25.好きです、嘘ですけれど
宣言するように言い放つエリシャを、私は無言で見返しました。
「私ね、あなたに嫉妬していないと言ったら噓になる。あの夜あなたとユリアス様が一緒にいるのを見たとき、正直……悔しかった。だけど自分が選ばれなかったのが悔しくて、二人の仲を引き裂こうとしているわけじゃないの」
澄んだ声で彼女は続けます。
「ただ、教えてほしい。フラウちゃんは本当に……ユリアス様のことが好きなの?」
「……それはどういう意味ですか?」
「そのままの意味よ」
即答するエリシャ。
ふと、自分がテーブルの下で拳を固く握りしめていることに気がつきました。彼女から視線をそらさないまま、強ばった指を一本ずつほどいて伸ばし、そろえて膝に置き直します。
──私は。
今、とてつもなくイラついております。
「ずっと気になっていたの。フラウちゃんがユリアス様とお話するときの表情とか、仕草とか。恋してる女の子って感じじゃないんだもの。もちろん恋愛が結婚のすべてじゃないわ。でもやっぱり、フラウちゃんには好きな人と幸せになってほしい」
慈愛に満ちたその顔。
素直で淀みのないその声。
自分を正しいと信じて疑わない、そのまっすぐな瞳。
「それにね、こんなことを言うのは不敬かもしれないけれど……ユリアス様はまだ結婚するには早いんじゃないかしら。あの方は生まれてすぐにお母様を失って、それはすごくお寂しかったと思う。だけどその寂しさをフラウちゃんで埋めようとするのは……間違ってると思うの」
屈託のないその言葉。
それらすべてが、正統ヒロインそのもので。
「私はフラウちゃんに後悔してほしくない。少なくとも、自分の気持ちをごまかしたまま結婚してほしくないの」
そこまで言って、エリシャはようやく口を閉じました。
あとに訪れた沈黙はそれなりに長いものでした。
コチコチと鳴る柱時計の音が少しずつ大きくなり、やがて耳につくほどに。
私はその柱時計を一瞥し、それからエリシャに向かって言いました。
「ありがとうございます」
胸に手を当ててそっと瞼を伏せます。
「私は感情表現が下手なのかもしれません。こんなふうにエリシャさんを心配させてしまうなんて……。でも、安心してください。私はユリアス様を好いています」
「……本当に?」
驚いたようにエリシャが声を上げました。
「あ、あのね。私、もしかしてフラウちゃんには他に好きな人が──」
「確かに」
前のめりになって言いかけるエリシャを、私はやさしく微笑みながらさえぎりました。
「あなたの言う通り、殿下に対する思いは恋愛だけではないのでしょう。皇太子妃になることを名誉に思う気持ちは当然ありますし、フレイムローズ家の、ひいてはお兄様の期待に応えたいと思ったことも否定はいたしません。……でも」
「でも?」
「殿下のことが好きです。それは本当です」
…………………もちろん、嘘ですけれど。
エリシャの整った顔が、かすかなひびが入ったように歪みました。あの夜と同じように。
彼女は私の嘘を見抜いているのかもしれません。
少なくとも何かしらの違和感を抱いていることは確実です。だからこんな話をしたのでしょう。
しかし、それが何だというのでしょうか?
正しい言葉を並べ、麗しい慈愛を注いだところで、私の意志を曲げることはできません。
彼女の言う『幸せ』は、私の『幸せ』とは違います。
私の幸福。それはお兄様のために生きること。
お兄様のためなら好きでもない相手と添うことも厭いません。いいえ。厭うどころか自ら望んでそうしているのです。
愛されることしか知らないヒロインには──
叶わない恋のために生きることなど、想像もつかないでしょうけれど。
「………そう」
やがてぽつりと呟いたエリシャは、自分に言い聞かせるように何度もうなずきました。
「フラウちゃんがユリアス様のことを好きなら、それでいいの。もう何も言わない。二人の婚約を心からお祝いするわ」
そう言って明るく笑います。
何事もなかったように。
「さ、お茶会にしましょ! 待ってて、フラウちゃんのためにとびっきりおいしいお茶を淹れちゃうんだから!」




