92.お可愛いですね?
角度によってさまざまな色が煌めく私の瞳。
騎士フィルはこの瞳の色を《虹》──フォルセイン王家の血を引く者の証だと言いました。
「幼いときに一度、式典で王家の人間を見たことがある。出席していたのは第二王子と第四王女だったか。二人とも貴様と同じ珍しい瞳をしていた」
「………」
「そしてつい最近、帝国の公爵令嬢が王家の血筋だと判明したそうだな。さっきまで壁の向こうにいたノイン=フレイムローズの妹だ。名は確か──」
「フラウ=フレイムローズ」
彼が口にする前に、私は自ら名乗りました。
ここまできたら下手なごまかしは効かないでしょう。
「私がフラウ=フレイムローズですが、何か?」
「ふん。追い詰められて尻尾を出したな」
彼の言う通り、状況はこちらが圧倒的に不利。
ですが──
「そういうあなたも迂闊ではありませんか?」
腕組みをして呟くと、ゼトは虚を突かれたように目を見開きます。
「何?」
「だって、こんなところで盗み聞きしているところを私に見られたのですよ? 壁の向こうにいたのは、私のお兄様とフィー=エメル。フィーはかつてあなたの婚約者だったそうですね……。この意味がわからないほど、私は無能ではありません」
「……何が言いたい」
ギリッと歯ぎしりしてこちらを睨みつけるゼト。
こうなったら一か八か、賭けてみるしかありません。
私は彼に向かって言いました。
「あなた、フィーのことが好きなんでしょう?」
「なッ‼」
ゼトが激高したように身を震わせ──
「……………に………を………」
しかしその声はしりすぼみに小さくなり──
「言っ………………」
とうとう完全に沈黙しました。
「………………」
尖った耳がピンと立ち、その先っぽに至るまで、顔全体が真っ赤に染まっています。
あ。
正解、引きましたね。
それにしても──なんてわかりやすい反応でしょう。
「お可愛いですね……?」
「だ、黙れッ! 貴様こそ! そんな阿呆みたいな扮装までして兄貴の会話を盗み聞きするとは──」
「ええ。私はお兄様のこと大好きですけれど?」
「ああああッ! 堂々と言うな! 堂々と!」
「ですから大切なお兄様に、薄汚い政略結婚などしていただきたくない。そう思ってこの屋敷に来たのです」
私は肩をすくめます。
「あなたも同じ思いなのではありませんか?」
「………」
「それとも、一部のフォルセイン王家とエメル家の勝手な思惑で婚約者を取り上げられて、このまま黙って見ているとでも?」
「……………俺は」
ゼトは苦しげに顔を伏せました。
「元々は……俺との婚約だって、あいつらが勝手に決めたことだ」
「なるほど。つまりこれからもずっと、あなたは誰かの言いなりになって生きていくのですね」
「ふざけるなッ! 誰がそんな──‼」
憤怒の形相で顔を上げた彼に、私は手を差し出しました。
「……なんのつもりだ」
「私たち、協力できると思いませんか?」
にこりと微笑みかけます。
それに対し、ゼトは薄気味悪いものでも見たように顔をひきつらせました。
「協、力?」
「はい。目指すところは同じですし」
「連合国王子の俺が、帝国の公爵令嬢と手を組むだと……?」
そう。
私たちはかつての敵国同士。
そして、水と油のような性分ですが。
「─────いいだろう」
固く強ばっていた彼の唇がふいに、凶悪な笑みを形作るのが見えました。
「その提案、乗ってやる」
「交渉成立ですね」
埃っぽい小部屋の中で、私たちは秘密の握手を交わしました。
共闘、開始です。




