43.幸福に耐えきれませんでした
これは、夢?
夢を見ているの?
私──ノイン様と──
熱く、て。
溶けそうです。
熱に浮かされながらすがりつくと、お兄様の腕にも力がこもりました。
もう、なんでもいい。
この時間があと少しだけ続くなら命を投げ出したっていい。
今この瞬間のために生まれてきたんだと、思えるから。
「───っ」
そのとき、お兄様がバッと顔を上げました。
視線が鋭く横に向けられます。
「………?」
心なしか、お兄様の顔は青ざめているよう。
まだぼんやりとしながら視線をたどると、その先には執務室の扉。
「どうか……なさったのですか?」
「今のは」
独り言のように呟きます。
「……気のせいか」
再びこちらを向いたお兄様と間近で目が合い、反射的にビクッと体が震えます。
……な、ん、なんでしょう。
お兄様の顔を──
まっすぐ見られません。
「どうした?」
「あ、い、いえ!」
首を振りながら窓辺を降りると、両手で自分の顔をぺたぺたと触ります。すさまじい発熱。
「私、酔ってしまった……みたいです……」
「そうか。私も少し酔ったようだ。部屋まで送ろう」
「い、いえ。自分で帰れますっ」
は……⁉
この口はさっきから何を言っているのでしょう?
せっかくお兄様が部屋まで送ってくださると言っているのに!
そう、私を……!
寝室まで……?
この時間に……? 二人きりで……?
え?
えええええええええええええええ⁉
「フラウ?」
「ではお兄様っ……お、おやすみなさいませ‼」
思考停止した私は、叫ぶなり脱兎のごとく執務室を飛び出しました。
廊下の角まで全速力で駆け抜け、角を曲がったところでガクッと膝をつきます。
や、ややっやや、ややややややや……。
………。
やってしまいました。
あまりの幸福に精神が耐えきれませんでした。
なんて、恥ずかしい。
もしこの場にアイラ=ブラックウィンドがいたら、「今すぐ切って捨ててください」と頼み込んだかもしれません。ポエムを見られたアシュリーの気持ちがわかるような気がいたします。
もしこんなところ、誰かに見られたりしたら──
「……!」
うなじに鳥肌が立ち、顔を上げて辺りを見回します。
まさか本当に見られていたりしないでしょうね。
だとしたら今度こそ抹殺するしかありませんが。
…………。
見渡す限り人の影はありません。真夜中なので当然ですが。
……ふぅ。
埃を払いながら立ち上がり、歩き出します。
なんだか、こう、ふわふわしますね。雲の上を歩いているみたいです。
あれは──
夢だったのでしょうか。
夢、だったのかもしれません。
夢でもいい。
夢でも、十分に。
胸の前でぎゅっと手を握りしめながら、陶然として震える息を吐き出し、私は歩き続けました。
誓います。
私はこれからも、お兄様のために生きていく。
お兄様のために──
六日後、皇太子と婚約します。




