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<外伝>ハッピーエンドの先でもう一度あなたを見つける 6




 色とりどりのガラス入り蝋燭の明かり。

 複雑な形の木管楽器が奏でる音楽。

 スパイスが香る熱々の蜂蜜酒。

 それらを楽しむ見物客でにぎわう広場を、私とお兄様はゆっくりと歩きました。



「きれい……」



 露店のアクセサリーに目が留まります。七色のモザイクガラスのブローチ。



「店主、これを」



 見とれていると、お兄様がさっと硬貨を出して買ってくださいました。



「あ、ありがとうございます」


「彩りの美しい品が多くて楽しいな。王家の瞳をモチーフにしているのだろう」



 カラフルな光があちこちで輝き、おかげで私の瞳も目立たずに済んでいます。



「あ、見てください。串焼きの屋台が出ていますよ」


「いい匂いがするな」



 お兄様と顔を見合わせます。

 公爵令嬢だった頃ならば、買い食いなんてはしたないと思いとどまるところですが……。



「お兄様。そこの席を取っておいてくださいますか?」



 今、国王ですし。

 あと、お忍びですし。



「いらっしゃい! ちょうど焼きあがったところだよ」


「では、こちらとこちら。二本ずつ包んでくださいますか?」


「あいよ! 酢漬けもおまけでつけとくからね」


「ご親切にありがとう、おじさま」


「……おじさま⁉ まいったなぁ。もう一本ずつおまけだ!」



 串焼きの包みを受け取ると、お兄様が待っている野外テーブルに小走りで戻ります。



「お兄様、他に食べたいものはありますか? 飲み物も買わないと」


「なんだか……手慣れているな」



 と、感心した様子のお兄様。



「やはり前世の知識か?」


「そうですね。そうかもしれません、けど」



 マフラーの中に顔を埋めながらもそもそ呟きます。



「好きな人とお祭りに来るのは……初めてです」



 言ってすぐさま飲み物の屋台に走りました。

 わ、わ、私。

 何を言ってるんでしょう⁉



「お嬢ちゃん、大丈夫か?」



 道端にしゃがんでぶつぶつ言っているところを露天商に心配され、すっと立ち上がります。

 いえ。もう結婚もしてますし。

 別に恥ずかしいことなんてありません。うん。大丈夫。

 しっかりしなさい、フラウ=フォルセイン。

 お兄様に聞きたいことも、話したいこともあるのでしょう?



「お嬢ちゃん?」


「……蜂蜜酒をください。二つ」


「あー、ああ。銅貨四枚だよ」


「どうも」



 温かい蜂蜜酒の入ったジョッキを両手に持ち、毅然とした足取りでテーブルに戻りました。



「ありがとう。フラウ」


「あの、お兄様」


「ん?」



 お兄様が微笑んで首を傾けます。



「温室でレオーネと何を話していたのですか……?」



 その微笑みがわずかにこわばるのがわかりました。

 心臓が嫌な音をたてます。

 私には言えないような話……?



「いや」



 心を読んだように、お兄様が首を振りました。



「お前を不安にさせるようなことじゃない。そうだな、食べながら話そう。冷めてしまう前に」



 そう言われて渋々うなずきます。

 串焼きの包みを開くと、香ばしい湯気が上がりました。

 厚切りの牛串。羊串。それと、つくねに似たひき肉の団子串。

 つくねに似た串を取って一口齧ると、中から熱い肉汁とトロトロのチーズがあふれてきました。慌ててはふはふと口を動かします。



「これは……」



 お兄様も感動したように目を見開きました。



「おいしいな」


「おいしいですね」



 肉の油を蜂蜜酒で流すと、ほぉっと胃の中が温かくなります。



「それで、レオーネとどんな相談を?」


「ん……できれば秘密にしておきたいと言われたが、不安にさせるよりはいいだろう」


「………」


「実は」


「……はい」


「パーティーの相談をしていた」


「パーティー?」


「お前の誕生祝いだ」


「…………………えっ?」



 驚いて声がひっくり返ります。



「先王の喪が明けたので、去年より盛大に祝いたいと提案があったんだ。王家全員が出席するのはもちろん、アシュリーやリオン、親しい帝国貴族、連合国のアンバー夫妻も招いて王宮舞踏会を開くことになっている。内緒にしてお前を驚かせたいのだ、と」



 串を持ったまま固まります。

 …………えーと。

 それって。

 サプライズパーティ―?



「お兄様」


「ん?」


「念のため確認ですが」


「ああ」


「その計画を立てたのは本当にレオーネですか?」


「……鋭いな」



 お兄様が目を細めます。



「内容を考えたのはエリシャ=カトリアーヌ嬢だ」



 力が抜けてテーブルに崩れ落ちます。

 そんな気がしました……。



「だが、発起人はレオーネ殿とフェリクス殿だ。彼らがまず盛大なパーティーを開きたいと言い、エリシャ嬢と私が相談に乗った」


「そう……だったのですか。いつの間にそんなことを」



 そろそろと身を起こし、ふいにいたたまれなさに襲われます。



「私は、彼らから玉座を奪ったのに」


「……フラウ」


「フェリクスとレオーネは、王家の中でも特に努力を重ねてきた二人です。恨まれても仕方ない……と思っていました。いえ、今も」


「お前を選んだのは神鳥だ。彼らには信仰がある」


「でも、私たちは神鳥派信者ですらなかったのですよ」


「………」


「フェリクスと出かけると聞いて、本当は私、お兄様が心配だった」


「私のことは心配いらない」


「心配します!」



 そのとき、近くにいた酔客がよろけて倒れ掛かってきました。

 お兄様がかばうように私を抱き寄せます。

 ついさっきまで私がいた場所に倒れ込んだ酔客は、ふらふらと頭を振って起き上がり、仲間に引きずられていきました。



「少し静かな場所に移動しよう」



 お兄様が落ち着いた声で言い、私は胸の中で小さくうなずきました。

 食事を終え、私たちは町はずれの丘に向かいました。

 坂を登るにつれて祭りの喧騒が遠のいていきます。



「遠乗りに出たとき、フェリクス殿が言っていた」


「………」


「『なぜ自分は神鳥に選ばれなかったのだろう? そう自問することがある。それから、私は姪御に嫉妬しているだろうか? と』」


「………」


「『おそらく、している』」


「………」


「『そして、それと同じくらい感謝もしている』」


「…………感謝?」



 呆然と尋ねる私に、お兄様はうなずきます。



「《霊獣》の調教師になるのが彼のひそかな夢だったらしい」



 ────夢。



「『フラウが王が選ばれて、私はようやく大きな荷物を降ろせた。今ならば、若いころの夢を叶えられる気がする』……と」



 私にとって、夢は。

 お兄様と結ばれること。

 それを叶えた──今。

 私は。



「お兄様」



 丘の上で立ち止まり、



「話したいことがあります」


「ああ」


「……でも、うまく話せないかもしれません」


「うまく話す必要なんてない」



 大きく息を吸います。

 頭上には冷たく澄み渡った夜空。満点の星々。

 空に向かって白い息をふわりと吐き、星の瞬きを閉じ込めるように目を瞑りました。



「ときどき、夢を見ます」



 何度も。

 何度も。



「同じ夢を」



 春も。

 夏も。

 秋も。

 そして冬も──


 そこではいつも雪の匂いがします。





「お兄様が死ぬ夢です」




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