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40/173

40.ほんの少しだけ、ですよ




「やっぱり休んでいたほうがよかったんじゃ……」


「リオン、しつこいですよ」



 押し問答しながら食堂に入っていくと、



「わっ! アシュリー姉様⁉」



 リオンが叫びながら私にしがみついてきます。

 そこには私よりもはるかに具合の悪そうな人物が座っていました。

 頬がやつれ、顔色は蒼白。うつろな目でテーブルを見つめ、ほつれた髪が幽鬼のような顔にかかっています。



「な、何かあったんでしょうか……?」



 恐々と囁くリオンに、



「さあ」



 私はそっけなく返します。



「全員集まっているようだな」



 そこへお兄様の低い声が響き渡り、私は胸を躍らせながら振り返りました。

 何度見ても信じがたいほどに麗しい。颯爽と歩いてくるその姿に目がくらむような思いがいたします。

 この世界に転生して二度目の家族晩餐会。

 今宵のためにオーダーした銀のドレスの裾をつまみ、私は一礼しました。

 お兄様が軽くうなずき、家族そろって広いテーブルにつきます。



「食事の前に話がある」



 いつもなら祈りの言葉を捧げて食事が始まるのですが、今夜は違いました。



「アシュリー」



 お兄様に呼びかけられ、アシュリーの肩がびくっと跳ねます。



「…………はい」


「此度の騒動は、お前の部屋にあった毒物が引き起こした。そのことはわかっているな」



 なるほど。彼女が青ざめていた理由がわかりました。



「お前があれを何に使おうと思っていたか……だいたいの想像はつく。が、この場でそれを問いただしはしない」



 淡々と話すお兄様と石のように固まっているアシュリー。その二人をリオンが心配そうに見比べます。

 アシュリーの小物っぷりを思うと、今までよくお兄様に気づかれなかったものですね……。

 彼女は昔からお兄様の存在をひどく恐れています。私に嫌がらせをしていたときも、お兄様にだけはバレないよう細心の注意を払っていました。

 その注意深さを他にも応用できていれば、もう少しまともな悪役になれたと思いますが。



「あのようなものを所持することは二度と許さない。それから、罰として半年間の謹慎を言い渡す。パーティーはもちろん公式行事への参加も一切禁止だ。わかったな」


「は、い…………お兄様」



 うなだれ、力なく呟くアシュリー。

 パーティー好きの彼女にとって、謹慎処分はかなり堪えるでしょうね。まあ、私を殺そうとした罰としては軽すぎるくらいです。



「それから、フラウ」



 と。

 今度は自分の名を呼ばれ、私は背筋を伸ばしました。



「はい」


「陛下への謁見が六日後に決まった。お前と殿下は正式に婚約することになる」



 思っていたより……早かったですね。

 落胆を顔に出さないよう、私は努めて笑顔でうなずきます。



「はい、お兄様──」



 ガタンッ!

 音を立てて席を立ったのはアシュリーでした。

 その両腕が棒のように固くまっすぐ伸び、拳はギリギリと音を立てそうなほど強く握りしめられています。

 ……また私への恨み言でしょうか。

 そう思って身構えましたが、彼女は私のほうを見てすらいません。

 アシュリーは誰のことも見ていませんでした。

 ただ虚空に向かって大きく目を見開き、



「────失礼します」



 とだけ呟いて、さらさらと滑るように食堂を出て行きます。

 彼女が扉の向こうに消えても、誰も口をききませんでした。



「………」



 何、でしょう。

 苦々しいしこりのようなものを喉の奥に感じ、私は小さく咳払いしました。何でしょうか。この感覚は。

 罪悪感?

 いえ、まさか。

 アシュリーに同情するほどお人よしではありません。

 強いて言うならばこれは──

 羨ましさ、でしょうか。

 こみ上げる怒りも、悲しみも、叶わなかった想いも。

 すべてさらけ出す彼女の態度。

 それが今の私には少しだけまぶしく思えました。

 ……ほんの少しだけ、です。




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