31.夏野めぐみの物語と、その終わり
今回はエリシャ(?)視点です。
あのね、こんなことを言っても信じてもらえるかわからないけど。
私、別の世界から転生してきたの。
前の世界での名前は──夏野めぐみ。
二十三歳のフリーターで、コンビニ店員。
フリーターっていうのはその世界で一番自由な職業のことで、コンビニ店員っていうのはその中でも最上級職。ま、そう思わない人もいるかもだけど。とにかく。
その日はお休みだった。
前日はお仕事で、仲のいい先輩が珍しく無断欠勤だったの。そんなことをする人じゃなかったから、何かあったんじゃないかってものすごく心配だったけど……忙しくてそれどころじゃなくなっちゃって。その夜はくたくたになって眠ったわ。最上級職って楽じゃないのよね。
それで次の日のお休みは、前から約束してた知り合いとドライブに行ったの。
あ、ドライブっていうのは車で出かけることで、車は……この世界でいうと、馬車?
さっき話したコンビニの先輩も誘ったんだけど、連絡つかないし、仕方ないから一人で待ち合わせ場所に向かったんだ。
けど、車に乗り込んで二秒で後悔した。
他にも共通の知り合いを誘うって聞いてたのに、車には運転手の男以外誰もいなかった。みんな忙しくて来られなかったんだって男は言った。みんなでわいわい話せると思ってたから、がっかりしちゃったよ。
でもせっかくここまで来ちゃったし、というか乗った途端に車も発進しちゃったし、そのまま二人でドライブに出かけたの。
最初は海でも見ようって話だったんだけど、なんか気がついたら思いっきり山の方向に向かってて──
私、馬鹿だよね。
相手は最初からそういうつもりだったんだ。
でもぜんっぜんそれに気がつかなくて、なんかおかしいなって思ったときには──もう人気のない山の中。
車を止めて、ニヤニヤしながら迫ってくる男に向かって私は言ったの。
「は? ちょ、キモ。マジ無理なんだけど」
あ、前の世界ってけっこう男も女も言葉遣いが荒いっていうか……。
でね、そしたらその男はなんて言ったと思う?
「おいおい。そんな恰好してるくせに、誘ったのはむしろそっちだろ」
って。
……なぁぁぁぁぁぁによそれ!
どんな服着たって別に自由だと思わない⁉
そりゃけっこう谷間は見えてたし、スカートもがっつり短かったけど!
そういうファッションが好きなだけで、誘ってるだのなんだの、そんなのまったく関係ないでしょ⁉
って言い返したら、なんかもう問答無用で押し倒しにかかってくるし。
ちなみにそのときの私、針みたいに鋭いピンヒールの靴を履いてたんだけど。
抵抗して揉み合ってるうちに、それが相手の股間を貫いたみたい。
……えへっ。
まあそんなこんなで、泣きながら車を飛び出して山の中を走ったの。
私、パニックになっちゃってて。頭の中ぐちゃぐちゃで、とにかく少しでも遠くに逃げようとしか考えられなくて。あの男はたぶん、私を追いかけるどころじゃなかったと思うけどね。
そのときふと浮かんだのが、今私たちがいる世界──『アストレア帝国記』だった。
最新刊を読んだばかりだったからかな。
気がつくと、その中に登場する推しキャラのことを必死に考えてた。
あの人だったら絶対に私を押し倒したりしないだろうし、何かを無理強いすることなんかないのにって。
彼とただ手を握り合って、楽しくおしゃべりできたら……すごく楽しいだろうなって。
そんなことを考えてたら余計に悲しくなって、涙がこみあげてきて止まらなくて、目の前がぼやーって見えなくなって──
で。
急に足元の地面が消えちゃったの。
スカッと宙を蹴った感じがして、「あ、やば」って思ったんだけど。
そのあとの記憶はない。
次に目が覚めたとき、私はもう夏野めぐみじゃなかった。
なんていうか、いまだに信じられないけど。
大好きな小説のヒロインになってたの。
そう。
侯爵令嬢エリシャ=カトリアーヌに。
これが私の物語。
どう? びっくりした?
……………え?
フラウちゃんも?
フラウちゃんも転生してこの世界に?
──えっ。
えええええええええぇぇぇぇぇっ⁉
すごいっ、すごいすごいすごい!
私だけじゃなかったんだ!
私ひとりじゃなかった!
わあああぁぁっ‼
ま、前の世界では、なんていう名前だったの?
……………………………え?
雨宮、渚?
それって……
せっ……
せっ……
先、輩?




