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星の巫女  作者: 鶴田道孝
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予兆

この物語は、巫術師玄雨雫シリーズの5作目です。

過去の物語と密接に結び付いているため、「安寧の巫女」「竜使いの巫女」「結び目の巫女」「理の巫女」の順にお読み頂いた後、読まれる事を特に強くお勧め致します。

■プロローグ


「来ました」

 そうユイは告げる。そして舞舞台舞台花から空を仰ぎ見た。

 月明かりの中、境内は明るい。

 そして。

 天空にその姿が現れた。

 空の向こう、星の手前。自ら放つ薄い光によって、夜空にその姿を露わにしていた。

 あまりに巨大な人影。その輪郭はぼんやりとしてはいる。そしてその輪郭の内側は自らが放つ薄い光で立体感が無いように感じる。

 しかし、それがこちらを見ている、と雫は思った。

『宇宙空間に巨大な霊脈の出現を確認したわ』

 リンクのアリスの声が届く。その声からアリスが冷や汗を滲ませているのが、雫には分かった。

 巨大な人影は、上半身が地平線より上にあるようだと、雫は思った。玄雨神社の周りの木々で地平線は見えないが、そう思わせる。それ程の大きさだった。

「まるで巨人が地球を覗き込んでいるようだな」

 その雫の声にユイはこう応えた。

「雫さん。あなたを、見ているんです」

 雫は耳の後ろを汗が流れるのを感じた。


■スーパーソーラーストームの夢


 物語は巨大な人影出現の数日前に遡る。

 その晩、灯は夢を見た。

 過去の夢だった。

 夢を見ている灯も、それが過去の事だと分かっていた。分かってはいても、胸の奥に重たいもの感じていた。

 灯は、自分がアリスの元を訪れている夢を見ていた。

「灯ちゃん、これ持って帰って、太陽視てみて。あ、サングラスがかけるの忘れないでね」

 アリスからサングラスを受け取ると、試作品を持って、灯は玄雨神社に飛んだ。

 舞い舞台では、リンクでだいたいの事を知っていた雫が、灯に声をかけた。

「それが、ベネット殿の遺品か」

「はい。早速試してみます」

 灯はサングラスをかけると、取り扱いのページに表示されたように、それをヘアバンドのように、髪に装着した。

 幽かな震動音がして、ヘアバンドの両端に緑色の小さな光が点灯した。

『アリスさん、じゃ、太陽を視てみます』

 灯は目に霊脈を吸い込むと、太陽を視た。

 夢を見ている灯は、胸の奥に感じる重たいものが、多数の棘を出して胸の内側を刺していのを感じた。あれを視るんだ。あれを。

 太陽から噴出する炎の龍。


「お姉ちゃん!」

 灯の視界に光が入ってきた。

「良かった。急に気脈が乱れて溢れ出して、心配になって来てみたら」

 灯は自分が汗をかいているのに気がついた。じっとりと。額を手で拭う。

「ずいぶんうなされてたんだよ」

 光が安堵するのが灯に分かった。

 夢を見ていたんだ。夢を。あの時の夢を。

 灯は自分の気脈を読むと、少し乱れているものの、平素に戻りつつあると分かった。

「大丈夫。光、心配かけてごめんなさい」

 灯の口調が落ち着いているのを聞き取った光は、安堵の息を吐いた。

「あのね。お姉ちゃん、あたしも夢を見たの」

 灯は、はっとした。

「お姉ちゃんが、あの」光はそこで少し言葉を区切った。唇が薄くなる。「スーパーソーラーストームを見た時の夢」

 灯は光の中で眠った。その時、灯の記憶が光の中に、ある意味コピーされた。光はその記憶の夢を見た、と言っているのだった。だが。

「光。私も同じ夢を見たの」

 光の目が見開かれた。

「同じ夢を」

 灯と光は、それが何かの予兆、先ぶれだと感じた。そして互いに同じ思いだと分かり、頷き合った。

 灯はゆっくりと呼吸した。そして光に言った。

「明日の朝、二人の夢の事を雫さん達に話した方が良いと思う」

 灯のその真剣な眼差しに、光もやはり真剣に頷いた。


「二人が同じ夢を見た、と。しかもそれがあの時の夢」

 灯と光は雫が起きた事を感じ取ると、雫の部屋を尋ね、夢の事を伝えたのだった。

「はい、雫さん」と光。灯は少し思い詰めたような雰囲気を滲ませていた。

 雫は少し息を吐き出すと言った。

「奇妙な事だが、最近私もあのスーパーソーラーストームが、何故起こったのか、気になっていた」

 光と灯は顔を見合わせた。二人とも顔に「え?」と書いてあった。

『あたしもよ〜』

 アリスの声がリンクに響いた。

 アリスさんも!?

