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60.亡霊退治とまいりましょう




 銀と灰色の瞳がこちらを見ていました。

 くすんだ鋼の髪と瞳の、まだ名前も知らない親戚たち。

 それらは一様に冷たく、無機質で。

 まるで人形か──

 亡霊のよう。






「……旧時代の亡霊」



 シルバスティンへ出発する前夜。

 真っ白な髭を指でなぞりながら、教育係のじいは言いました。



「誇り高き《白銀》を陰でこう呼ぶ者もおります」


「シルバスティン家は古臭い、と?」


「伝統を重んじる家柄であることは確かです。しかしどちらかと言えば、皇室分家という地位を揶揄しているのではないですかな」


「でも、わからないわ。伝統を重んじる旧家が、なぜ私のような半端者を必要とするのかしら」



 私に流れる血の半分は《白銀》ですが、半分は隣国のもの。そして背負う家名は《真紅》というごちゃ混ぜっぷりです。



「じいの考えを聞きたいわ。叔母上は何を考えていると思う?」



 じいは母が輿入れする際、シルバスティン家から連れてきたお供のひとり。

 今のうちに情報を仕入れておきたいという気持ちがありました。



「それはやはり、家の存続、でございましょう」


「従弟は……ティルトは重い病気なの?」


「さて。私も実際にお会いしたことがないので、詳しいことはわかりません。ただ、病がちな方であるということだけは伝え聞いております」


「もしティルトが死んで、私が家を継がなかった場合、シルバスティンは……」


「傍系から当主を選ぶことになるでしょうな」


「それの何がいけないの?」



 腕組みして尋ねると、じいは眉ひとつ動かさずに言いました。



「では、お嬢様。この家をリオン様が……いえ。リオン坊ちゃまは立派な直系のご子息ですから、もっと遠縁の者が継ぐことを想像なさってください」


「………」



 お兄様以外の人間がフレイムローズ家の当主になるなんて、一ミリたりとも想像したくありませんが。



「どうなると思われますか?」


「……当家の力は地に落ちるでしょうね」


「地に落ちる、とまではいかないでしょうが」



 苦笑しながら私を見つめ、



「今よりも勢いを失うことは確かでしょうな。それと同じことが今のシルバスティン家に起これば──」


「……存続すら危ういと?」



 じいはゆっくりとうなずきます。



「少なくとも、ニーナ様はそういった危機感をお持ちのようです。我が子を跡継ぎにしたいと思うのが母親の情。それを退けてまでフラウお嬢様をご当主にというのは、相応の覚悟があってのことでしょう」



 皇帝に直訴してまで、私とユリアスの婚約を中断させたニーナ。

 あれほどのことをするのは確かに覚悟が必要でしょう。そんな彼女を翻意させるのは並大抵のことではありません。



「それから……これは推測ですが」


「?」


「シルバスティン家には、あまりよくない風潮が漂っているやもしれませぬ」


「よくない風潮……?」



 ふいに沈鬱な面持ちになり、じいはしわだらけの手をこすり合わせました。



「あくまで、私の推測に過ぎませぬが」


「構わないわ。言って」


「……………………男当主は縁起が悪い、と」



 低く呟かれた言葉に、私はぽかんとしました。



「は?」


「シルバスティン家の男性は天寿を全うしないと言われることがございます。ここ最近で言いますとニーナ様の夫である先代当主は三十二歳。フィオナ様とニーナ様の御父上である先々代当主は四十三歳でお亡くなりに」


「ただの偶然よ」



 不幸なことですが、仕方ありません。

 そういうこともあるでしょう。



「それとも『この家は呪われている』とでも? それこそ旧時代の亡霊と呼ばれても仕方ないわ」


「不安に駆られた人間というのは、とかく迷信深くなるものです」



 こすり合わせた両手を膝に落とし、じいは呟きました。



「その不安こそが……亡霊の正体なのかもしれませぬ」

 





 じいの言った通りでしたね。

 こちらをじっと見つめる人々の顔を見つめながら、私は思いました。

 シルバスティン家の者たちはある意味で──取り憑かれている。

 ならばこの私が、亡霊退治をしてさしあげましょう。

 分厚い年代もののテーブルに手をついて立ち上がり、そこに居並ぶ銀と灰色の亡霊たちに向かって私は言いました。



「私から、ひとつ提案があります」




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