40.ほんの少しだけ、ですよ
「やっぱり休んでいたほうがよかったんじゃ……」
「リオン、しつこいですよ」
押し問答しながら食堂に入っていくと、
「わっ! アシュリー姉様⁉」
リオンが叫びながら私にしがみついてきます。
そこには私よりもはるかに具合の悪そうな人物が座っていました。
頬がやつれ、顔色は蒼白。うつろな目でテーブルを見つめ、ほつれた髪が幽鬼のような顔にかかっています。
「な、何かあったんでしょうか……?」
恐々と囁くリオンに、
「さあ」
私はそっけなく返します。
「全員集まっているようだな」
そこへお兄様の低い声が響き渡り、私は胸を躍らせながら振り返りました。
何度見ても信じがたいほどに麗しい。颯爽と歩いてくるその姿に目がくらむような思いがいたします。
この世界に転生して二度目の家族晩餐会。
今宵のためにオーダーした銀のドレスの裾をつまみ、私は一礼しました。
お兄様が軽くうなずき、家族そろって広いテーブルにつきます。
「食事の前に話がある」
いつもなら祈りの言葉を捧げて食事が始まるのですが、今夜は違いました。
「アシュリー」
お兄様に呼びかけられ、アシュリーの肩がびくっと跳ねます。
「…………はい」
「此度の騒動は、お前の部屋にあった毒物が引き起こした。そのことはわかっているな」
なるほど。彼女が青ざめていた理由がわかりました。
「お前があれを何に使おうと思っていたか……だいたいの想像はつく。が、この場でそれを問いただしはしない」
淡々と話すお兄様と石のように固まっているアシュリー。その二人をリオンが心配そうに見比べます。
アシュリーの小物っぷりを思うと、今までよくお兄様に気づかれなかったものですね……。
彼女は昔からお兄様の存在をひどく恐れています。私に嫌がらせをしていたときも、お兄様にだけはバレないよう細心の注意を払っていました。
その注意深さを他にも応用できていれば、もう少しまともな悪役になれたと思いますが。
「あのようなものを所持することは二度と許さない。それから、罰として半年間の謹慎を言い渡す。パーティーはもちろん公式行事への参加も一切禁止だ。わかったな」
「は、い…………お兄様」
うなだれ、力なく呟くアシュリー。
パーティー好きの彼女にとって、謹慎処分はかなり堪えるでしょうね。まあ、私を殺そうとした罰としては軽すぎるくらいです。
「それから、フラウ」
と。
今度は自分の名を呼ばれ、私は背筋を伸ばしました。
「はい」
「陛下への謁見が六日後に決まった。お前と殿下は正式に婚約することになる」
思っていたより……早かったですね。
落胆を顔に出さないよう、私は努めて笑顔でうなずきます。
「はい、お兄様──」
ガタンッ!
音を立てて席を立ったのはアシュリーでした。
その両腕が棒のように固くまっすぐ伸び、拳はギリギリと音を立てそうなほど強く握りしめられています。
……また私への恨み言でしょうか。
そう思って身構えましたが、彼女は私のほうを見てすらいません。
アシュリーは誰のことも見ていませんでした。
ただ虚空に向かって大きく目を見開き、
「────失礼します」
とだけ呟いて、さらさらと滑るように食堂を出て行きます。
彼女が扉の向こうに消えても、誰も口をききませんでした。
「………」
何、でしょう。
苦々しいしこりのようなものを喉の奥に感じ、私は小さく咳払いしました。何でしょうか。この感覚は。
罪悪感?
いえ、まさか。
アシュリーに同情するほどお人よしではありません。
強いて言うならばこれは──
羨ましさ、でしょうか。
こみ上げる怒りも、悲しみも、叶わなかった想いも。
すべてさらけ出す彼女の態度。
それが今の私には少しだけまぶしく思えました。
……ほんの少しだけ、です。