 光は別の意味で嫌な予感を覚えた。

『あたしも気になって、ベネットの装置で記録した「視知の術」のスーパーソーラーストームのデータ、最近、解析してたのよ。あ、メタアリスに依頼してね」

 メタアリスさん、良いように使われてるなぁ。という考えが一瞬光の脳裏を過ぎる。

『残念ながら、あまり詳しい事は分からなかったわ。あの当時の技術だと解像度や深度が足りないのよ』

 じっとアリスの話を、自分の内側を覗き込むような気配を発しながら聞いていた灯が言った。

『アリスさん、さっき見た夢だったら、もっと詳しい情報が取り出せるんじゃないですか?』

 光ははっとした。灯を見た。雫も灯を見ていた。

『どうだアリス?』

『そうね。女神四柱が同じことを気にかけていた、というのも何かの予兆かもね。分かったわ。灯ちゃん、こっちに来てくれる?』

『はい、アリスさん』

 灯は立ち上がると、「無しの扇」を作ると「空の穴」を成した。

「さ、光」

 灯は光に左手を差し伸べた。

 そうか。あたしも夢を。

「うん。お姉ちゃん」

 灯と光は手を繋ぐと「空の穴」に消えた。

瑞兆ずいちょうであると良いのだが」

 雫はそう呟くと、立ち上がり朝の舞を舞うために舞舞台へと向かった。


■夢の解析


「二人の夢のデータを収集終了〜」

 アリスの能天気な声で灯と光の二人は目を開けた。

「どうですか、アリスさん」

 光が尋ねた」

「まだ解析の途中だけど、今の段階でも面白い比較になったわ。光ちゃんの情報密度を一としたら、灯ちゃんのはざっと二十倍くらい」

 光がはっとした顔付きになった。

 灯が頷いた。

「やはり」

 灯の言葉は少し重かった。

「そうね。灯ちゃんの情報密度が高いのは、灯ちゃんが二十三人の灯と一体化したため、と考えられるわね」

 灯の口は弾き結ばれた。

「つまり、私の中の灯達も同じ夢を見た、という事ですね」

 悲しそうな口調だった。

「あたしも、事がより重大だと、思うわ。あ」

 アリスは右手人差し指と中指を添えてこめかみを抑えるポーズをした。

 僅かに眼球が動く。

「メタアリスがデータの解析をしたんだけど、少し気になる事があるの。今の太陽の状態とも比較した方が良さそう」

「気になる事って、何ですか?」

 光がアリスに尋ねた。

「う〜ん。なんとなく気になるのよ。比較してみないとなんとも言えないわね〜」

 そう言うとアリスは、手のひらに収まるくらいの小さな卵形の白い物体を灯に手渡した。

「それ、カメラ。それ持って、今の太陽と過去一ヶ月くらいのを1日置きに撮影してみて」

 灯はそれを見つめて、少し首を傾げた。

「どうやって撮影するんです?」

「スーツと連動するから、灯ちゃんが撮りたい、と思ったら記録開始して自動終了するわ。撮影時間はだいたい三秒程度。撮影する場所は、スーツ経由でマークが出るから」

「マークの場所って」

 アリスは少し黙った。

「あれが噴出した付近、よ」

 光の胸の奥に、重たいものが湧いた。

「ただ、正確に同じ場所を撮影する必要は無いし、それは難しいから太陽の緯度で大まかに同じあたりを等間隔で撮影、という事」

 正確に同じ場所を撮影するのは困難だった。太陽の自転、磁場の変動、同じ場所、という概念が通用しない。

 光は二人に判らないように息をゆっくり吐き出した。胸の重たさが少し軽くなった気がした。

