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38.あなたと私、どちらが最凶でしょうか




 動揺を──



「私は、お兄様を」



 見せてはいけない。



「敬愛しています」



 顔の皮膚すべてを凍りつかせるようにして、私は言いました。



「ケイアイ?」



 アイラは細い首をクロサギのようにめぐらせ、いかにもつまらないといった顔つきで天井を見上げます。



「そんな嘘、つかなくても」


「………」



 殺そう。

 石のように固い仮面の内側で、私はひそかに呟きます。

 殺しましょう。

 この女を。

 早く……殺さなきゃ。



「殺気が漏れてる」



 私の正面に回り込んだアイラは、腰に差した剣の柄に手を添えました。



「あなたに私は殺せないけど」



 指先が柄をゆっくりとなぞります。

 ──私のほうが強いから。

 そんな囁きが聞こえるような気がして、私は小さくかぶりを振りました。



「見送りはけっこうです」


「?」


「どうぞ持ち場へお戻りください」


「ああ……そう」



 アイラはうなずきましたが、依然として正面から動こうとしません。右手も剣の柄に預けたままです。

 いつでも私を殺せる──とでも言いたいのでしょうか。



「まだ何か? 言いたいことがあるならはっきり言えばよいでしょう」


「わかった」



 すばやく一歩踏み出し、漆黒の瞳が私の鼻先に迫ります。

 肌が触れそうなほど顔を近づけて、彼女は羽音のような声で囁きました。



「この世でもっとも悪い女は、エリシャ=カトリアーヌを助けたりしない」


「……!」



 冷水を浴びせられたような感覚に襲われます。

 ──それは。



『この世で最も』



 お兄様の──



『悪い女』



 なぜ、あなたの口から、それが。

 叫びだしたくなるのを必死に堪えます。

 あのときの光景が再びよみがえりました。

 月光に照らし出され男女の姿。

 寄り添う躰──囁きかわす声──まるで恋人のように──


 違う!


 違います。

 私はあの夜、馬車の中でお兄様に誓いました。

 私がお兄様の理想となる──

 《最凶の悪女》になると。

 そうすれば、お兄様は私だけのものになってくださる。

 そう、約束したのだから。

 お兄様はまだ誰のものでもない。

 はず……なのに。



「あなたと私、どちらがノイン様にふさわしいか」



 ナイフのように鋭い女の息が、私の耳にかかりました。



「答えはとても簡単ね」



 もしも。

 あの約束が、私だけにしたものではないとしたら……?

 震えそうになる唇を噛みしめ、アイラの漆黒の瞳を睨み据えます。

 彼女は憐れむように目を細め、音もたてずに私から離れました。



「では、こちらで失礼します。公爵令嬢」



 騎士の礼を残し、ブーツの踵を鳴らして歩き去るアイラの背中を私は振り返りませんでした。

 いえ。

 振り返ることができませんでした。




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