三十歳と迎えてしまった天才錬金術師は寂しさに耐えられず、禁忌の『人体錬成』に手を出したが…………
もう私にはこうするしかなかったの…………
十代で現存の錬金術の全てを理解し、二十代で最高の錬金術師と称された私。
富・知恵・名声を手に入れた私にも得られないものがあった。
「こうするしかなかったんだ……私には他の方法が分からなかった……」
私は必死の形相でフラスコの中の子供を見つめる。
「お前が私の旦那様になってくれ…………!」
私の息は荒く、目は血走っていると思う。
未婚、どころか未経験のまま、三十歳になってしまった私は禁忌とされている人体錬成に手を出し、ホムンクルスを造ってしまった。
自分が愚かなことをしている自覚はある。
でも、子供の頃から研究に熱中していた私には恋愛が分からなかったんだから仕方ない!
いや、一回だけ勇気を出して告白をしたことはあった。
けど、拒絶されてトラウマになっているし…………
寂しさに負けてやってしまった人体錬成だけど、全てが順調。
今は赤子だけど、いずれは私の旦那様になる。
それに私の旦那様(仮)は生まれてから私にしか接する機会が無いから、変な知識を与えられることは無い。
私が正しい知識だけを与えられる。
素晴らしい環境!
「さぁ、早く成長して、私の旦那様になるんだよ。そうしたら、あんなことやこんなことを私はするんだ……」
フラスコに写る私の笑みは変態じみていたと思う。
翌日、赤子は五才児前後まで成長した。
この調子で成長すれば、三、四日後には成人男性になるだろう。
しかし、問題が発生する。
突然、パンと何かが弾ける音がした。
どうやらフラスコに繋がる管の一つが爆発したらしい。
かなり無茶をしていたので、これくらいは仕方ないと思った。
しかし、問題は弾け飛んだ破片の一つがホムンクルスを入れたフラスコに突き刺さったことだ。
「えっ!? ど、どうしよう!?」
ヒビはあっという間に広がり、割れてしまう。
培養液で研究所は水浸しになってしまった。
「わ、私の旦那様は!?」
急いで割れたフラスコに近づく。
すると私の旦那様は立ち上がっていた。
生命活動には何も問題が無いみたい。
「さすが、天才の私が造ったホムンクルスね!」
そして、裸のまま私に抱きつく。
「ちょっと、お目覚めして、すぐに女体を求めるなんて、とんでもない性欲の旦那様!? でも、もうちょっと待って、今のあなたはまだ子供、道徳とか倫理的に良くない!」
錬金術の禁忌を犯し、生命を造った時点で道徳と倫理は粉々。
今更何を言っているのか、と僅かに残っている私の中の良識が叫んでいる気がした。
でも、さすがに子供には欲情できない。
……いや、初めては痛いって言うし、子供サイズから慣らした方が良いのかな?
などと錬金術師以外の一線も超える考えを持ち始めた時だった。
「ママ?」
「え?」
私の旦那様はぎゅ~~と私を抱き締める。
ううん、それよりも今、なんて言った!?
「ママじゃない! あなたは私の旦那様!」
説明しても旦那様は「ママ、ママ」と笑顔で私のことを呼ぶ。
翌日。
――――ここから視点が変わります。
幼馴染の天才錬金術師のエルナが早朝に「ヴァン、助けて!」と俺の家を訪ねてきた。
エルナが子供を連れていることに驚きながら、家に入れる。
子供は最初、俺に対して警戒心を持っていたみたいだったが、しばらくすると疲れていたようで寝てしまった。
結婚をしていないエルナがなぜ子供を連れてきたのか、かなり深刻な話を覚悟して、彼女の話を聞いたが…………
「君は馬鹿なんだな」
それがエルナの話を聞いた正直な感想だった。
「だって……だって……寂しかったんだもん!」
エルナが大泣きする。
「どうしよう! 処刑覚悟でホムンクルスを生成したのにこんなことになるなんて!」
「処刑される覚悟で結婚をしようとするな。それに恐らく、研究記録を提出すれば、処刑はされないぞ」
「ど、どうして?」
「君は本当に研究馬鹿だな。人体錬成が禁忌とされているのは、新たな生命を造ることに人間を含めた動物を被検体にした場合だ。君はあの子を錬成する為に人間を使ったのか?」
「そんな非常識なことしないよ」
人体錬成をやっていて、何を言っているんだか…………
「とにかく信じられないことだが、君は水や亜鉛、ナトリウムなどからあの子を造ってしまった。生命を冒涜はしているかもしれないが、現在の禁忌には当てはまらない。でも、本当に奇跡だな。流石に人間の体組織は必要だっただろ。一体誰の体組織を使ったんだ」
「えっ、そんなの自分のに決まっているよ。友達いないもん。あ、でも、女性の体組織だけだと駄目だと思ったからこの前、ヴァンの家に来た時にこっそりと髪の毛を採取していったの」
「おい、何勝手なことをしているんだよ! …………ん? って、言うことはこの子、俺とエルナの体組織を基礎にしているのか?」
「そうだよ」
「…………やっぱり馬鹿だな」
「酷い。私は『孤高の天才』って言われているんだよ」
それはボッチということじゃないだろうか?
