24. 大切なお話があります
エリシャと顔を合わせるのは、あの夜以来。
どんな気まずい空気になるかと思っていましたが──
「フラウちゃあああああああああああああああん! 会いたかったああああああああああああああああっ」
……完全に取り越し苦労だったようですね。
カトリアーヌ邸。
その門前で馬車を降りた瞬間に抱きつかれ、挨拶のキスをひたすら浴びせられたあと、なんとかエリシャの腕から脱出しました。
くしゃくしゃになった銀髪を手早く整え、さっと会釈いたします。
「ごきげんよう、エリシャさん」
「ごきげんよう、フラウちゃん! 今日は待ちに待った二人きりのお茶会ね。楽しみで楽しみで二日くらい眠れなかったわ!」
にぱーと太陽のような笑顔のエリシャ。
相変わらずキャラ崩壊しているものの、髪の色艶、顔の造形、完璧なプロポーション。ヒロイン補正の後光も今日はひときわ輝いているような気がします。
先の皇太子争奪戦において、よく勝てたものだと思ってしまいますね。
……その後に大きな問題が発生してしまったのですが。
暖炉で燃やした紫の封筒のことを、私は苦々しく思い出します。
「エリシャさん」
屋敷に向かって陽気にステップを踏む後ろ姿に呼びかけると、
「はーーーーい!」
長い藤色の髪をなびかせて振り返るエリシャ。
そんな彼女をまっすぐに見つめ、私は言いました。
「お茶会の前に大切なお話があります」
「大切なお話?」
「あなたもきっと、私に話したいことがあるでしょう?」
「…………ん。そう、ね」
小さく呟いて、下を向き──また顔を上げて。
「さあ、どうぞ中に入って。フラウちゃんが来てくれて……本当にうれしいの」
そう言ったエリシャの顔は、心なしか少しだけ泣きそうに見えました。
色とりどりの花で飾りつけられた部屋。
おいしそうなお菓子が満載されたテーブルを挟んだソファに、私とエリシャは向かい合って座りました。
「あのね」
落ち着かない様子で髪をいじりながらエリシャが言います。
「今日は、フラウちゃん以外のお客様は呼んでないの。侍女たちにも、私が声をかけるまではこの部屋に入らないように言ってあるから……その……」
「ええ」
つまり、当分は私たち二人きり。
「それで、フラウちゃんのお話って?」
エリシャに水を向けられた私は小さくうなずいて、
「皇太子殿下から求婚されました」
告げます。
それを聞いたエリシャは、いじっていた髪を握りしめたまま固まりました。
「ユリアス様が……フラウちゃんに……?」
「はい」
「それは、いつ?」
「昨日のことです」
「そう、なんだ……」
呆然と呟くエリシャに、私はかすかな憐れみを覚えました。
『フラウ。私と結婚してほしい』
突然訪ねてきたユリアスが私の前にひざまずいたとき、私はそれほど驚きませんでした。そろそろ頃合いだと思っていましたので。
本来ならエリシャが受けるはずだった求婚。
原作で、彼女はこのプロポーズを断ります。「まだユリアス様のことをよく知らないから」という言い分にプライドを傷つけられたユリアスは、一度エリシャのそばを離れます。紆余曲折を経たのち二人は再び接近するのですが──
もう、そのようなシナリオはどこにもありません。
物語は変わったのです。
……いえ。
私が物語を改変させていただきました。
「皇帝陛下へのご報告が済んでいないので、まだ正式な婚約ではないですけれど……」
そっと手袋を外し、左手の薬指にはめられた婚約指輪を見下ろしながら続けます。
「その前に、エリシャさんには話しておきたかったので」
「──フラウちゃん」
と。
先ほどまでと違うはっきりした声で呼ばれ、私は顔を上げました。
こちらを見るエリシャはもはや呆然としていませんでした。
かといって、ニコニコ笑っていたわけでもありません。
今の彼女は何か吹っ切れたような表情で前を向き、力強い瞳で私を見つめていました。
「私もあなたに話しておきたいことがある」
「………なんでしょう」
気圧されていた自分に気がつき、私は背筋を伸ばしました。
エリシャと私。
ヒロインと悪役令嬢──
その二人が互いに顔を突き合わせ、真正面から見つめ合います。
「フラウちゃん、私は」
そして、彼女は言いました。
「あなたを止めないといけない」




