第67話:賽は投げられた。
「先週は、五十嵐さんのチョンボで夏キャン(夏期キャンプ)に向けての説明会は延期だったけど、今日こそ本当に説明会がある日だ」
僕は1週間待たされた分、妄想と期待が膨らみすぎて体自体がウキウキしていた。
「そろそろ時間だな」
僕は、談話室にある時計で時間を確認すると、筆記用具を持ってトコトコと真理寮を後にしたのだった。
そして歩くこと
3分。
説明会のある教室についた。
学舎と教室はカップ麺が出来上がるくらいに超近い。
そして教室の戸は、外から中の様子が見えるガラスをはめ込んだものであったため、僕はさりげなくチラッ!と覗き見した。
またチラッ!
中の様子を見てみると
いるいる。
背中をこちらにむけている人たちが幾人か。
『よし!それじゃあいくか』
僕は両手で顔をパチパチと打ち、気合いをいれた。
そして右手でギュッとドアノブを握り締め、
ガチャ
ドアを開けた。
「こんばんはー。夏キャンの説明会にきたタケオと言います。よろしくお願いします。」
僕は大きな声で挨拶しながらお辞儀をし、そして顔を上げた。
すると
背中を向けていた人たちが一斉にぐるっと首をこちら向ける。
僕は顔をあげてそこにいる人たちを見た。
男!
男!!
男!!!
まさに男だよ!全員集合という感じの教室の雰囲気。
しかもそこには太めの男性たち。
「あっどうも…」
僕のテンションは直滑降。
向こうから帰ってきた返事も
「ちわ~す」
「うぃーす」
・・・・・・・・
ここは体育会系サークルか!ってな感じ。
それになんとなく汗臭い。
『くそっ!はめられた!』
僕は完全に五十嵐さんにしてやられてしまったようで……
「あ~そうだ、そうだ。
そう言えば、このキャンプ。
スタッフのほとんどが、フリーの女子大生なんだよな~。ここに男手1人でもいたら素晴らしいんだけどな~」
という五十嵐さんの言葉にのせられた僕の単純さに思いやられる。
しかし、
「ひと~つ!
夏キャンに参加させるために彼女いなくて欲しいと思っている男に、男手がほしいんだよねと、女性で釣ろうとする寮監。
男手がほしい??
はあ~?
男手がほしいってのはなぁ、こんな汗臭い男の集団には使わねーんだよ。
汗臭い男が欲しいのは制汗スプレーと消臭スプレーなんだよ!
このやろ~!
まあそれはともあれ話を現実に戻すと、
「それじゃあ失礼します。」
と、女の子がいないという理由でUターン帰宅するわけにもいかず、僕はしょうがないので言われるがまま席に座ったのだった。
しかし、席に着いたものの
シーーーーン
・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そこは試験会場の如くに静まりかえっていた。
『何を話せばいいんだろう』
僕はこんな状況を全くの想定外だったので、とりあえず勇気を出してなにか発言しようと、
「あっあの…
「それじゃあ、このキャンプの責任者とあとまだ何人かきてないけど、時間になったんではじめちゃいましょうか!」
僕の声はろうそくの火の様に吹き消され、
このキャンプのリーダー格的なに見えるメガネの大学生の兄ちゃんが声を発した。
『なんだよ!』
そんな僕をよそにメガネの兄ちゃんは突き進む。
「それじゃあみんなで歌を歌いましょう!」
メガネの兄ちゃんは突然こう提案。
「えっ歌ですか?」
僕はあまりの突発的な発言に思わず声にだしてしまった。
「そうですよ!この夏キャンは知的障害者の子どもを対象にしたものなので…」
「はあ、そうですか…それはな・・
「じゃあ歌いましょう!」
僕の話が終わらないまま、またまた吹き消しやがったメガネの兄ちゃん。
『またかよ!』
メガネの兄ちゃんはさらに突き進み、ギター片手に歌を歌いだした。
『なんで歌?』と思ったものの、
歌自体は子どもが楽しめそうな感じのノリのいいものだ。
なのに今ノリにのっているのはというと、
こどもでもなく
お母さんでもない
メガネのお兄さんと太めの男性たち。
教室の雰囲気は、
と~っても某国営放送の教育番組「おかあさんといっしょ」なのに、
歌っているのは太めの男たち。
傍から見たら異様な光景だ。
それにメガネの兄ちゃんは、いつの間にか完璧に歌のお兄さん化してしまい、
「さあ手拍子も一緒に~!!」
と、さらにテンションアゲアゲ。
そして周りの男達のテンションもアゲアゲ。
『手拍子もすんのかよ』
と思いつつ、僕だけが嫌々ながら手拍子。
周りはアゲアゲ。
僕はいやいや。
周りはアゲアゲ。
僕はいやいや。
しかしそんなときに限って不幸な事がおこるもの。
『クン、クン、クン。ん?なんか臭うな』
嫌々参加の僕の右隣から強烈なワキガのニオイが流れてきた。
『うっ、くせー。オエーー吐きそう』
あまりのニオイに気を失いそうになる僕。
そんなときに歌は最高潮に達した。
そして僕の限界も最高潮に。
それから数分後、
『はあ、はあ、死ぬかと思った・・・』
僕はなんとか持ちこたえたものの、すでに臨界点を突破していた。
『嫌だ!もうイヤだ! なんで俺がこんな思いをしなくちゃいけないんだ。
もうやめてやる!』
僕はそう思い、席を立つ。
ガチャ
そんなとき教室のドアが開いた。
振り返ると、そこには
「遅れちゃってごめんなさーい」
とてもかわいらしい声を出すかわいい女の子たちの姿が。
これを見て速攻で席に戻る僕。
「おっそいよ~!なにしてたんだよ~。こっちこっち」
男達が、席に女性達を誘導する。
この光景を見た僕は、五十嵐さんの言っていたこともまんざらではないと思った。
そんなこんなで女性陣が合流後、夏キャンの説明が1時間ほど続いた。
そんな時、
ガチャッ
また教室のドアが開いた。
「ごめんごめん!」
そう言いながら1人の中年男性が入ってきた。
これが僕にとって運命の賽が投げられた瞬間だった。
つづく。