50.当主の座も王族の地位もほしくありませんので
皇太子ユリアスとの婚約。
本格的に原作と異なるルートに突入することで、予期せぬイベントが起こるかもしれないと覚悟はしていました。
でも。
これは……さすがに予想外すぎるのですが。
叔母であるニーナからは《白銀》シルバスティン家の当主に迎えたいと言われ、そのうえ今度は──
「王女?」
「はい」
若い騎士は美しい顔を上げ、そこに屈託のない笑みを浮かべました。
「あなた様のお父上は、我が国の第三王子にあたる方です。お母上はもちろんフィオナ=シルバスティン様。お二人は駆け落ちのような形で結婚され、あなた様を授かったあとにお父上は急死。お母上はまだ赤子だったあなた様を連れ、こちらの国に戻られました」
さらさらと語ってみせます。
「そして我が王は今、あなた様を正式な王族として迎えることを強く望んでいます」
「……待って」
手を伸ばす騎士から、私は一歩後ずさりました。お兄様も私の前に立ちはだかって動きません。
「私が王族の娘だという証拠でもあるのですか?」
母は隣国の男と駆け落ちして、どことも知れぬあばら家で私を生んだ。
知っているのはそれだけ。
たとえ駆け落ち相手の男が王子だったとしても、本当にその男の子供かどうかなど調べる手立てはないはず。
それに……はっきり言って当主の座も王族の地位もほしくありません。
私はフレイムローズ家の公女。
あくまでお兄様の妹として、ユリアスと結婚しなくてはならないのですから。
「証拠ならば、あなた様がすでにお持ちです」
「?」
「その瞳ですよ。フラウ様」
若い騎士はまたふわりと笑って、私のことをまぶしそうに見上げました。
「その瞳の中に散った光……我が国では《虹》と呼び、王家の血を引く者のみに現れるものです。かつてこちらの国に輿入れした我が国の王女もまた、同じ瞳を持っていました」
「母上か」
隣でユリアスがはっとしたように呟きます。
「確かに母上も同じ瞳をしていた。肖像画でしか……知らぬが」
「………」
知らない。
そんな設定、私は知らない。
ゆっくりと唇を噛みしめ、不安に飲まれそうになる自分を抑えます。
「フラウ様。どうか、私と共にフォルセイン王国へお戻りください」
「いいえ騎士様」
と。
騎士をさえぎったのは叔母のニーナでした。
「フラウは貴国には参りませんわ。この子はシルバスティン家を継ぐのですもの」
しかし、若い騎士はそんな声など耳に入らぬ様子でニコニコ笑っています。
「フラウ様。我が王、血のつながったご祖父様に会いたくはありませんか?」
「フラウ。他国へ行く必要なんてありませんよ。あなたにはすでに立派な《白銀》の血が流れているのですからね」
「………」
ああ、どうして。
この人たちは。
……私の邪魔をするのでしょうか。
「恐れながら」
ふいに涼やかな声が響きました。
その一言で誰もが息を止めたように静まり、声の主を見上げます。
「この場で結論を出すことは難しいでしょう」
燃えるような髪。
すらりと高い背中。
少しかすれた低い声。
「陛下。我が妹と二人だけで話をさせていただけませんか」
お兄様の訴えに、玉座に気だるく肘をついたテリオスがわずかに目を細めました。
「……よかろう」




