33.ヒロインと手を組むことになりました
「リオン……?」
ぽわぽわ巻き毛の美少年。
私の弟。
そして、お兄様の仇。
「あなた、リオン推しだったんですか?」
「そうよ! めちゃくちゃリオンきゅん推しですけどそれが何か⁉」
急に開き直ったのか、エリシャは立ち上がって鼻息を荒くしました。
「次はフラウちゃんの番よ。さぁさぁ! あなたの推しは?」
紫の目を血走らせて問いかけてくる彼女を静かに見つめ返し、
「ノイン様推しです」
私はさらりと答えます。
「えぇっ、すごい。原作に忠実っ……!」
なぜかうれしそうに身悶えするエリシャ。
まったく。どうして私はよりによって推しの妹に転生してしまったのか……。
再びじわじわと悔しさがこみ上げてきますね。
「改めて聞きますが、あなたがお兄様に手紙を出した理由は?」
「フラウちゃんの本当の気持ちを知りたかったから……! だからアシュリーに頼んで、わざとフラウちゃんの目につくように手紙を運んでもらったの。それでも気づいてもらえなかったら、宛先を間違えたふりをしてフラウちゃんに届けてもらう予定だった」
「お兄様への手紙を見た私が、嫉妬にかられてあなたに会いに行くと?」
「うん……。フラウちゃんが密かにノイン様を想ってることは原作で知ってたから……」
「つまり、私を釣ろうとしたんですね」
「だってぜんぜんお返事くれないんだもの!」
ぷくぅっと頬を膨らませるエリシャ。
いえ、あんなストーカーじみた内容で返事を期待されても困るのですが。
ともあれ──
「私はまんまとおびき出されたわけですね」
「まあ、そんな感じ。でもね……まさかこんな大変なことになっちゃうなんて」
鉄格子を指でなぞり、エリシャがため息を漏らします。
「確かに。処刑されかけていますものね」
「やだやだ! 死にたくない! リオンきゅんに会えてすらいないのに⁉」
「………」
「でも、フラウちゃんが私を助けてくれるのよね? ほら、推しかぶりもしてなかったし!」
「………」
唇に手を当てて考えます。
ヒロインがお兄様を狙っているというのが誤解だったことはわかりました。
同じ転生者として、さらには元同僚として、彼女に同情する気持ちも大いにあります。
しかし──
ひとしきり考えを巡らせたあと、私はエリシャに向かって頭を下げました。
「申し訳ありません」
「なんで謝るの⁉」
「私の目的がお兄様の命を救うことだからです。……あなたではなく」
我ながら酷なことを言っていると思います。
ですが、これだけは譲ることができません。
お兄様を最悪のルートから救う──それが私のすべて。
「原作通りにいけば、リオンはあなたに恋をする。リオン推しのあなたにとってはこのうえなく幸せな展開でしょう。それまで死ねないという気持ちもよくわかります。……けれどその先に起こることを、あなたなら知っているはず」
告発。
断罪。
お兄様の──死。
「私は何があろうとお兄様を救いたい。ですから、あなたとリオンの恋を叶えてあげるわけには……」
「ねえ待って」
と、困惑したような声が私をさえぎりました。
「フラウちゃん、何を言っているの……?」
「……何を、とは」
「だって、私がいなくなっても、たぶんノイン様の死は止められないでしょ?」
エリシャの言葉に、私のほうも困惑して口を閉じかけ──
すぐに首を振って反論します。
「あなたこそ何を言っているの? リオンがお兄様を死に追いやる原因なのは知っているでしょう。あなたに恋をして、あなたを救うために、お兄様を告発する。つまりあなたさえいなければ、リオンはそもそも恋に落ちたりしない。……違う? それとも助かりたいからそんなことを言うのですか?」
「そうじゃない! そりゃもちろん助かりたいけど……!」
「けど、何ですか?」
「フラウちゃん。もしかして……最後まで読まなかったの?」
瞬間──
頭の中が真っ白になり、私は立ち尽くしました。
何度も。
何度も、何度も何度も、シリーズを読み返しました。
この世界のことなら誰よりも知っている自信があります。
ただし例外が──ひとつ。
それがずっと胸の奥に引っかかっていました。
前世で過ごした最後の夜。
小説の最新刊を読んでいた私は、ノイン様の処刑シーンを目にして家を飛び出し、そのままこの世界にやってきました。
そう。
読みかけの本を放り出したままで。
ノイン様が死んでしまった先のことなど、読みたくなかった。読んでも意味がないと思った。
けれどこの世界に転生したとわかったとき、私はそのことをひどく後悔しました。
お兄様を救うための情報が──何かしらのヒントが続きに書いてあったかもしれない。
私は大切なピースを失ってしまったのではないか、と。
「……!」
頭上で重い扉を開け閉めする音が響き、私は我に返りました。
「どうしよう。看守が来ちゃう……!」
エリシャが青い顔をして囁きます。
長く話しすぎたのでしょう。石段を下りてくる靴音が響く中、私とエリシャは顔を見合わせました。
こうなったら……迷っている場合ではありませんね。
「フラウちゃん、私──」
「いいでしょう」
詰めていた息を吐いて、私は静かに言いました。
「何とかしてあなたがここから出られるようにします。ですから、次に会ったら教えてください。あなたが知っていることを全部」
「うん。約束する。それにノイン様を救うことは、私の目的にもつながっているもの」
「……わかりました。うまくいくかは保障できませんが」
怒り狂ったユリアスを思い出します。
彼を説得するのは容易ではないでしょう。元はと言えば私が焚きつけたのですが。
「大丈夫よ」
なぜか自信たっぷりに、笑みを浮かべたエリシャが囁きました。
「なんたってフラウちゃんは、私が二番目にだーいすきな、最高の悪役令嬢なんだから」
……あなたは本当に変わっていますね。
軽くうなずいて、看守が姿を現す前にさっと鉄格子から離れます。
「あの、フラウ様、そろそろ……。お話はお済みでしょうか?」
「ええ」
怪訝な顔の看守を振り返り、私はきっぱりと言いました。
「もうけっこうよ。こんな薄汚いところ、二度と御免だわ」