 灯がそれを心配そうに思っていると、アリスは感じていた。

 一番、心が重たくなってるのは灯ちゃんなのに。

「それじゃ。灯ちゃん、お願いね」

「はい、アリスさん」

 そう言うと、灯は「空の穴」を成す。そして消えた。

 アリスの執務室に少しの静寂。

 光は気がついた。

「あれ?太陽の記録って、あたし達が見た夢の太陽。霊脈を含んでますよね。それと比較するとしたら」

「あー、その辺は大丈夫」

 うふふ。とアリスは微笑んだ。

 絶対何か企んでる、と光は思った。


 雫が舞舞台に着くと、アオイとアカネが下手袖に居た。二人とも座っている。アカネがむくれている。そんなアカネをアオイが困ったような様子を漂わせながらも、睨んでいる。

「あ、雫師匠」「雫さん」

 二人が同時に言った。アオイはやはり困ったように。アカネは少し怒ったように。

 雫にアオイが目で訴えかける。

「女神のリンクでお話し大体わかってるけど、あたしだけ仲間はずれみたいで、つまんない。というか、モヤモヤして。ゔ〜〜〜」

 アカネが心の声がダダ漏れ的な事を言った。

「分かってるんだったら、むくれないの」

「でも〜。モヤモヤして、イライラするんだよ〜」

 正座を崩し、足をバタバタさせ、手で頭をくしゃくしゃする。

「行儀が悪いでしょ」

 アオイが睨む。

 すっと雫が座った。アオイは立ち上がると、その場を去った。

「アカネ」

 雫は穏やかだが、底の方に強い意思を感じさせる声音で言った。

 ジタバタしていたアカネが、その言葉に押されたかのように、正座する。

「はい」

 雫は少しアカネから視線を外し、自分の後ろの方へ向ける。

「いるな、りく

「はい、雫さん」

 その声が聞こえたと同時に、雫の背後に六が現れた。六は雫の隣に座った。

「今回の事、アカネと六はその事を詳しく知らないと思う。ああ」

「はい、メタアリスの記憶データベースから、過去の事件のあらましは理解しました」

 雫は頷いた。

「あー、ってコトはやっぱりアカネだけ仲間外れじゃん!」

 ぷぅっと頬が膨れる。

「もう。ダメでしょ」

 お盆を持ったアオイが雫の側に来ると、お茶を雫の前に置き、アカネの隣に座った。

「だってお母さんもその時の事知ってて、六も知ってて、知らないのアカネだけじゃん。仲間はずれじゃん。やっぱり」

 プンプンという擬態語が聞こえてきそうな雰囲気である。

『アカネちゃん、これから圧縮通信でスーパーソーラーストーム事件の事、教えるから、リラックスして』

 突然、アカネの脳内にメタアリスの音声が響いた。竜の女神の電磁波感知能力を使って、電磁波で圧縮情報を送る、という事をメタアリスは言っていた。

 急にアカネの目の焦点が合わなくなった。目の奥の方で、何かがチカチカしているようにも感じられた。

 太陽から噴出するスーパーソーラーストーム。焼き尽くされた地球。

 その時の線から来た二十三人の灯達。

 今の地球を防ごうと現れる巨大な「空の穴」。

 力尽きる灯。それを助けるまだ産まれていない灯。

 そういう情景と情報が一気にアオイの脳内に流れ込んだ。

『転送終了。どう、分かった?アカネちゃん』

 アカネの目の焦点が戻った。そして目がうるうるし始めたと思ったら、アオイに抱きついて泣き出した。

 二十三人の灯達の事を想えば、胸の底が痛む。そう雫は思った。

 アオイはアカネの頭を撫でた。

「六の差配か?」

