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37.吸い込まれそうな黒でした




 《帝国七血族》の者はその髪と瞳の色で血統を表します。とりわけその色の濃さは、誇り高き血の濃さを示すもの。

 アイラ=ブラックウィンド。

 鴉の濡れ羽根のように黒くつややかな髪に、黒曜石に似た瞳の少女。

 以前見かけたとき、彼女は真っ青なチャイナドレスを身に着けていました。月光の中で細く引き締まった躰がお兄様に寄り添うのを、今も鮮明に覚えています。

 ……少なくとも一回は殺さなくてはなりませんね。

 そして、今の彼女は近衛騎士の制服姿。ただし見習いであることを示す白い羽根が胸元に刺さっています。



「……ん?」



 ぽかんと声を上げたのはアイゼンでした。



「どうした? 二人とも」



 私たちが黙って対峙していたせいでしょう。

 アイゼンは困惑顔で妹の肩を軽く叩きました。



「ほら、アイラ。こちらはフレイムローズ家のフラウお嬢さんだ。前に話しただろ? 殿下がそりゃあもう──」


「知っています」



 兄の言葉をさえぎり、彼女は短く言います。

 それから片手を体の前に回し、騎士の作法で一礼しました。



「お初お目にかかります、フラウ公爵令嬢。アイラ=ブラックウィンドと申します」


「ご機嫌よう、アイラお嬢様。でも……これが初めてではありませんよね?」



 私の言葉に彼女はさっと顔を上げました。

 何も言わず、ただじっと私を見つめ返します。



「なんだ、初対面じゃなかったのか? それならそうと──」


「お送りいたします。こちらへどうぞ、公爵令嬢」



 再び兄の言葉をさえぎり、アイラがきっぱりした声で言いました。

 ぐむむと苦い顔をしたアイゼンが私に囁きます。



「す、すまん。悪気はないんだ。昔から不愛想で……」


「気にしていませんわ」



 私はアイゼンに向かって微笑み、身をかがめて一礼しました。

 ええ、ぜんぜん。まったく気にしておりません。



「それでは失礼いたします。アイゼン様」



 ……悪気があるのはこちらですから。








 アイラと二人、連れだって王宮の廊下を進みます。

 互いに無言。

 お愛想も世間話もなし。

 そういった表面的なやり取りが必要ないことを互いの肌から感じ取ります。

 周囲に人が見えなくなったところで、私はぴたりと立ち止まりました。

 彼女も一瞬遅れて立ち止まります。



「お見かけするのは、これが二度目ですね」



 やわらかく声をかけると、彼女は無言で私を見つめました。

 漆黒の切り髪。猫のように大きな瞳。小さく尖った鼻と、薄紅色の唇。

 整った顔立ちですが、エリシャのように人目を惹きつける華やかさはありません。むしろその反対で、人を寄せ付けぬ硬質な冷たさを感じます。

 まるで人形のよう。



「アイラお嬢様。ひとつお尋ねして構いませんか?」


「……どうぞ」


「殿下の誕生日パーティーの夜、私の兄と二人でいましたね?」



 この問いかけに、アイラは表情ひとつ変えません。

 私はこめかみの奥がピリつくのを感じながら、静かに問いを重ねました。



「兄と何を話していたのですか?」


「………」



 さあ、答えなさい。

 アイラ=ブラックウィンド。

 返答によっては──

 消えてもらわなくてはなりません。

 彼女は少しうつむいて、考え込むように目を閉じました。

 ……また沈黙ですか。

 アイゼンがフォローしていましたが、彼女の態度は不愛想と呼べる域を超えていますね。同じ《帝国七血族》とはいえ、仮にも騎士という立場なのですから、もう少し常識的な振る舞いをしていただきたいものです。



「……答えるつもりがないようですね」



 沈黙を続ける彼女に、私はため息をつきながら言いました。

 と、思い出したようにアイラが顔を上げます。



「だって」



 ぱちりと開いた瞼。

 その奥にある丸い瞳は、吸い込まれそうな黒でした。



「答える必要がないから」



 平板な声で呟く彼女に、私はいっそあきれる思いで首を振ります。



「わかりました。もうけっこう──」



 そう言って歩き出そうとした瞬間、かすかに鴉が羽根をこするような音がしました。

 ……何の音?

 空耳でしょうか。

 振り返ると、それまで無表情だったアイラの顔が奇妙に歪んでいます。



「私」



 少し遅れて、笑っているのだと気がつきました。

 そして先ほどの音は、彼女が鼻を鳴らした音だったのだと。



「知っている」


「………何を」


「あなた、ノイン様が好きなんでしょう」



 そう言って笑う彼女を見て、私は確信しました。

 この女だけは生かしておいてはならない。

 ──絶対に。何があっても。




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