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26.鉄のような味と匂いがしました




「このケーキは昨日から仕込みをして作ったの。あ、こっちのクッキーも。たくさん食べてね!」



 先ほどまでの真剣な表情はどこへやら、エリシャはハイテンションでまくしたてます。



「ああっ、ついに待ちに待ったフラウちゃんとのお茶会なのね……! 幸せすぎてもう泣きそぅ……!」



 ずらりとテーブルを埋め尽くす大量の焼き菓子。そのすべてが彼女自身の手によって作られたものだそうです。

 肝心のお茶についてもメイドを一切使わず、エリシャが席を立って自ら淹れてくれました。



「今日は紅茶じゃなくてハーブティーにしてみたの。フラウちゃんっていつも忙しそうじゃない? 少しでもリラックスしてもらえたらと思って……」



 おすすめの香草をありったけブレンドしたというそのお茶は今、私の前であたたかな湯気を上げています。



「………」



 もっと、気分の良いものだと思っていました。

 ユリアスからプロポーズされたときはそれなりに達成感がありました。原作の王道ルートである皇太子の愛を勝ち取り、ヒロインであるエリシャを敗北させることができたのですから。

 でも。

 今はそれほど──うれしくありません。

 ただ小さなささくれのような苛立ちがあるだけです。



『フラウちゃんは本当に……ユリアス様のことが好きなの?』


『私はフラウちゃんに後悔してほしくない。少なくとも、自分の気持ちをごまかしたまま結婚してほしくないの』



 エリシャの言葉が甦り、私はひっそりと奥歯を噛みしめます。



「?」



 そのとき、部屋のドアがノックされ、エリシャがきょとんとしました。メイドの呼ぶ声がします。



「変ね。二人きりにしてほしいってお願いしてあったんだけど……」



 ぶつぶつ言いながら戸口へ向かうエリシャ。

 私は手元のカップを見下ろします。湯気の落ち着いてきたハーブティーの表面は、淡い黄緑色に輝いていました。

 カップを取り上げ、一口飲みます。ハーブの強い香りが鼻を抜け、甘味と苦みが広がりながら喉を通って落ちていきます。



「ね、ねえ、フラウちゃん」



 テーブルに戻って来たエリシャが慌てたように言いました。



「今からお客様がいらっしゃるそうよ。私は誰も呼んでいないのに……」


「私が呼びました」



 カップをソーサーに戻し、私はにこりとして言います。



「えっ、フラウちゃんが?」


「はい。スペシャルゲストを」


「すぺしゃる……?」


「それよりも」



 ──それよりも。

 膝の上で両手を重ね、じっとエリシャを見つめて、



「どうしてお兄様に手紙を送ったのですか?」



 真顔で尋ねます。

 これまで演じてきた仮面を脱ぎ捨て、完全に素に戻ります。

 苛立ちも、嫌悪も、そして殺意も。

 すべて包み隠すことなく彼女を睨み据えます。



「え……?」



 エリシャがたじろいで息を呑むのがわかりました。



「ど、どうしたの? そんな、急に……」


「答えたくないならかまいません」



 冷たく吐き捨てながら、再びカップを手に取ろうとして──

 自分の指が震えていることに気がつきます。

 それと同時に、凄まじい痛みと吐き気が胃の底から突き上げてきました。

 テーブルに両手をつき、えずきます。

 逆流してきたハーブティーが口からあふれてテーブルクロスを濡らし、無意識に手で払ったカップや焼き菓子の皿が床に落ちて砕けました。



「フラウちゃん────!」



 エリシャの悲鳴。

 耳をふさがれたようにひどく遠く響きます。

 視界がぐらりと揺れたかと思うと、落下するように床に倒れ込みました。

 震えながら、また吐きます。鉄のような味と匂いがします。

 絨毯に赤黒いシミが広がっていくのが見えました。



「何事だ!」



 扉が激しい音を立てて開かれ、部屋に飛び込んできたのはユリアスでした。

 床に倒れた私に気づくと、真っ先に駆け寄ってきて抱き上げます。



「フラウ! しっかりしろ!」



 耳元で叫ぶ声。

 しかし、朦朧とする意識の中ではぼんやりとしか聞き取れません。

 ひゅーと細く息を吸いながら薄目を開けると、そこには激しい怒りに燃える黄金の瞳がありました。



「エリシャ、そなた何ということを……‼」


「違います!」



 泣き崩れるエリシャの声。



「違います、ユリアス様! 私、毒なんか──」



 激しく言い争う二人。

 駆けつける近衛騎士たち。

 焼けつくような痛みと苦しみ。

 すべてが暗い渦に呑まれていき、私の意識はぷつりと途切れました。




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