87.悪女にお任せを
「なんということをしてくれたのですか!」
怒声を浴びながら、私は床に散らばった陶器の破片を見下ろしていました。
「この壺があなたの給金何年分に相当するかわかりますか⁉」
ただでさえ険しい顔つきの女中頭が鬼のように顔をしかめています。
「申し訳ありません」
「謝って済むことではありません!」
「しかし、私にはまったく身に覚えがないのですが」
割れた壺が見つかったのは今日の午後。
午前中に掃除をしたときはなんともありませんでしたから、そのあとに何者かが触れたのでしょう。
「あなた以外の誰かがやったとでも言いたいの? いいですか。そのような言い訳をあと少しでも口にしたら、即刻この屋敷から放り出しますからね!」
「………」
仕方ありません。
証拠がない以上、掃除をした者が疑われるのは当然のこと。
「ローザ!」
そこへネリが勢いよく駆け込んできました。またどこかでぶつけたのか、鼻のてっぺんが赤くなっています。
「ネリ! あなたは新人のしつけも満足にできないのですか?」
「あああっ、あの、申し訳ありません!」
「二人で破片を片づけなさい! この件の処分についてはあなたも含めて考えますからね」
女中頭はそう吐き捨てると、肩を怒らせて部屋を出て行きました。
真っ青な顔をしたネリがぶるっと身を震わせます。
「どどどど、どうしよう。クビになっちゃうのかな……」
「心配しないで。あなたに迷惑はかけませんから」
ネリが責められる理由はどこにもありませんし。
いざとなれば壺のひとつやふたつ、公爵家が弁償します。
「とにかく今は壺を割った犯人を捜しましょう」
「へっ?」
「まさか……あなたも私が割ったと思っているのですか?」
「ご、ごめん。でも誰が?」
「おそらく、私に嫌がらせをしていた連中でしょうね」
ため息交じりに呟くと、ネリがびっくりしたように飛び跳ねました。
「嫌がらせ⁉」
「ええ。私が掃除したばかりの床に泥だらけの靴で足跡をつけたり、生ごみを巻き散らかしたり、まぁいろいろと。ご苦労なことです」
「そんな……あたし、ぜんぜん気づかなかった」
「速攻で掃除し返しましたから」
前世の職場で身に着けたスキルがなければ危ういところでした。何事も経験ですね。
「さすがに壺まで割ってくるとは思いませんでしたが……」
「!」
そこではっとしたようにネリが息を呑みました。
「どうかしたのですか?」
愕然とした表情の彼女に尋ねます。
が、反応がありません。
「? ネリ?」
そっと彼女の頬に触れると、
「………あ」
ようやく気がついたように瞬きしました。
「あた、し」
「?」
「あたしの同室になった子が、さ。いつも一カ月しないで辞めちゃうんだ……」
「そうですか」
「あたしのことがイヤで辞めちゃうんだと思ってた」
「は?」
何を言っているのでしょう。
ネリのような子を嫌がるなんて、かなり了見の狭い人間だと思われますが。
「けど」
ぞっとしたように彼女は続けました。
「もしかしてみんな、ローザみたいに嫌がらせを受けてたんじゃ……?」
「ああ。その可能性は大いにありそうですね」
「だとしたら、やっぱりあたしのせいだ」
うっく、と彼女の喉が苦しげな音を鳴らします。
「ローザも、前の子たちも、いじめられる理由なんてないもん。きっとあたしのせいだよ。あたしみたいなのが一緒だから……!」
「ネリ」
やさしく呼びかけると、潤んだブラウンの瞳がこちらを向きました。
「聞いてください」
「……っ」
「私はこれから犯人を見つけ出して、ギチギチに締め上げてさしあげようと思います」
「……?」
「そのとき、どうしてこんなことをしたのか、あなたから犯人に聞いていただけますか? そしてそれまでは自分のせいだと決めつけたり、勝手に泣いたりしないでください。お願いします」
見つめ合ったまま数秒。
すぅ……、はぁ……。
胸をゆっくりと上下させて、ネリは深くうなずきました。
「わかった」
それからちょっと不安そうに言い足します。
「でも、どうやって犯人を見つけるの?」
「任せてください」
犯人の思考をたどるなど、私にとっては容易いこと。
何しろ私は──
《最凶の悪女》ですから。




