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32.推しの名は




「せっ……せっ……せっ……せっ……」



 冷たい地下牢の中。

 しゃっくりのように繰り返す声。

 と、いきなり鉄格子を引っつかんで、



「先輩いいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」


「しっ。あまり大声を出すと看守が来ますよ」



 号泣しだす彼女に小声で諭します。私だって混乱しているのですが。

 つまり、あの。

 彼女もまた転生者で。

 前世では私の同僚だった、と。

 それで、えーーーーと……



「………田島さん、でしたっけ」


「なんですか田島って! 夏野! 夏野めぐみ! 気軽に『めぐみん☆』って呼んでねって、初めて会ったときちゃんと挨拶したのにっ」


「? そうでしたっけ」


「一度も呼ばれなかったけど!」


「でしょうね」


「それより、先輩がフラウちゃん……いや、フラウちゃんが先輩……? ん? あれ? んんん⁉」


「私も混乱しますから、あくまで私はフラウ。そしてあなたはエリシャということで話を進めましょう」


「………そ、そう、ね」



 エリシャはうなずいて、涙でぐしゃぐしゃになった顔を両手でこすりました。



「先ぱ……フラウちゃんはどうやって転生したの?」


「んん。私もよくはわからないのですが……」



 そうして私は、自分がこの世界に来たときのことを話しました。

 前世──雨宮渚の物語。

 それをこの世界で口にする日が来るなんて、思ってもみませんでしたが。



「へー。お互い前世ではこの小説のファンだったのね」


「そうなりますね」


「でも納得したかも。なんかおかしいなってずっと思ってたから。フラウちゃんの行動が原作と違うぞ? って」


「それはこちらのセリフです」



 ……今まであなたにどれだけ振り回されてきたことか。

 ヒロインの奇行については、私の転生によってこの世界に歪みが生じたことが原因かと思っていましたが。

 彼女もまた転生者であったのならば合点がいきます。



「フラウちゃんが最初から悪役令嬢モードに入っててビックリしたよ。覚醒するのって、本当は五章からだよね」


「そうですね。噛ませ犬のアシュリーがあなたにズタボロに敗北したあとですから」


「そうそう。アシュリーは原作のままだからわかりやすかったけど」


「ええ。あなたと悪だくみをしていたことも筒抜けでしたよ」


「う」



 エリシャが痛いところを突かれたように顔を引きつらせました。



「ち、違うのフラウちゃん! あれはっ……ちょっと手紙を運んでもらうのをお願いしただけ。それなのに毒なんか渡されちゃって。もちろんフラウちゃんに盛るつもりなんかぜんぜんまったく──」


「わかっていますよ。あれは私にとって好都合でした」


「………へ?」



 目をぱちくりさせるエリシャに、私はふっと微笑みます。



「あの噛ませ犬が毒を渡してくれたおかげで、あなたに罪を着せるための証拠ができましたから」


「……こわ……」


「はい。悪役令嬢ですので」


「うぇぇ」



 エリシャは一度うなだれてから、すぐ気を取り直したように鉄格子の隙間に顔を押しつけました。



「でもでも、これでわかったでしょ? 私は敵じゃないって」


「……そうでしょうか?」


「ええーーー⁉ だって同じ転生者じゃない!」


「境遇が同じだからと言って味方かどうかは別問題です。まず、大切なことを教えていただかなくては」


「大切なこと?」


「はい。とても大切なことです」



 私はうなずいて、鉄格子に挟まった彼女の顔をじっと見つめました。



「あなたの……推しは?」


「………‼」



 途端、エリシャの美しい顔が醜く引きつります。

 いえ、さっきから鉄格子に挟まっていてとても美しいとは言えない状態だったのですが。



「え。あの、それは……!」


「なんですか?」


「どうしても言わなくちゃ……だめ……?」


「だめです」


「えぇ……」


「まさか私とか言いませんよね」


「もちろんフラウちゃんは大好きよ! 原作で二番目に好き! ただ……い、一番は……」



 鉄格子に挟まったまましぼむように下降していくエリシャ。

 冷たい床に座り込み、うるうるした目でこちらを見上げてきます。



「でもさ、推しかぶりしてたらどうするの?」


「そのときは死んでいただきます」


「ひどくない⁉」


「では国外追放くらいにしておきましょう」


「いや……それもちょっと……」


「言うんですか? 言わないんですか? もう帰っていいですか?」


「言うから! 言うからぁ!」



 エリシャが頭を抱えて悶えます。

 仕方なく、私は膝を折り曲げ、首をかしげるように下から覗き込みました。

 耳たぶまで真っ赤に染まった彼女の顔。うるんだ目は斜め下のほうを向いています。



「それで?」


「私の、お、推しは」


「推しは?」


「……………………………………リオンきゅん」






 きゅん?




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