魔法少女ハンター
魔法少女ハンター専用の軍服を身に纏い、頭には軍帽を被ったハヤトとタクマ。二人は電信柱の上に立つ、可愛らしい魔法少女と対峙していた。
魔法少女は星空をモチーフにした服を着て、貼り付けたような笑みを浮かべながらタクマとハヤトを見下ろしている。
タクマ(魔法少女は怪物だ)
魔法少女が星をあしらったステッキをぶん、と振り回す。すると空から、無数の隕石が降り注いできた。
タクマ(愛らしい姿で可憐に人を殺す)
破壊される町並みの中、必死に隕石から逃げ回るタクマ。自身もその攻撃を避けながら、タクマの名前を呼ぶハヤト。タクマは必死に銃を取り出し、その先端を魔法少女へと向ける。
タクマ(僕らはそれを倒す魔法少女ハンター)
バン、と銃声が響き画面が暗転する。
◇
場所は変わって、魔法少女ハンターたちの休憩室。
テレビからは「老若男女問わず募集中!」という明るい声が流れている。私服に着替えたハヤトはそれを見ながら、「またやってるよ」と呆れたような顔で口にした。
タクマ「魔法少女ハンター募集のCM?」
ハヤト「そーそー」
ちょうど隊服から着替えたところらしいタクマは、私服であるキャスケットを整え直す。後ろにはタクマの名前が書かれたロッカーが見えるが、ハヤトのロッカーとは別の部屋にあるものらしい。
ハヤト「魔法少女を減らすためってのもわかるけどさぁ、同じようなのばっかでよく飽きねぇなぁ」
肩をすくめ、大仰に溜め息をついてみせるハヤト。その姿に苦笑しつつ、タクマのモノローグが始まる。
タクマ(魔法少女は——)
影絵で表される、悪魔と涙と流す少女。そのイメージに重ねて、タクマは続ける。
タクマ(少女が悪魔と契約することによって生まれる。悪魔に魂を売り渡した少女は、願いを叶えてもらった代償として人間を殺す怪物——魔法少女になる——)
ハヤト「こんなのに金使うぐらいなら俺らの給料アップしてほしいよなぁ」
タクマ「はは……そうだね」
ハヤトの言葉で、はっと我に返るタクマ。
なおも続く魔法少女ハンター募集のコマーシャルに、呆れたような顔のハヤト。曖昧な返事をするタクマの背後でバタン、とロッカールームの扉が閉まる音がする。
◇
タクマ(それでも僕たちは、魔法少女と戦い続ける)
人間を襲っているのはハートのステッキを振り回し、赤い弾丸を放つ魔法少女。その目を引きつけ、自分自身を囮にしながらタクマは(もうすぐ合流できる……!)と必死に走る。そうしてタクマが曲がり角を曲がった瞬間、「今だ! 撃て!」と指示が下る。待機していた別働隊による一斉射撃を受け、魔法少女は一度眩い光を放ったかと思うと血まみれの「少女」の姿になりその場へ倒れ込んだ。
タクマ(魔法少女ハンターは常に死と隣り合わせだ。その上、魔法少女は死ねば元の人間の姿に戻る。一度、魔法少女になってしまえばもう元に戻る術はない……)
運ばれていく少女の遺体から、そっと目を逸らすタクマ。血で汚れたその手に握られた、ハートのペンダントは人間だった頃の名残だろうか。
少女の亡骸から目を背けたタクマは、ぎゅっと自分の銃を握りしめる。
◇
タクマ(だけど僕らに挫ける暇はない)
舞台は再び、魔法少女ハンターたちの休憩所。
タクマがソファでくつろいでいると、ハヤトが話しかけてくる。
ハヤト「タクマ! これ、お前にやるよ!」
そう言ってハヤトが、タクマに小さな何かを投げつける。驚きつつも、それを受け取るタクマ。これは何だろう、としげしげと眺めながらタクマは呟く。
タクマ「これ……バッジ?」
ハヤト「そうそう。勲章みたいでカッケーだろ? 昨日ゲーセンで取ったんだ」
タクマの手に渡った、金色のピンバッジ。四つ葉のクローバーを模したそれは、煌びやかでタクマの目を引いた。
そんなタクマを前に、ハヤトがどんと胸を叩く。
ハヤト「四つ葉のクローバーって、『希望』とか『幸福』とかいう意味があるだろ? だからさ、『俺たち魔法少女ハンターは人々の希望! その誇りを胸に!』って感じで着けようぜ!」
タクマ「ハヤト……」
ハヤトの言葉に、少し照れつつも嬉しそうな笑みを返すタクマ。
