の叫び」

 灯は、まるで泣くのを堪えるように、くっと歯を食いしばると座った。

『灯ちゃん、いい?』

 メタアリスが灯に尋ねた。

 灯は口を一文字に結び、決意したように頷いた。

『これは、灯ちゃんが視たものを再構成したもの。スーパーソーラーストームの時の少し前の状態から、灯ちゃんは視ていた』

 気が付かなかった。

 光は驚いた。そして思った。どうしてメタアリスは、知ってるの?

『言霊二号は灯ちゃんが持っているから、視た情報は私にも伝わる。灯ちゃんは同時に二つの時を視ていたの。でもソーラーストームの「時」は光ちゃんには伝えなかった。アオイちゃんにも』

 ああ。そうか。

 光はメタアリスの言葉が胸に落ちた。戻ってからも繋いでいた手、灯の手を握っている自分の手に、そっと力を込めた。

 お姉ちゃんは、その「時」がどんなに辛い記憶か、あたしも知ってるから。

 光は繋いだ自分の手がやはり優しく握り返されている事に気がついた。灯の顔からは悲しみ苦しみの色は消えていた。

 全員の視界に太陽のその部分が拡大されて広がった。

 雫が星の種と呼んだ球体。

 その球体に繋がる触手が震えるように振動した、ように見えた。

 そして、それが起こる。

 球体が振動すると、太陽の表面に向かって、大きなうねりが広がっていった。

「巨大な、素粒波です」

 六が、無自覚にそう口にしていた。

 うねりは太陽の表面付近に達すると、太陽表面の物質を巻き込んで噴出する。

 光は自分の手を握った灯の手に力が入るのを感じた。

 噴出した後、星の種に繋がった触手は細くなる。霊脈の流れが途切れ途切れになっていく。 アリスは下唇を噛んだ。

 なるほどって、これじゃあの時、いくら調べても原因が分かるはず無いじゃない。灯ちゃんだから視られたけど。

 あの時の灯ちゃんだったら、見抜けなかった。

 と、アリスは思った。

 二十四人の灯、その巫術の力を持ってして初めて知った事実。

 雫は肌の表面に薄い寒さと細かい刺激を感じた。そして一つの疑問の泡が胸の奥に現れたのを感じた。だがそれは小さく雫の胸の中に留まり、意識に昇ることは無かった。

「そして、星の種は『本』と一体化する事で、繭になる事ができた」

 イトだった。その双眸は灯の方を向いていた。

「あなたの考えは、正しい、と判断しています」

 イトは体の向きも灯に向けた。

「あの『本』、とても困難ですが仮に回収できるとします。回収したいと思いますか?」

 灯の頭の中で、大きな渦が轟々(ごうごう)と音を立てていた。

「その通りです。回収したとしても、あの放出は止められない。原因ではないからです」

 灯の表情が暗いものになっていた。

「あの触手、あるいは臍の緒、が途切れないようにする、という選択。それを行う事。仮にそれができるとしたら、行いますか?」

 灯の頭の中で、また大きな渦がさらに大きく轟々と響き渡った。

 すっと灯の暗い表情が消えた。

「お分かりですね。結び目の部屋と同じく、途切れない様にしても、それは時が枝分かれするだけ。既に事は起きてしまった。その結果が今この時、そして未来へと繋がっている」