「はい、メタアリスに依頼しました」

 雫は頷いた。

「アカネ。事がどれ程重く悲しく辛い事だったか、分かったと思う」

 アカネはアオイから離れると、雫の方を向いた。

「二人が戻ってきても、泣くな」

 言葉は優しかったが、アカネは雫が言っていない重い言葉を感じ取った。

「はい。雫さん」

 鼻水を啜り上げる。アオイが懐から出したティッシュでそれを拭く。

「あいがとうおかあはん」

 アオイは、全くもう、という表情。

「灯と光がスーパーソーラーストームの夢を見た、という事。何を意味しているのか。今、アリスが二人の夢の記憶を調べている」

 アカネが唇を薄くして頷いた。

「何かの前兆、と雫さんは考える?」

 六の言葉に雫は頷いた。

「時の女神が過去の出来事を夢に見る時、何かが起こる。そういう事が以前もあった」

 アカネは自分の知らない話が出てきた!と思ったが、もう仲間はずれとか教えてとかがっつくのは良くない、と黙っていた。

「初代、時の女神玄雨純が別の時の線の過去の夢を見た後、灯が現れた」

「そういう何かが起こる可能性がある、と思われるのですね」

 六に小さく頷くと、雫はすうと息を吐いた。


■アリスの推理


『夢のデータの解析終了〜。みんなでそっちに行くんわね!』

 アリスの声がリンクとメタアリス経由で、六とアオイに届いた。

 舞舞台中央に「空の穴」。そして、アリス、灯、光の三人が現れた。三人は下手舞台袖に行くと、いつものように座った。灯と光は正座、アリスは胡座あぐら

「ママ行儀が悪い」小さい声でアオイが文句を言うが、アリスは聞こえないふりをする。

「さて、解析したデータの結果とか色々説明するわよ」

 そう言うと、アリスは灯の方をチラリと見た。

「灯ちゃんの夢のデータ。前回記録したデータよりもずっと解像度が高かった。理由は、ウチの技術の向上もあると思うんだけど、より重要だと思うのは」

 そう言うと、アリスは灯に視線を向ける。灯は頷いた。

「今の私が二十三人の灯達と一体化しているから、だと思います」

 アリスが頷く。

「つまり、二十四人の灯ちゃん達が同じ夢を見た。だから情報が累積されて、解像度が高まった、と考えられる」

「この事は、あたしの夢の解像度との比較で分かったんです。あたしの夢はお姉ちゃん一人分」

 なるほど、と雫は頷いた。光は灯の記憶を持っている。そして、その後、灯は二十三人の灯と一体化した。その差、という訳だ、と。

 そして二十四人の灯全員が同じ夢を見た事の意味を、理解した。

「で、結論」

 アリスはここで一旦言葉を区切る。舞舞台下手袖に少しの沈黙とやや重い空気が流れた。うっすらと朝の陽の光が漂ってくる。

「分からなかった事。スーパーソーラーストームの原因」

 アリスはやや口をへの字にした。『アリス。やはり原因は不明です』とメタアリスが解析結果を告げた時の事を思い出していた。アリス残念〜〜と言うのがその時のアリスの表情だった。

「そして、分かった事」

 え?という顔を灯と光がする。もちろん、アオイもアカネも。六は無表情。雫は黙って最後まで話を聞く、という様子。

「スーパーソーラーストームが起こる前の太陽の表面よりずっと下で、電磁波じゃなくて霊脈レイヤーで何か通常とは違う妙な事が起こっていた」

 雫が左の眉を上げた。

「待て、アリス」

 アリスはニッと笑った。さすが雫、そこに気がついたわね!

