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73/173

73.死に際の悪役令嬢は嘲るように笑って




「変わった?」


「……………変えたのは」



 覆面の奥。

 暗殺者のかすかな囁きが、細い針のように耳を刺します。



「………………………あなた?」


「何のこと? お兄様のことを言っているの?」



 今は少しでも会話を引き延ばさなくては。

 原作に出てきた暗殺者はすべてお兄様の手駒だった。とすれば、この者がお兄様に仕えている可能性は高い。

 私が賭けたのはその一点です。

 けれど、もしお兄様の暗殺者だったとして──

 私を殺さないとは限りません。



「ひとつだけ。教える」



 暗殺者の声は平板でした。特徴のない、機械のような声。



「不要なものを切り捨てる」


「……?」


「切り捨てなければ手に入らない」



 暗く深い穴の中で、うつろに響く反響のように。



「何ひとつ──残らない」


「さっきから何を……っ」



 背後で気配がして、私は暗殺者から視線を外しました。



「フ……ラウ……?」



 ティルトが起き上がり、寝ぼけ眼でこちらを見ています。

 ……だめ。

 頭に浮かんだのはその二文字。



「ッ!」



 助走なしに飛び込んでくる暗殺者の黒い体と、ティルトの小さな体。

 その間に自分を割り込ませ、呆然としたティルトを思い切り突き飛ばすまでほぼ無意識でした。

 肩から脇にかけて、感じたことのない強烈な熱さが走ります。



「………‼」



 息を詰まらせてベッドに倒れ込み、肩を押さえると、手にべったりと濡れる感触がありました。



「ほら」



 暗殺者の声はやはり平板で。



「何も残らない」


「…………く……ぅ!」



 痛い。

 痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。

 視界がひどく歪んで、自分の体がどうなっているかわかりません。自分がどちらを向いているのかすら。



「フラウ! フラウ!」


「………逃げ、て」



 必死に呼ぶ声に、辛うじてそれだけ絞り出します。

 激痛に悶える意識とは別に、どこか遠くのほうで呟く自分がいました。


 ──お兄様のためにまだ死ねないと言ったのに?

 ──暗殺者がわざわざ見捨てろと教えてくれたのに?

 ──あなたは何をしているの?


 でも、それに抗って声を上げる自分もいました。



「不、要、なんかじゃ、ない」



 ようやく取り戻した視界に、血に濡れた刃が映ります。



「この子は、私の、手駒よ……!」



 負け惜しみだとわかっていても、口にせずにはいられませんでした。

 私は──

 この物語の悪役令嬢ですから。

 今の私は、きっと笑っているのでしょうね。

 暗殺者がとても不愉快そうな目で見下ろしていますもの。

 静かに振り上げられる刃から、私は目を逸らしませんでした。

 ……お兄様。

 申し訳ありません。



「─────だめですよ」



 涼やかな声。

 それは一陣の風とともに舞い降り、鋭い剣戟を放って暗殺者の刃を弾き飛ばしました。

 ふわりと広がる純白のマント。

 振り向いた顔には、水晶のような水色の瞳。



「無茶をされては困ります。我が王女」




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