52.私によい考えがあります
──殺された?
その剣呑な言葉よりも、お兄様の瞳が氷のように冷たい光をたたえていることが気になりました。
「父は……王国の人間に殺されたのですか?」
「少なくとも、お前の母は長い間そう信じていた」
「それならばなぜ迎えが……」
王権争いか何かで父が暗殺されたのだとしたら、なぜ今ごろになってその娘を迎え入れようというのでしょう?
あるいは、父を殺したのとは別勢力なのかもしれませんが。
「王国の意図はわからない。だが、あちらとの国交にも絡む問題になるだろう」
王国──
フォルセイン神聖王国。
その歴史はアストレア帝国より古く、大陸で広く崇められている信仰の聖地でもあります。聖地に争いを持ち込むことは最大の禁忌とされ、帝国がさまざまな地域に侵攻して版図を拡大した時代も、フォルセインにだけは決して手を出さなかったといいます。
「三十年前に正式な同盟を結んで以来、王国とは友好な関係を築いてきた。陛下がフォルセインの王女を后として迎えたこともそのひとつだ」
「では、私が王国に行くことを拒んだら……?」
あの若い騎士は王命を受けて私を迎えに来たと言っていました。
それを一方的に撥ねつければ、両国の関係に影を落としかねません。
『ついでに戦争だって阻止してみせるし……!』
エリシャはこのことを言っていたのでしょうか?
「まだ向こうが手を引く可能性がないわけではない。お前と殿下が婚約しようとしていたとは知らなかっただろうからな」
「………」
そうだといいのですが。
私個人の意思でどうにかなる問題ではないでしょう。
それでも、お兄様のそばを離れて他国になど──行きたいはずがありません。
「心配するな」
うつむきかけた私の顎に指を添え、
「お前を王国に渡しはしない」
お兄様がこちらをまっすぐに見つめて言います。
思わず声を失いつつ、私は幸福で意識が飛ばされないようなんとか踏みとどまりました。
「……ともかく」
と、今度は打って変わって吐き捨てるようにおっしゃいます。
「シルバスティン家は余計なことをしてくれたな。王国との交渉だけでも難儀だというのに」
「ええ……。あの様子だと、叔母も簡単にあきらめてくれそうにありませんね」
「こうなればいっそ──」
冷たく、呟く声。
「消してしまう、か」
首筋をひやりと撫でられるような感覚に、私は息を呑みました。
──暗殺───
「お兄様」
即座に首を振り、
「それはお待ちになってください」
「……?」
怪訝な顔をするお兄様に、これまでにないほどきっぱりと言います。
「シルバスティン家に関しては、私によい考えがあります」
この程度のこと。
お兄様の手を煩わせるまでもありません。




