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29.私は手段を選びません




「屋敷に運ばれたとき、これがお前の服に入っていた」



 そう言って、お兄様は小指ほどの大きさのものを掲げて見せました。

 暗い色の小瓶。

 中に入っているのはわずかな液体──

 クロムラサキソウの抽出液です。



「カトリアーヌ家で見つからなかったのは幸運だったな」



 お兄様のおっしゃる通り、倒れたときにこの瓶が見つかっていたら、捕まっていたのは私のほうだったでしょう。

 そうならないためにユリアスを呼んだのです。

 ユリアスは、私とエリシャの友情が自分のせいで壊れたと思い込んでいた──

 その彼があの状況を見れば、エリシャが嫉妬のために私を殺そうとしたと思い込むはず。

 狙い通り、彼は逆上してエリシャを犯人だと決めつけました。

 一方の私は、速やかに屋敷へ運ばれて治療を受けています。

 もちろん誤って死なないように毒の量は調整してありました。それでも焼けつくような痛みと苦しみでしたが。

 エリシャを永久に追放できるなら、安い代償です。



「申し訳ありません。お兄様」



 私は深く首を垂れます。

 確かにリスクはありました。

 狂言が見破られる可能性はゼロではなく、最悪の場合、フレイムローズ家の名を貶めることになっていたでしょう。

 何より、お兄様に黙ってこのような行動を取ったことは申し開きの余地もありません。



「───なぜ」


「っ」



 ふいに顎をつかまれ、上を向かされます。

 何もかも凍りつかせてしまいそうな視線に射すくめられて、私は息を呑みました。

 もう一度、お兄様が私に問います。



「なぜ、ここまでする必要があった? 確かにカトリアーヌ嬢はお前にとってライバルだった。だが、すでに殿下の心はお前のものだったろう」


「………」


「このまま彼女が処刑されれば、カトリアーヌ家との間に遺恨を作り、お前と殿下の婚約にも傷がつくことになる」



 そのようなことは──

 ユリアスとの婚約に傷がつくことは、心の底からどうでもよいことです。

 私にとって大事なことはたったひとつ。



「手紙を」



 息を吸って、私は言いました。



「出したからです。彼女が」


「手紙?」


「はい。お兄様への手紙を」



 お兄様が眉をひそめます。

 私はにこっと笑ってみせました。



「ご心配には及びません。私が燃やしておきました」


「その手紙は──」


「恋文でした」



 ふふ。

 思い出しただけで反吐が出そうです。

 ヒロイン令嬢エリシャ=カトリアーヌ。

 物語中で誰よりも愛され、誰よりも恵まれた運命を持つ少女。

 ユリアスがいなくともこれから先、数えきれないほどの愛が約束されているというのに──

 よりによって、私のお兄様に手を出すなんて。

 あの手紙を読んだ瞬間、私は決めたのです。

 あなたにはこの舞台を降りてもらうと。



『フラウちゃんには好きな人と幸せになってほしい』



 それなのに彼女ときたら、私に向かって無邪気な言葉を吐き続けて。

 私は永遠に──好きな人と結ばれることはないのに。



「絶対に……許すわけにはいかなかったんです」


「……フラウ」


「お兄様は私だけのものです。たとえどんな手段を使ってでも、私、は……」


「フラウ!」



 呼吸が乱れ、吐き気がしました。

 視界がぐるぐると回って──

 気がつけば、お兄様の腕の中にいました。



「落ち着け。フラウ」



 まだ体内に毒が残っているのでしょう。

 背中をさすっていただきながら、ゆっくりと息を整えます。



「……申し訳、ありません」


「謝罪はいい。それよりも、誓え」



 耳元でお兄様がきっぱりと告げました。



「お前の命は私のものだ。自分の身を危険に晒すような真似は二度とするな」


「………………はい」



 呼吸が落ち着いてくると、そっとベッドに横たえられました。

 お兄様は立ち上がり、去り際にこちらを振り返って、



「彼女が」



 思い出したように呟きます。



「お前に会いたいと言っているそうだ」


「………?」



 この場合、彼女といえば──

 一人しかいません。



「会って、お前が最後にした質問に答えたい、と」




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