<外伝>ハッピーエンドの先でもう一度あなたを見つける エピローグ
「処刑台にお兄様がいて……」
くり返し見る夢。
「人々が叫んでいて……」
前々世のフラウがその目に焼きつけた光景。
「私は裸足で、雪が降っていて……」
魂に刻まれた、私の絶望。
「その夢を見ること自体は、もう平気なんです」
笑って首を振ります。
目が覚めれば、隣にお兄様がいる。
夢の中で『これは夢だ』と気づくこともあります。
それに、一番見たくない場面はフィルが両目をふさいでくれます。おそらく前々世で実際にそうしてくれたのでしょう。
「ただ──」
ただ。
「………もう『次』はない」
口にすると、体が震えました。
「わかっています。それが当たり前だと」
けれど、私は知ってしまった。
時間と世界を行き来することを。
前々世の記憶を『物語』として保存し、生まれ変わってやり直すことを。
たとえそれが一度きりの奇跡だったとしても、知る前の私に戻ることは──できない。
「夢から醒めると、自分が空っぽになってしまったような気がするんです。私はもう何も知らない。これから先のことを、何も」
ハッピーエンドの先を知ることはできない。
「未来でお兄様に何かあっても、何もできない。できない……かもしれない」
フェリクスも、レオーネも。
必要以上に疑ってしまう。
「処刑を回避しようとしていたときは、自分の中にもっと確かなものがありました。芯のようなものが……。『物語』の記憶がそうさせていたのだと、今はわかります。でも、私はその記憶を追い越した」
追い越して──
普通の少女に戻ってしまった。
突然、暗闇の中に放り出されるように。
「………………………怖い」
無意識に声がこぼれました。
はっとして瞬くと、お兄様と目が合います。
思わず紅い瞳から目を逸らし、
「ですから……その……自分が……情けなくなってしまって……」
苦笑しながら、
「おかしいですよね。こんな」
星空を見上げます。
「どうしようもないこ、とで」
ふいにその星が見えなくなりました。
ぎゅ、と抱きしめられて。
「フラウ」
耳の後ろで声がしました。
「……はい」
「九歳のとき、一か月も寝込んだのを覚えているか?」
「? 私ですか?」
「ああ」
「覚えて……ないです」
「お前が熱を出すことはよくあったが、あのときが一番ひどかった」
コート越しにお兄様の心臓の音が聞こえました。
ゆっくりと脈打つその音に耳を澄ませます。
「その間、私はずっと怖かった」
「怖い? お兄様が?」
「……ああ」
少しかすれたお兄様の声。
「あのとき、『お前が死んだらもうこの世界にいても仕方がない』と思った」
「………」
「崖の淵に立っているような感覚だった」
フレイムローズ邸の部屋を思い出します。
小さいころ、熱にうなされながら目を開けると、枕元にいつも誰かがいました。それは母だったり、ばあやだったり、それから……。
「お前の感じる恐怖はなんとなくわかる。同じではないが、わかると思う」
「………今も」
「ん?」
「怖いと感じることはありますか?」
「そうだな。時々。だが、前ほどではない」
「前ほど……怖くない?」
「お前のおかげだ」
「?」
少しだけ体を離し、お兄様は私の顔を見て微笑みます。
「お前が教えてくれた。たとえ肉体を失っても、魂は消えないのだと」
私が?
私が──
転生──することで?
「生まれ変わったら」
私の瞼ににじんだ涙をそっとぬぐい、
「その先でまたお前を見つける。必ず」
お兄様は穏やかに言いました。
「そう決めたんだ」
「………」
「だから、前ほどはもう怖くない」
「───っ」
とっさにお兄様の手を取り、私はその薬指に口づけました。
一年前、お兄様がそうしてくださったように。
「私も見つけます」
「!」
「もう一度生まれ変わっても、必ずお兄様を見つけます」
「……お前のほうが得意そうだ」
「経験者ですから」
「ああ。二人で探せばすぐに見つかる」
見つめ合い、笑みがこぼれます。
お兄様のこめかみを両手で挟み──
お兄様が私の背中をやさしく持ち上げて。
口づけを交わす私たちを、星々の光と、降りはじめた雪が包みました。
❄ ❄ ❄ ❄ ❄
今でも冬の夢を見ます。
そこではいつも雪の匂いがします。
私の魂がその絶望を忘れることはないでしょう。
それと同じくらい、この幸せを忘れることもないでしょう。
この先、どんな喜びや、どんな悲しみが待っているかはわかりません。
けれど、どんな未来にするか『約束』することはできます。
これからも迷ったり、悩んだり、間違ったりするでしょう。
すれ違い、傷つき、傷つけることだってあるかもしれません。
でも。
この『約束』が胸にある限り、生きていける。
生き抜いていける。
私の最後の最後の一ページ、一行まで。
そう思えるのです。