◇
タクマ(そうだ)
魔法少女との戦いの最中。もはや笑って人間を殺す以外、何もできない魔法少女に魔法少女ハンターたちは果敢に挑む。しかし次々とその命を散らしては、辺りに血の海が広がる。
だんだんタクマの目が虚ろになっていく。
◇
タクマ(僕たちは希望)
一人の女が魔法少女ハンターたちに制止されながら、それでも「お願いやめて! あの子は私の娘なの!」と叫んでいる。人間だった時の、少女の母親らしい。
タクマの表情がますます暗くなり、目の下には深いクマが刻み込まれる。
◇
タクマ(魔法少女ハンターは希望なんだ)
魔法少女ハンターたちの合同葬式。白黒の幕の前に、菊の花束。殉死した魔法少女ハンターの名簿には、名前と顔写真の上に赤い×が付けられ「抹消」と書かれている。
◇
すっかり生気をなくし、部屋の隅でうずくまるタクマ。愛用のキャスケットも皺がより、心なしか色がくすんでいるようにも見える。
悲観し、呆然とするしかできないタクマに向かってハヤトが気遣わしげに、声をかける。
ハヤト「タクマ……大丈夫か?」
タクマ「……うん」
そう口にしたものの、すっかりやつれてしまった様子のタクマ。ハヤトはそれを見てますます心配そうな顔つきになるが、今のタクマにはそんなハヤトに強がってみせる気すら残っていない。うつむき、ただ一人考え込むタクマ。
タクマ(魔法少女はどれだけ倒しても現れる。僕たちがどんなに希望を持っていても、それを容赦なく打ち砕いていく——)
◇
再び、魔法少女と戦うタクマとハヤト。今度の魔法少女はまち針のようなステッキを持ち、それを振りかざすとたくさんの針が空から降ってくる。
憔悴しきった様子で、それでも必死に走るタクマ。しかし精神的疲労が祟ったのか、地面に足を取られ転びかける。その隙を逃すまいと針がタクマ目指して落ちてくるが、そんなタクマをハヤトが体当たりする形で突き飛ばし——
タクマ「ハヤト!」
叫んだ時には、遅かった。
ハヤトの体に巨大な針が突き刺さる。タクマの顔を見て、どこかほっとしたような表情を浮かべたハヤトは一度、体を痙攣させるとそのまま昆虫標本のような形で動かなくなった。溢れ出るハヤトの血に、呆然と立ち尽くすタクマ。辺りには相変わらず針が落ちてきているのだが、タクマはがっくりと項垂れるように膝をつき、涙を流し始める。
タクマ(もう、嫌だ。希望なんて無意味、持っていたって辛いだけ。何の役にも立たない)
するとタクマの後ろからすっと、黒い影が現れる。それは帽子を被った悪魔の姿になると、誘い出すようにゆっくりとタクマへ話しかけきた。
悪魔「ソレナラ、魔法少女ハンターナンテ、ヤメチャイナヨォ」
悪魔の言葉を聞いて、ぴたりと泣くのを止めたタクマ。気がつけば、あれほど激しかった針の雨がタクマの周りだけ止まっている。全ては悪魔の力か、それともタクマの感覚が麻痺してしまったのか。そんなことお構いなしに、悪魔はタクマに向かって話し続ける。
悪魔「希望ナンテモノ、意味ナイヨォ。ソレヨリ、魔法少女ニナレバ、願イ叶ウヨォ」
文字通り悪魔の囁き、誘惑の言葉。それを耳にしたタクマは、思う。
タクマ(あぁ、そうだ)
立ち上がり、悪魔の方を見つめるタクマ。悪魔は既にタクマの考えていることがわかっているのか、ニタニタと笑っている。
タクマ(魔法少女ハンターが希望なら—)
軍帽を脱ぐタクマ。その下から艶やかな、長い髪が零れ落ちる。
タクマ(僕はもう魔法少女ハンターじゃない)
タクマ「僕を——宅間アカリを魔法少女にしてハヤトを生き返らせてください」
タクマの言葉に、満足げに頷く悪魔。そして、世界が暗闇に染まる。
◇
空っぽになったタクマのロッカー。
白黒の幕に、菊の花束。
魔法少女ハンターの名簿の一部、『宅間アカリ』の名前と顔写真の上に付けられた赤い×と「抹消」の文字。
墓の前に置かれたタクマの軍帽とキャスケット、そして——ハヤトが「勲章」だと言って渡した、金のクローバーのピンバッジ。
墓の前に佇むハヤトは一人、泣き崩れる。
ハヤト「……っ馬鹿野郎……!」
END