いや、それよりも…………
「この子は俺とお前の細胞を使って、造ったんだよな? それだと半分はお前の生命情報だから、やっぱり旦那じゃなくて、母親じゃないか?」
俺が指摘するとエルナは目を丸くした。
「気付かなかった……」
「ウソだろ?」
エルナは本当に研究以外は抜けているな。
「どうしよう。私、未婚どころか、処女のまま、ママになっちゃった」
「そうだな、頑張れよ」
「ちょっと待って! この子の父親はヴァンなんだよ!? 認知してよ!」
「お前が勝手にやったことだろ!」
第三者が見たら、俺は酷い男に見えるかもしれない。
だけど、実際に狂っているのはエルナの方だ。
「どうしよう。この子が順調に成長したとしても、このままだと近親相姦になっちゃう…………」
エルナはとても深刻そうな声で言った。
自分の細胞をベースに造ったホムンクルスを旦那にすることがまずいと分かったらしい。
いや、自分の細胞を使っていなくても、ホムンクルスを造って、旦那にするなんて狂気の沙汰だけどさ…………
「なんで君はさ…………」
危ないところはあると思ったけど、ここまでのことをするとは思わなかった。
ホムンクルスを旦那にしようとするなんて……
こんなことなら、もっと早く言うべきだった。
「…………あのさ、俺、最近、大佐に昇進したんだ」
俺の職業は軍人だ。
俺は無償で勉強が出来る士官学校へ入った。
そこで戦略戦術科目の才能を評価されて、現在は統合作戦本部勤めの参謀になっている。
「えっ、何? このタイミングで自慢話? 私、ギャン泣きするよ?」
「そうじゃない。まだ大佐、だけどいずれは将官に……いや、元帥になってみせる!」
「い、いきなり、どうしたの?」
「だからその……つまり……今はまだ君の方が地位が上だけど、いずれは対等になるから……その……」
本当は将官になったら、と思っていた。
だけど、考えてみれば、俺が二十九で、エルナが三十だ。
もうこれ以上、言うのを先延ばしにすべきじゃない…………とエルナがホムンクルスを造ってしまったことを知って、強く思った。
「結婚してほしいんだ」
もっと別の言葉もあっただろうが、小細工無しで単純な言葉を使った。
これで駄目だったら、諦める。
「えっ…………」
エルナは驚いて、口を開ける。
俺は次の言葉を待った。
多分、その時間は短かったと思う。
なのに、とても長く感じた。
どっちだろうか。
不安に思いながら、待った俺が聞いたエルナの返事は…………
「昔、私を振っておいて、今更どうして……?」
予想の斜め上の返事だった。
だって、俺はエルナを振ったことなんてないのだ。
「俺がいつ君を振ったんだ?」
当然の疑問を投げかけたら、「二十一年前だと」と言われた。
そんな昔の出来事を即答されると少し怖いのだが……
でも、やはり思い当たる節が無い。
それに二十一年前って、俺は八歳前後だ。
「ヴァンの半分を頂戴、代わりに私の半分を渡すから、って言ったら、泣いて拒絶された」
…………あっ。
思い出した。
でもそれは…………
「私にとって、大きな心の傷になったんだよ?」
「いや、あれは君の言い方が悪い。だって、君は当時、昆虫や小動物を使った合成生物の研究に没頭していたじゃないか」
子供だった俺は研究素材されると思ってしまった。
「ちゃんと私の半分も渡すって言ったよ。等価交換の提案だよ?」
「子供だった俺には理解できなかったんだよ。君の普段の狂気を見ていた俺は単純に君と合成されると思ったんだよ」
「そんな狂気の沙汰、するわけないじゃん」
ホムンクルスを旦那にしようなんて狂気の沙汰を実行した奴が何を言うんだか…………
「じゃあ、今まで君は俺に振られたと思っていたんだな?」
「そうだよ。ヴァンの言葉に傷付いて、私はさらに奥手になったんだよ。そう考えると三十まで未婚処女になったのはヴァンのせいだね。うん、責任を取ってもらう」
結婚してほしい、という俺の言葉を受け入れてもらえたはずなのになんだが、モヤモヤする。
なんか違う……
何かおかしい……
「えっと、その…………よろしくお願いします」とエルナが恥ずかしそうに言葉を付け加えた。
そう、こういう言葉を求めていたんだよ。
こちらこそ、と俺が返事をしようとしたら、
「じゃあ、さっそく正規経路で子作りをしようよ」
と言い出した。
うん、こういう言葉は求めていなかった。
「…………それよりもまずやることがあるだろ」
「えっ、なに?」と首を傾げるエルナに、
「ホムンクルスの名前を決めないと」
と俺は言った。
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