39.どうして妹なのでしょう
負けない。
絶対に負けない。
「フラウお嬢様……⁉」
手に持っていた外套をミアに向かって投げつけ、着替えもせず部屋にこもりました。
机には今日も大量の手紙が届いています。
手伝いを呼ぶのももどかしく、私は手紙の山を手あたり次第あさりました。
シャーロット夫人、オヴェリア嬢、カザル商会、レンウッド知事……。
お茶会、晩餐会、夜会への誘い……。
ほら、御覧なさい。
見習い騎士のアイラ=ブラックウィンド。あなたにこの人脈がありますか?
「──様」
いいえ。
そもそも、お兄様がアイラに人脈を求めているとは思えません。必要なのは近衛騎士団とのつながり。その一点だけ。
それだけ──
なのでしょうか?
「姉様」
この世でもっとも悪い女。それがお兄様の理想。
ですから私は、ヒロインから皇太子を奪いました。
自ら毒を飲み、ヒロインを死刑寸前まで追い詰めました。
この私が悪女ではないとしたら、一体何だというのでしょう?
『この世でもっとも悪い女は、エリシャ=カトリアーヌを助けたりしない』
でも、本当は──
私は。
エリシャを、殺したくなかった。
あのとき、エリシャのカップに毒薬を入れることもできました。ユリアスが到着した知らせで彼女は席を立ち、こちらから目を離していたのですから。
小瓶はどこかへ隠してしまえばいい。どうせエリシャの自室からアシュリーが渡した毒瓶が見つかる。エリシャが私を殺そうとして、誤飲したとでも思わせればいい──そう思いながら、私は結局自分で毒を飲むことを選びました。
エリシャに消えてほしかった。
そう思っていたことは事実です。
彼女さえいなければ、最悪の未来を避けられるかもしれないのですから。
エリシャを憎もうとしました。そのほうが楽だと思ったから。彼女がお兄様に送った恋文が、私によい口実を与えました。
でも、怖かった。
……本当は怖かったんです。
「姉様っ」
私はエリシャの処刑を阻止することになりました。
彼女は私と同じ転生者だった。
私が読まなかった物語の続きを知っている。彼女を生かすほうが、お兄様のためになると判断したからです。同情などではありません。
それでも、心のどこかでほっとしていました。
エリシャを殺さなくて済んだ、と。
こんな私がお兄様の理想になれるのでしょうか……?
アイラ=ブラックウィンド。
あの冷たい瞳の少女ならば、きっと躊躇なく殺せるのでしょう。
殺せと言われれば──そう──
たとえば──この国の王でも──
「姉様!」
はっとして顔を上げます。
目の前にリオンの顔がありました。ずいぶん前から声がしていたような気がします。
「大丈夫ですか?」
「え……ええ」
青ざめた顔のリオンにうなずき、机に覆いかぶさるようにしていた体をゆっくりと起こします。
室内は薄暗くなっていました。
いつの間に時間がたっていたのでしょう。
「お願いですから、無理をしないでください」
「……ごめんなさい。気がつかなくて」
振り返ると、ミアが心配そうな顔でこちらを見つめていました。
「お嬢様。その……今宵の晩餐会はいかがされますか?」
「晩餐会?」
「もう、姉様ったら。今日は家族晩餐会ですよ」
一瞬、息が詰まります。
私としたことが、そんな大切な予定を忘れていたなんて。
「すぐに支度するわ」
「顔色がよくないですよ。僕が兄上にお話しますから、今日は欠席したほうが……」
「欠席なんて絶対にしません!」
まったく、何を言っているのでしょうか。
お兄様とお会いできる数少ない機会だというのに。
「さあ、あなたも支度なさい。ミア!」
「は、は、はい!」
目の前でドレスの紐を解きはじめる私に、リオンが大慌てで部屋を出ていきます。ミアも晩餐会用のドレスを取りに走っていきました。
ああ、お兄様に会える。
……うれしい。
アイラ。
あなたが決して得られない喜びを私は知っています。
同じ屋根の下で暮らし、同じ食卓を囲む喜びを。
だって私は──
私は──
私は──
私はどうして妹なのでしょう?
どうして……妹なんかに生まれたのでしょうか。




