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57.探りを入れておきましょうか




「こちらがお嬢様のお部屋でございます」



 年配の侍女に案内され、城の三階東側の角部屋に入りました。

 なかなか広いですね。大きな張り出し窓があり、見晴らしのよい部屋です。

 エリシャの部屋は二階らしく、階段の途中で別れるときにぶつぶつ文句を言っていました。「一回くらいは枕投げしようね?」などと耳打ちされましたが……勘弁していただきたいものです。



「お嬢様、荷物はすべてこちらにお運びしてよろしいでしょうか?」


「構わないわ。……それと『お嬢様』はやめてちょうだい」



 ソファに腰を下ろしながら、鋭く侍女をたしなめます。

 侍女は驚いたように目を見開き、慌てて頭を下げました。



「も、申し訳ございません。フラウ様……!」



 そう。

 年は若くとも、私は賓客。

 この家の子供のような呼び方をされては困ります。

 ソファの背を指でなぞりながら、ふと大きな銀色の花瓶に目が留まりました。

 どことなく……見覚えがあります。

 いえ、この部屋全体に既視感があるような……?



「ここは長いの?」


「…………は」



 部屋を出ていきかけていた侍女を呼び止め、私は尋ねました。



「ここでは何年くらい働いているの、と聞いているの」


「はい。二十年ほどになります」


「では、私が昔ここにいたときも働いていたわね。そのとき私が暮らしていたのはこの部屋?」


「! 覚えていらっしゃるのですか?」


「……なんとなくだけれど」



 それを聞いた年かさの侍女が目を潤ませます。

 ……なるほど。

 叔母の考えそうなことです。

 十三年前に母と暮らしていたときと同じ部屋に滞在させ、おそらく当時世話していた乳母だったであろう侍女を部屋係につける。私の里心を目覚めさせようという作戦ですね。

 そこまでして私に帰ってきてほしいと──

 本気で思っているのでしょうか。



「ちょっと聞いてもいい?」


「はい、フラウ様」


「叔母は……従弟とあまり仲がよくないのかしら?」


「奥様と、ご当主様がですか?」


「ええ」


「まさか。そんなはずがございません」


「さっき二人に会ったとき、ちょっとぎこちないような気がしたから」



 昔から勤めているならばこの城の内情を知っているはず。

 事実、私が質問を口にした途端に顔が強ばったように見えました。

 ぎゅっと手を握り合わせたあと、彼女は静かな声で言いました。



「たった一人のご子息です。奥様は、他の何よりもティルト様を大切に思っておいでです」



 ええ。普通に考えればそうですね。

 だとしたらなぜ、その大切な息子を当主の座から引きずり下ろすのでしょう?

 もう少し探りを入れてもよいですが──

 今はやめておきましょう。



「ありがとう。下がっていいわ」


「失礼いたします」



 ほっとしたように出て行く侍女を見送り、ぽすんとソファの背に頭を落とします。

 滞在は二週間。

 その間に叔母の意図を探り、隣国の騎士ともども諦めさせ、すべての問題を解決して帝都に戻らなければ……。

 そうすればお兄様が待っている。

 ユリアスとの婚約も、ですが。

 輝く銀色の花瓶を見つめながら、私は小さくため息をつきました。




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