 イトはその顔をアカネに向けた。

 灯はその意味を理解した。アカネに関係する未来、いや、今。そしてスーパーソーラーストームが起こってしまったからこそある今の意味について。

 スーパーソーラーストームが起こらなければ、竜の星は違ったものになる。そうなればアカネの在り方も変わる。もちろん、竜の女神はその因果を超えて存在できる。

 スーパーソーラーストームが起こらなければ、六の様な知性体が生まれず、竜の星に電磁波干渉能力を持つ生き物も進化しない。

 小さな竜も、小さな竜から派生する竜人も存在しない。

 あの過去は書き換えられない。事は起こってしまった。

 灯は初代玄雨純の記憶の中にある言葉を思い出した。

「女神にも抗えぬ運命はある」

 すぅと、灯の頭の中の渦が鎮まっていった。

 そして、また思い出していた。初めの灯の決意を。その灯の心を。そこにはなすべき事を成す、という覚悟はあれど、己の運命を嘆く心は無かった、という事を。

 灯の頭の中の渦は、消えていった。

 イトは灯の方を向くと、ゆっくりと頷く。そして目を閉じた。

「雫さん、私、しなくてはならない事が分かりました」

 灯は自分の口が勝手に動いて言葉を話しているような感覚に囚われた。

「あの星の種、種の根付く場所、その場所に動かします」

 光は自分を握る灯の手が離れるのを感じた。

 灯は既に無しの扇を作っていた。

「お姉ちゃん!」

 光が手を伸ばす前に、その言葉が灯に届く前に、灯の姿は消えていた。

 光は伸ばした手が下がる。

 日が傾き、玄雨神社の周りの木々の影が境内に長く伸びていった。

 灯が消えて、ほんの僅かの時間、だが、長い時間が過ぎたようにも感じた。

 雫は、その気配を感じると、アオイが居た方を向いた。

 アオイが居ない。隣に居たアカネも。

 その気配は、光の方からも。雫が光の方を向く。

 光が居ない。

 奇妙だ。

 と、雫の眉根が寄る。

『六との交信が途切れました』

 メタアリスの音声が雫とアリスに響いた。

 雫が六が居た場所を見る。

 六も居ない。

 アリスは、少しの寒気を感じた。だが、その理知的な心は、それらが、灯が消えた事と何かの関連があると考え、事後の対処をする方が良い、と言っていた。

「雫、何かが起こってるみたい、だけど。あたしはあたしのできる事を、する」

 アリスはそう言うと、舞舞台上手にある固定された「空の穴」を使い、米国へ戻る。メタアリスが記録した内容を精査するために。

 舞舞台には、雫一人、いや、雫とユイが残った。

 日は既に沈み、舞舞台は夕闇に包まれていた。


 夜。雫は一人舞舞台から星を見ていた。

 月齢四日。月は無く、晴れていて星が良く見える。 

 雫は肌の表面に薄い寒さと細かい刺激を感じた。あの時と同じだ、と意識した。

 舞舞台にユイが緩やかに歩んでくる。

 そして、舞舞台の舞台花、舞台の一番客席側に行くと、空を指差した。

「来ました」

 そうユイは告げる。

 夜明け前で一層暗い空。

 そして。

 天空にその姿が現れた。

 空の向こう、星の手前。自ら放つ薄い光によって、夜空にその姿を露わにしていた。

 あまりに巨大な人影。その輪郭はぼんやりとしてはいる。そしてその輪郭の内側は自らが放つ薄い光で立体感が無いように感じる。しかし、それがこちらを見ている、と雫は思った。