「そうよ!とうとうできちゃったのよ、科学技術で霊脈を見る方法!」

「それだけじゃないだろう」

「あ」

「アリスさん、バレてますよ。というか自白してますよ」と光。

「技術はほとんど最近できたのに、通常と違うとか言うから」と灯。

「ずっと前にできていたら、ずっと前に自慢してたろうからな」と雫。

 うぐ。というアリスの表情。

「お姉ちゃんが時渡りして、最近一ヶ月分の太陽の情報を取ってきたんです。それと比較して」

 やはり、と、なるほど、という感情が混ざったような表情を浮かべた雫。

 あー!もう。という顔色のアリス。

 アリスはその表情をさらっとしまい込むと、勤めて冷静に言った。

「メタアリスの機能を拡張して、霊脈が見えるようにしたのよ」

『違いますよ、アリス。正確には、霊脈が見えるようになったんです。意図した訳ではありません』

「でも似たようなものよ」

 雫はやや意地悪な視線をアリスに向けた。

「ではアリス殿、その理由、原理をお教え頂こう」

「ゔ」

 雫の鋭い問いに、アリスの言葉が詰まる。

「メ、メタアリス、説明してあげなさい」

 アリスは難題をメタアリスに丸投げした。

『残念ながら解答不能です。私自身不思議なんですから』

 メタアリスはあっさり白旗を上げた。アリスはガーンというような雰囲気を滲ませた。

 光はAIのメタアリスが「不思議」という言葉を使った、その方が不思議、と思った。

 アリスの心の中では、青くなって汗マークをつけているデフォルメされた自分のキャラクターがイーっと言っているのを感じた。

 舞舞台下手袖にやや居心地の悪い沈黙、が流れた。

「理由は多分」

 声音の方を全員が向く。六だった。

「竜の星へ行った事。そして間接的にではありますが、ケルクやホノと接触した事。それと私とある程度、同期している事」

 雫はなるほどと頷くと言った。

「メタアリスは付喪神つくもがみになったのだな」

「おそらく」

 その言葉にアリスはギョッとした。

「え?」

「霊脈レイヤーでの信号のやり取りをベースにしている。そして、他の付喪神と間接的にではあるが接触、つまり」

「低速の同期を行った。そして私とも同期した。外殻に流れる気脈。ある意味、私も付喪神のようなものですから」

 雫の言葉の続きを六が淡々と続けた。

「それに、脳からの信号で女神とも長く同期していた事も、その理由」

 これが一番の要因かも知れぬな、と雫は思った。そして、脳裏に礫が言った「その内巫術師のロボット作っちゃうんじゃ無いのかぃ?」という言葉が蘇った。

 まさしくそうなりつつある、と雫は思った。

 アリスは頭を抱えてムンクの叫びのように叫んでいる心の中の自分を感じた。

「な、なに。探偵役始めたと思ったら、あっという間にひっくり返って犯人役になってるみたいなこの展開!」

「気にするな、アリス。いつもの事だ」雫の情け容赦ない言葉が飛ぶ。「だが、これも全てアリスの鍛錬の賜物だ」

 え?褒められてる?い、いや。ここで調子に乗ったら、また、高いところから落とされる。もう嫌、そんなのは。ここは話を元に戻して。アリスの脳細胞は目まぐるしく活動した。

「メタアリスの自慢は置いておいて」とさらっと言う。

「あー話題逸らした!ずるいですよアリスさん!」そう光はアリスに突っ込みたくなった。なったが、怖いので止めた。灯の目を見ると、灯の目がそうした方が良いと優しく言っているのが感じられた。

「太陽の表面よりだいぶ下の方、地球十個分以上下に、何か妙な反応があったの。メタアリス」

『はい、アリス。皆さん視覚情報を共有します。ご準備を』

 雫、アオイは帯に止めてある六角形の飾りのようなものの上部に触れた。スーツの簡易版だ。二人はこれでメタアリスと電磁的に繋がった。灯と光は既にそれをオンにしている。六はメタアリスと繋がっている。アリスは、言うまでも無いだろう。

 全員の視覚に、アリスが言う地球十個分以上下の太陽の様子が広がった。左右二つの画像がある。

「灯ちゃんに計測してもらった通常の1ヶ月の状態の平均が左側。右側が夢のもの」

「あ!」

 少しの静寂の後、光が声を上げた。

 アリスは光を見て、頷いた。

「そう。妙な霊脈、密度の高い霊脈の塊があるのよ。拡大するわね」

 左側の画像が消えて、右側の画像のその部分が拡大された。

「なんだか、理由はよく分からないんだけど、あたしクラゲの触手を思い出したのよ。これ見て」

「アリスさん。太陽全体の画像は出せますか?」

 六がアリスの方を向いてそう言った。灯は六の表情に微妙な畏れのようなものを感じた。異星のAIの六。その表情に畏れ。灯は奇妙に思ったが、そう感じたのは事実、とも意識した。

