22.友達はいません寂しくもありません
どさっ!
「お嬢様、こちらが本日届いた招待状です」
ミアが、手押し車で運んできた大量の封筒をテーブルに積み上げます。
……ますます増えましたね。
もはや帝国中の貴族から届いているのではないでしょうか。
今日も手伝わせるために呼び出したリオンが、私の隣で「きゅぅ」と変な鳴き声を上げます。
「こちらは皇太子殿下からでございます」
金箔の縁取りがついた封筒を別で渡され、私は軽く眺めてからそれを脇に置きました。
ユリアスは毎日手紙を寄越しています。相変わらず甘ったるいセリフばかりで返事を出すのがつらくなってきましたが、無事に婚約が済むまで攻略完了とは言えませんからね。
実際に返事を書くのはミアか弟ですし……。
「あれ?」
と、職人のような手さばきで手紙を仕分けていたリオンが動きを止めました。
「どうしたの?」
「姉様。あれが混ざっていませんよ」
「あれ?」
「ほら、例の、紫の」
そういえば。
少し前まで届く手紙の一割ほどは紫色の封筒でしたが、王宮舞踏会があった日からその色彩を見た覚えがありません。
……まあ、あんなことがあった後ですし。
エリシャによるストーカー行為もこれで終わったということでしょうか。
「仕事が減ってよかったわね」
「全体の数はむしろ増えているような気がするのですが……」
「わかっているなら手を止めないでくれる?」
「でも、なんか」
ぽわぽわの巻き毛に包まれた頭をくりっとかしげて、リオンは手紙の山を見つめます。
「あの紫の手紙。ないならないで、ちょっと寂しいですね」
「……働きすぎて頭がおかしくなったのかしら?」
「だってあんなに手紙を出すくらい姉様のことを慕っていたんでしょう? その、ええと、お友達は」
「………」
そうですね。
本当に──理解に苦しむほどに。
『私をあなたの、一番のお友達にしてください!』
エリシャはどうしてあんなことを言ったのでしょうか?
あんなふうにキラキラした目で。熱っぽい声で。
『つまり、私たちはもうお友達同士ということですよね⁉』
原作には一文字も書かれていなかったことを。
いいえ。
いずれにせよ、
「……友達なんて」
ヒロインと悪役令嬢が友達になるなんて、最初から無理な話だったのです。
それに、そもそも友達とは何でしょうか?
前世も今世もそう呼べるような人がいませんでしたので、正直よくわかりません。友達がいないことで特に不便を感じたこともありませんし。
だから、寂しいというのも。
……よくわかりません。
「ああ。もう出かけないと」
柱時計を見て、私はさっと席を立ちました。
「夕方には戻るから、仕分けをして返事も書いておいてくれるかしら」
「僕一人で⁉」
「悪いけど、今日はお茶会が三件入っているのよ。ミアにも同行してもらうから、代筆を頼めるのはあなたしかいないの。あなたなら気の利いた文章が書けるでしょう?」
「さ、さすがにこの量は……」
「お願い。大好きよ。リオン」
「…………~~~~~~~っ。もう、姉様は!」
顔を真っ赤にして叫ぶ弟を残し、ミアと連れだって廊下に出ます。
お兄様が野望を叶えるその日まで、気を緩めるつもりは一ミリたりともありません。少しでも支えになれるよう、有力貴族たちとの親交を深めていくつもりです。
そう思い早足に廊下を進んでいると、反対側から侍従が歩いてきました。
その手に携えたものを見て足が止まります。
「あなた」
声をかけると、侍従が恭しく一礼しました。
「はい、フラウお嬢様」
「それは私宛の手紙? まだ残っていたの?」
「はぁ……いえ、こちらは」
やや困惑したようにかぶりを振り、
「お嬢様宛ではございません。お館様への書簡でございます」
紫色の封筒を示してそう答えました。
「姉様?」
真っ青な顔で戻って来た私を見て、リオンが目を丸くします。
そんな弟には目もくれず、部屋の奥にある暖炉まで一直線に突き進むと、封筒と便箋を投げ入れました。この季節に火は入っていませんので、壁掛けの燭台をつかんで直接火をくべます。
淡い紫色の手紙は端から燃え上がり、もだえるように歪みました。
甘かった。
私は彼女を──ヒロインを甘く見ていた。
原作ルートに対する思い込みのせいで、次は他のカップリング対象に向かうものとばかり考えていました。メインルートである皇太子以外にも、多くの男性キャラが彼女を待っているのですから。
まさか、それ以外の人に向かうなんて。
よりにもよって──
「…………リオン」
暖炉の中の消し炭を見下ろしながら、私は震える息を吐きだしました。
「今すぐ手紙を書いてくれるかしら」
「……どなた宛ですか?」
「エリシャ」
鋭く、その名を告げます。
「エリシャ=カトリアーヌ」