『宇宙空間に巨大な霊脈の出現を確認したわ』

 リンクのアリスの声が届く。その声からアリスが冷や汗を滲ませているのが、雫には分かった。

 巨大な人影は、上半身が地平線より上にあるようだと、雫は思った。玄雨神社の周りの木々で地平線は見えないが、そう思わせる。それ程の大きさだった。

「まるで巨人が地球を覗き込んでいるようだな」

 その雫の声にユイはこう応えた。

「雫さん。あなたを、見ているんです」

 雫は耳の後ろを汗が流れるのを感じた。

 雫は薄く息を吐き出すと、意識の乱れを整えた。

「雫さん、事を二つ」

 ユイはそう雫に告げた。

 雫は「空の穴」を成す。そして帯に刺してある六角形の飾り、スーツに触れる。雫は「空の穴」に消えた。

「ご無事に」

 ユイはそう呟いた。


■産婆


「雫さん」

 雫は巨人の中に居た。そしてその声を聞いた。

 灯の声だ。

 だが姿は見えない。

「そうです。灯です。雫さんとは少しずれた時にいます」

 何が有った。

「あの繭を『空の穴』で移そうとしました」

 やはり。

「ですが、事はそんなに単純な事ではありませんでした」

 巨人の中は、舞舞台から見たのと同じように薄く光っていた。

 これは霊脈、だと雫は理解していた。

「あの繭の中には、『星の種』が二つあったんです」

 雫は思い出した。「雫さん、事を二つ」というユイの言葉を。

「星の種が二つあった事が、触手が途切れてしまった原因。星の種の成長に触手からの霊脈の供給が足りず」

 切れてしまった。

「しかも、取り込んだ『本』の影響で結び目の部屋ほどではないものの、やはり『結び目』ができてしまっています」

 雫は背筋に寒気を覚えた。

「この事は、光とアオイちゃんと見た時、分かりました。分かっていなかったのは、星の種が」

 灯の声が途切れた。

 どうした灯、と雫は頭の奥に白い刺激が広がるのを感じた。

「初めまして。ここからは私が説明します」

 誰だ。

「あなた達が太陽と呼ぶ星の主となる意識体です。あなた達とは思考方法、速度が異り、通常の方法では意思疎通ができないため、この様な方法を取らせて頂きました」

 この様な方法。

 ここで雫は気がついた。

 灯の後、居なくなった巫女達。光、アオイ、アカネ、そして六。

「あなたの思考は受信しています。六さんの翻訳機能、アカネさんの受信能力、アオイさん、光さん、そして灯さんの思考、それらを中間層として利用しています」

 雫の目が細められ、やや睨むような表情を形作った。

「協力頂いている巫女たちは、この工程が終わると無事戻ります」

 まるで感情が無いような音声が雫の頭の中に流れ続ける。

「星の双子は、難産です。私はあなたに産婆としての活躍に期待しています」

 少々、日本語が妙だな。

 雫は緊迫感の中、少し奇妙な感慨を得る。だが、言っている事は分かった。かつて玄雨朔さくが言ったように、玄雨神社当主は産婆として働いていた。巫術師の才のある子供を見つけるのに都合が良かったからだ。

 そして、雫もまた当主となって暫くの間、産婆として働いた経験を持つ。

 そして、理解した。

 なぜ、巨人が現れたのかを。

「あなたの神経伝達を使い、この産婆と動作させます」

 産婆というのは、この巨人か。なるほど、産婆としての活躍、とはそういう事か。

 静かに雫はそう思った。太陽と地球という天体としてのスケールの違いが、この巨人というサイズになる、と思うと、僅かに心拍数が上がるのを感じた。

「この産婆の中は連続的には隔絶しているため、外部の刺激は影響ありません」

 太陽の熱や放射線は防がれる、という事だな。

「これから神経伝達と産婆の接続を行います。中間には灯さんが入ります。あなたは力を抜く様にしてください」

 雫は言われる通り、体の力を抜いた。

 急に視界が変わった。

 地球の北半球、日本を見下ろしている事に気がついた。

 これは、巨人、いや産婆の視点だ。

 雫はやや前屈みになっている姿勢から、背筋を伸ばす姿勢をとった。視界から地球が少し離れ、北極が視界の下の方にある。オーロラが見えた。意識の無自覚な連想が、竜の星のオーロラを想起させた。

 どうやって太陽まで移動する?