 太陽の全体画像が視覚に広がった。問題の箇所に薄く丸の囲いが付いている。

「太陽の中心から、触手みたいなのが表面に向かって伸びてる、みたい」

 その画像を見た光が、小さくそう漏らした。

「その触手の一箇所が問題の箇所で、そこの密度が高くなってて、差異に気が付いた訳。触手、というのはやっぱりあってる表現だったわね」

 画像を見て、雫は目を細める。

「中心から伸びている触手、途中で枝分かれしている。その枝分かれしている箇所がまた中心のような球体のように見える」

 太陽の全体画像は二次元ではなく三次元画像で、回転して全体を見せるようになっていた。

「まるで生き物みたい」

 アオイが呟いた。

 ぞくり。何か得体の知れないものの存在を知ってしまった。そんな感慨を全員が抱いた。

「もし、アレが生き物だとしたら、途方もない大きさよ。まあ、太陽の温度考えたら生き物のはずは……」

 アリスの言葉はそこで途絶えた。そして雫の方を見る。

「炭素系生命体では太陽の温度では生存は不可能。だが」

 雫は六を見る。

「他の形態の生命体、という可能性」

 アリスのこめかみを汗が流れた。

「私のコアは、太陽の温度、磁場では状態を維持できません」

 灯は六のその言葉に、六の畏れの正体を感じた。何か途方もない何か。灯でさえ、そう感じていた。

 ボソリ、とアリスが呟くように言う。

「考えられるのは、プラズマ生命体、ね。でも」

 アリスの眉間に皺が寄っている。

「このスケールになると、どういう事なのか、何から理解したら良いのか、困るわ」

 そう言うと、アリスの額の皺が消えた。なんとなくウキウキしている感じさえしている。

 あ、アリスさんの好奇心が、灯と光はそう思った。

「このスケールのプラズマ生命体で、しかも霊脈、待てよ」

 ここでアリス、灯の方を見る。

「ねえ、灯ちゃん、あの触手の霊脈、もしかしたら、気脈?分かる?あたしには巨大すぎてもう分からないから」

 問われた灯の目が細くなった。記憶を探っている様子が伺える。目の大きさが元に戻る。空気が緊張する。

「霊脈の内側に気脈が流れている、と思います」

「とすると」

「あー、気づいたのはあたしなんだから、最後まで言わせてよ」

 雫はふっと力を抜くと、アリスに首肯した。

 アリスはニヤリとした笑みを漏らすと、探偵役としての真骨頂発揮、と意気込んだ。

「あの触手のプラズマ生命体は超巨大巫術師、そしてその実態は太陽自体!」

「え〜〜〜〜!!」

 光とアオイ、アカネの三人の驚愕の声に、舞舞台下手袖の空気が振動した。


■もう一人の光


 これよ、これ。これが欲しかったのよ。しばらくなかったわ。あースッキリしたぁ〜。

 アリスの心の中ではデフォルメされた自分の顔がとろとろにニヤけている。

 いけない。ここで隙を作るとまた雫に突っ込まれる。

 アリスはとろけたデフォルメの自分をキリッとしたものに切り替えた。

「もちろん、初めから、えーっと、太陽ができた時からプラズマ生命体があった訳じゃなくて、太陽の中で生まれて、それが成長して太陽と一体となった、という事だと思うのよ」

「繁殖と拡大、ですね」

 六がそう言うと、アリスは頷いた。

「多分、中心にあるのが初めのもの。そして触手みたいなのが、そうね、臍の緒みたいなもので、途中の球体が次世代のプラズマ生命体、全部繋がってる。でも、個別の生命体でもある」

