34.聞き分けのない皇太子ですこと
「エリシャ=カトリアーヌを解放してほしい?」
王宮。
皇太子執務室。
地下牢を出てから取り次ぎを頼み、少なくとも半日は待たされる覚悟でおりましたが。
案外、すぐに通していただけました。
ちょうど会議を終えたところだというユリアスは私の手を取って口づけ、見舞いの言葉を並べたてます。
そなたが無事で本当によかった、とか。二度とこのような目には遭わせない、私がそなたを守るからもう安心してよい、とか。
ありがたいお言葉ですが、実際は自分で毒を飲んだ身ですので……何とも言えない気持ちになりますね……。
とにかく。
次々に甘い言葉をかけてくるユリアスを押しとどめ、私はエリシャの解放を願い出たわけですが。
途端、ユリアスの目つきが険悪なものに変わりました。
「どういうことだ?」
「私の誤りだったのです。エリシャは私を殺そうとしたわけではありません」
エリシャを解放すべく、ユリアスを説得する──
そのための筋書きは考えてあります。
そもそもエリシャや《紫苑》カトリアーヌ家に厳罰を求めている者はそう多くありません。
《深緑》エメル家は寛大な処置を求めていますし、被害者の立場といえる《真紅》フレイムローズ家、つまりお兄様も処罰は求めないという立場を取っております。
処刑を強硬に主張しているのはただ一人、ユリアスだけ。《漆黒》ブラックウィンド家は彼を支持しているに過ぎません。
ユリアスさえ説得できれば、すべてが丸く収まるはず。
今回の事件は《帝国七血族》の勢力図を塗り替えてしまいかねないもの。
帝国随一の資産を有するカトリアーヌ家を処分し、令嬢を処刑などすれば、国内の均衡を大きく崩すことになるでしょう。
すべては私が招いたこと。
己の不始末は、己の手で片をつけなければ。
──が。
「ありえないな」
ユリアスは吐き捨てるように言いました。
「私はあの女がそなたを殺そうとするところをこの目で見た。あの女が地下牢を出るのは、処刑日だ。それ以外にはありえぬ」
「殿下……!」
「それより、婚約の日取りを決めようではないか。処刑が済んだらすぐ父上に謁見しよう」
エリシャの処刑を口にしながら、打って変わってにこやかに婚約の話をはじめるユリアスに思わずぞっとします。
それに、ヒロインであるエリシャを「あの女」呼ばわりするなんて。
「ですから、エリシャは──」
「その名を口にするな」
ぴしゃりと拒絶するユリアス。
「汚らわしい」
「っ、なぜそこまで……!」
「不思議か? 私はな、私から大切なものを奪おうとする存在を容赦しない」
黄金の瞳をギラリとさせ、ユリアスは私の瞳を覗き込みました。
「私は父上から大切な母上を奪った。父上は今でも私を赦していないだろう。それと同じことだ」
「………」
私の瞳と同じ、七色に光る薄い水色の瞳の持ち主だったという皇后。
世継ぎを産んで命を落とした彼女の死を、皇帝は深く嘆きました。
ですが、おそらく──
ユリアスを許していないのは皇帝ではありません。
彼自身です。
「私もあの女を赦しはしない」
低く唸るユリアスに、私は顎を上げ、その怒りに燃える双眸を見据えました。
「殿下。先ほどから申し上げているように、エリシャは私の命を狙ったわけではないのです」
「くどいぞ、フラウ。この話はもう終わりだ」
「いいえ。終わりません」
「私が終わりと言ったら終わりだ。もうよい、下がれ」
「下がりません」
「下がれと言っている! 私は帝国第二位──」
「黙りなさい、ユリアス=アストレア!」
ユリアスが叩かれたように目を見開きました。
控えていた近衛騎士たちが無言で迫ってくる気配がします。
私は振り返らず、ユリアスをまっすぐ見つめたまま言いました。
「いいから黙って、私の話を聞きなさい」