「雫さん、『空の穴』で太陽まで移動してください」

 灯の声だ。

「太陽には私の「無しの扇」があります」

 既に準備は万端か。

 雫は灯の「無しの扇」に意識を向ける。そして産婆の右手にその体躯に相応の無しの扇が現れた。産婆は「空の穴」の舞を舞う。ゆっくりと。

 地球の隣に、地球の直径の二倍程の巨大な「空の穴」が現れた。

 それはちょうど、スーパーソーラーストームを回避した二十四人の灯達が成した「空の穴」と同じ大きさだった。

 そこに産婆が触れると、消えた。

 玄雨神社舞舞台花で、その様子を見ていたユイはボソリと呟いた。

「予想外、予定外の出来事」

 そして、目を開くと、こう言った。

「運命、なのかも知れません」


■太陽の中へ


「雫さん。太陽の中に」

 太陽の側に現れた産婆。雫の頭に灯の声が響く。

 雫は前に進むと意識した。視界の中の太陽が大きくなる。

「これは」

 思わず雫は声を出していた。

 視界は金色こんじきに彩られた。

 太陽の中、まさか金色に輝く世界だったとは、予想もしなかったからだ。

 金色の光の強弱は場所ごとにあれど、視界全体が金色に埋め尽くされていた。

「星の双子の場所まで産婆を移動させます。力を抜いてください」

 太陽の主な意識体と名乗る者の声が雫の頭に響いた。

 金色は無数の細かい粒子でできている様に感じられた。それがゆっくりと近づいてくる。

 前進しているのだな、と雫は思った。

 見慣れてくると、粒子の密度に違いがある事が分かった。粒子が濃い場所と薄い場所がある。

 粒子の濃い場所は、だいたい球体の様に感じられた。その球体から触手、いや管が伸びて、別の球体と繋がっている。球体と管以外のところの粒子は薄い様だった。

 目の前に一つの球体が近づいて来た。

 あれが星の繭、するとあの中に星の双子が。

 雫がそう思った時、繭の様子が少しおかしい事に気がついた。

 繭が細かく収縮と拡大を繰り返している。まるで震えているように。

 雫の眉に皺が寄った。

 二つの星の種。その成長に足りない霊脈。それを補う為に取り込んだ「本」。

 その結果生じた「結び目」。

 干渉しあっているのは「結び目」の影響もあるのだろう。

 雫は繭の様子を見つめながら、思考を続け、理解を深めていった。

 なるほど。だから産婆が必要だと。

 雫は考えた。

 人の出産と星の出産。同じ訳はない。灯を通じて私を呼んだのは、巫術での出産の助力。

 とすれば。

 雫は双子の難産をその脳裏に思い描いた。

 その時。

 雫はその気配に気がついた。

 それは玄雨神社舞舞台から巫女達が消えていった時に感じた気配。

 意識を周りに向けると。

 灯、光、アオイ、アカネ、六が、それぞれに手を繋ぎ輪となって雫の周りを滑るように回っていた。

「雫さん『結び目』を解くのはあたしの役目です」

 光がそう言った。

「星の双子をあやすのは、私の役目」

 アオイがそう言った。

「星の双子を導くのは、私の役目」

 灯がそう言った。

「星の双子の声を聞くのは、あたしの役目」

 アカネがそう言った。

「太陽の意識体との交信が私の役目で御座います」

 六がそう言った。

 雫はすっと、目を細めた。

「されば私は、星の双子の出産を手助けする産婆の役目」

 雫の声に、巫女達は頷いた。静かに微笑みながら。巫女達の輪はほぐれ、雫の背後に回った。

 雫は己が両手から気脈を伸ばした。それに呼応するかのように産婆の両手から霊脈が噴出する。

 霊脈は雫の気脈を取り囲むように進む。そして、繭の中に入る。

 繭の振動が一旦止まると、以前にも増して激しくなった。

 雫の目が細まり、眉間に皺が寄る。

 雫は息を細く吐き出すと、安寧の舞を舞い始めた。

 すると、雫の背後からアオイが前に出て、雫と共に舞を舞う。

「星の双子をあやすのは、私の役目」

 舞を舞いながら、アオイは雫に微笑んだ。アオイの髪は青く輝いている。

 繭の前の産婆も同じく、安寧の舞を舞う。

 繭の収縮が止まった。

「星の双子の泣き声が穏やかになりました」

 アカネがそう告げた。

「『結び目』がほどけます」

 光がそう告げた。

 一瞬、繭が輝いたように感じられた。

 雫は安寧の舞を終えると、両手を差し出し、そして胸元に寄せるように動かした。

 産婆の両手から伸びた霊脈が戻ってくる。それに包まれたかの様な、一つの金色の球体があった。

 その球体が繭から出てくる。

 そして、その後に。

 繭からもう一つの金色の球体。

 やはり同じ様に霊脈に包まれたかのように。

 雫は霊脈を切り離す。そして、手にした扇を水平にして下に下ろす。産婆も同じ所作をする。球体を包んでいた霊脈が雲消霧散し、球体があらわになった。

「星の双子を導きます」

 雫の背後から灯が出ると、アオイの隣に立った。

 灯はアオイに手を差し伸べた。

 二人は手を繋ぐと、雫、そして、光、アカネ、六に対して一礼する。

 二人の姿は消えた。同時に、星の双子も消えた。

 雫はまた、あの気配がするのを感じた。

 光、アカネが消えていくのを感じた。

 雫の視界は産婆の物と、自分の物の二つを同時に見ていたが、自分のものの視界から完全に産婆の視界になっているのに気がついた。

 雫は産婆の視界で繭が小さくなり、消えていくのを見つめていた。

 繭が小さくなるにつれて、雫は自分の意識が薄くなっていくように感じた。

 雫の脳裏に、太陽の主な意識体の声が響いた。

「ありがとう」

 雫の意識は薄くなり、空白となった。

 その空白の意識の中に、ある光景が広がった。

 雫はその光景を思考も無く、ただただ眺めていた。

 漆黒の中、先に消えた灯とアオイの姿があった。

 手を繋いだ二人。そしてその二人の周りに、小さく輝く球体があった。

 雫はそれが星の種、だと判った。

 灯とアオイの二人の周りを二つの球体は回っている。二人はそれを見ている。

 雫の意識に二人の声が聞こえてくる。

「灯ちゃん」

「良かった。あの子たち、産まれることが出来た」

二つの星の種は、二人の周りをくるくると巡ると、頭上高く飛び去っていく。二人がそれを見つめる内、その輝きも小さくなり、やがて消えた。

 雫の意識の中から、灯とアオイの姿も消えていた。

 雫は意識を失った。

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