 そこまで言うと、アリスは一呼吸する。

「とまあ、未検証の仮説なんだけどね」

 アリスは灯を見た。

「灯ちゃんの分析で、この仮説が組み上がったんだけど、ね」

 雫は少し唇を薄くすると、尋ねた。

「メタアリス、アリスの仮説、どの程度の確度があると、考える?」

 アリスは、珍しいわね、と思った。雫がメタアリスに尋ねるなんて。

『はい、雫。灯ちゃんの分析を考慮すると、確度はかなり高い、と思います」

「其方自身はどのように想う」

 一瞬、沈黙が走る。

『私自身は、あの映像に畏れを感じます』

 灯は、六の表情、他の人には推しはかれない表情の変化から感じた、六の畏れ、それをやはりAIのメタアリスが言うのを、まるでデジャブのように感じた。

「スーパーソーラーストームの原因を掴もうとして、何か、もっと」

 雫がその言葉を続けようとした時。

 すう。息を吸い込む気配がした。全員がその方向に視線を向ける。

「巨大な存在に気がついた、という事のようですね」

 いつの間にそこにいたのかユイが居た。

 灯は何か頭に衝撃を受けた。そしてそれが自分の事ではなく、近しい者から感じ取ったもの、と気づいた。光を見る。

「光」

 光は目を見開いている。その目の奥に青い光りがうっすらと燃えていた。

「どうした、光?」

 雫の言葉。それが光に染み込むように、光の目の光りは揺らぎ消えた。光の目が元に戻る。

 ふう。と光は息を吐き出した。

「分かりました。あの密度の高い霊脈のこと」

 雫と光、そして六は、その声音に気がついた。

其方そなた、もう一人の光、だな?」

 光は緩やかに首を雫の方に向けた。

「はい。もうすぐ元の光に体を戻しますが、少しだけ」

 結び目の隠し部屋に居た女性。そして玄雨神社に現れた女性。それはもう一つの時の線の灯と一体となった光。そしてその光は灯と光に分かれ、光の中に。光と混ざり合った、と思っていたのだが、そうでは無かったのだな、と雫は思った。

「あの高密度霊脈」

 光は緩やかに首を、ユイの方に向けた。

 まさか。雫はその事に気が付く。その雰囲気を察したのか、光は再び雫の方に首を向ける。

「そうです。雫さん」

 そう言うと、光はゆっくりと目を閉じた。そして、目を開けた。

「光」

「お姉ちゃん、もう一人のあたしが教えてくれた」

 光は胸に閉じた右手を添えていた。

 全員の目が、ユイに注がれる。

「すでに察している方もいらっしゃると思います。あれは」

 灯は時間がゆっくり経過しているように感じた。事件、事故で生命の危機の時に訪れる時間の遅延感覚。そういう感覚。

「『本』です」

 ユイがその言葉を言った途端、時間が元の速さで進み始めた、と灯は感じた。

 どくん。

 灯の中で、何かが叫び声をあげているの感じた。理不尽に蹂躙された感覚。絶望感。鈍い怒

り。悲しみ。

「お姉ちゃん」

 光の声が届いた。

 その時初めて、灯は自分の視界が暗い事に気がついた。自分が両手で顔を覆っているのに気がついた。

 すっと、両手を膝に置く。ユイの方を見る。

「何故」

  灯は自分が発した言葉を、まるで他の人が言っているように感じた。冷たい声だ、と。悲しい声だ、と。苦しい声だ、と。

「灯さん、スーパーソーラーストームが起こった事と『本』は関連しているかも知れません」

 ユイはその閉じた目を開く。

「ですが、それは意図した事ではない、関連があろうとも起こった事の直接の原因である、とは断定できない」

 ユイからイトに変わり、声音が強くなった。

 灯は、その声が風のように、強い風のように何かを吹き飛ばすのを感じた。そして、頭の中の渦巻く叫びが消えている事に気がついた。


 灯は、自分が宇宙にいると、思った。自分の力では救えない。それが分かった。

 心が静まった。ついさっきまで、悲しみと怒りに渦巻いていた心が。

 何かが心に落ちてきた。その思いは、固かった。

 自分の力だけでは救えない。自分の力だけでは。

 固い思いは、やるべき事を教えてくれた。

 少し前に。

 極僅か時渡りを。

 そして、そこに居るもう一人の自分と。

 力を合わせて。


 灯は、初めの灯のその時の記憶が蘇ったのだと、分かった。


■「本」


 イトは目を閉じ、ユイに戻った。

「灯さん、貴方が混乱しては、なりません」

 灯は小さく頷いた。隣で光が安堵のため息を漏らした。

 灯は周囲を見回した。アリスは双眸を見開いていた。アオイ、アカネも。その面には少しの恐怖が混じっていた。雫は冴えた視線から、柔らかい視線に変えて灯を見ていた。六は無表情に見えたが、灯には心配していると感じられた。

 灯は両手を床に付くと、頭を下げた。

「取り乱してしまい、申し訳ございませんでした」

 アカネは、素直に恐れを感じ、やはり哀しい決意を感じ取っていた。

 アリスは、死神に鬼を憑けられそうになった時の事が何故か脳裏に蘇っていた。それを思い出させる程の恐れだった。そして、哀しい決意に胸の奥が静かに熱くなっているのを感じた。

 アオイは胸を右手で掴んでいた。

 灯ちゃんから何か知らないけど酷く暗いものが湧き出てきたみたいに感じて。

 そして、怖かったけれど、何かとても哀しくて、突き動かされる思いも感じていた。

 それに。

 心の奥底、何か小さなうずきのような、衝動のようなものをアオイは感じていた。

「ユイ」

「雫さん、私が言った一言が起こした事を納めたまで、でございますよ」

 雫の問いかけに、ユイは何事もなかったかのように答えた。しかし、その言葉は重く聞こえた。

「あれが『本』だとすると」

「はい、雫さん。あの『時』に戻って『本』を回収するのは、危険です」

 灯は冷静に雫に応えた。

「あの『本』は、今でもあの場所、いや、太陽にあるのか?ユイ」

 あの場所、太陽の表面より地球十個分以上下の「本」。それは最近1ヶ月の灯の調査では存在していない。

「新たに現れた『本』ならば検知できますが、以前からあるものは検知できないのです。私は世界の差分を読み取るだけですから」

 雫は少し意外に思った。ユイが自分の事を語るのを、その能力について語るのを初めて聞いたからだ。手札は隠しておくものと思ったが、と。

「ええ、ですがこの事はいずれ分かることですし、今回の事件は私の想定外です。助力の必要を感じました」

 相変わらず人の思考を読んで話を続ける。雫は心の中で苦笑した。

 眉間に皺を寄せ、その皺を右手人差し指で押さえながら、アリスは言った。

「ええと、あれが『本』で、だからその時に戻って回収するとかすると、また『結び目』ができちゃうから危険で、ユイは変動検出だから、今の『本』の場所は分からない」

 う〜ん、という感じでアリスは腕組みした。

 そして言った。

「少なくともユイが現れてからは『本』の場所に変動は無い、という事ね。とすると『本』が消えた可能性が残る」

 ユイは静かに頷いた。

「『本』が無くなる事はありません。移動したと考えるのが合理的です」

 うえ。という感情がアリスの中に沸き起こった。

 太陽の自転、内部の対流、霊脈の流れ、要素は多数考えられる。

 犯人は現場に戻ってくる。違う。現場百回ね。

「ならば」

 アリスは灯の方を向いた。

「灯ちゃん、敵情視察よ」

 え?

「スーツ付けてるでしょ。今から太陽の側に行って、あの場所見て来て。その情報を元に作戦会議よ!」

 アリスが壮大で無理難題と思われる事を、さらっとかっこよく言った。

 え〜それはいくらなんでも、無茶が過ぎない〜。とアカネは思った。それが顔に出た。

「ちっちっちっ。アカネちゃん、時の守り神の力とあたしのスーツの性能を持ってすれば、ささっと行って情報収集は可能よ!」

「待てアリス」

 雫がアリスを静止した。

「灯が持ち帰った情報は、持ち帰った段階で過去のものとなる。事が『本』。情報の精度が重要だ」

「なるほど〜。という事は。あ、最後まで言わせてよ」

 雫はふっと笑みを漏らすと頷いた。

「灯ちゃん、太陽まで飛んで言霊二号でその状況を中継して」

 灯は立ち上がると、「無しの扇」を作った。

「待ってお姉ちゃん、あたしも行く」

 光は灯の側に。

「お母さん?」

 その言葉に、灯の動きが一旦止まる。

 アカネはアオイが立ち上がり、灯の側に行くのを不思議そうに見つめていた。

「灯ちゃん」

 アオイは灯の目を見つめた。

「アオイちゃん?」

 光は理由が分からない様子で、アオイを見つめた。

「あたしも行く」

 灯は、アオイの目の奥に何か決意のようなものを感じ取った。

「分かった。一緒に行きましょう」

 灯は光を見る。光も頷いた。

 灯は「空の穴」を成す。そしてアオイ、光の手を取ると一歩踏み出す。そして消えた。

「メタアリス、言霊二号の中継を全員の視覚、聴覚、気脈に繋いで」

『はい、アリス』

 全員の視界全面が太陽で覆われた。

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