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<外伝>ハッピーエンドの先でもう一度あなたを見つける 5




 この一年、お兄様といろんなことを話してきたつもりでした。

 でも、きっと、どこかで恐れていた。

 どこまで近づいていい?

 どこまで自分をさらけ出していいの?

 生まれ変わっても焦がれ続けてきた人。その人が、すぐ目の前にいて。

 失望されたくない。嫌われたくないと、頭の隅で考えてしまった。心の奥に踏み込むよりも「いい子」でいるほうがずっと易しくて。

 本当は──

 もっと──

 知りたかったし、知ってほしかったのに。



「ミアっ」



 あわただしく自室の扉を開け、



「お兄様は」



 そこに広がる光景に立ち止まりました。



「どちら、に……?」


「フラウ様。お待ちしておりました」



 侍女頭のミアが背筋を伸ばして私を迎えます。

 テーブルには真新しい衣装箱がいくつも並べられていました。



「お召替えのお時間でございます」


「ええと、これは……?」



 今夜は特別な会食でもあったでしょうか。



「ノイン様からの贈り物でございます」


「お兄様から?」


「はい。今夜のためにご用意されたそうです」



 それはすぐにでも着替えなければなりませんね。

 一体どんな衣装でしょうか……?

 ドキドキしながら鏡の前に立ち、てきぱき動くミアや侍女たちにされるがままになります。



「……!」



 着替え終わってみて驚きました。

 鏡の映っているのは女王でも、公爵令嬢でもなく──



「これは……平服?」



 淡いピンクベージュのワンピースに、真っ白な厚手のコートとマフラー。革製の手袋とブーツ。編んでまとめた銀髪にかぶせられたふわふわの白い帽子。

 戸惑いながらコートの袖口を見ると、見入ってしまうほど丁寧な縫製でした。生地も上等なもの。あたたかくて、体を締めつけず、見た目よりずっと軽い。

 即位してからフォルセイン王家の紋章入りドレスやガウンばかり着ていましたが、やはり平服は機能的で快適ですね。前世での暮らしを思い出します。

 それに、何より。

 お兄様からの……。



「フラウ様」



 ぽーっと服に見とれていると、ミアが私の背中に触れました。



「こちらもお預かりしています」



 ミアから手渡された二つ折りの手紙。

 開くと、中には一言だけ書かれていました。



『厩舎で』



 はっとしてミアを見ます。

 彼女はそんな私を慈しむように見つめ返し、顔を寄せてささやきました。



「いってらっしゃいませ、お嬢様」







 厩舎に着くと、お兄様が大鷲に似た騎乗用の《霊獣》を引き出しているところでした。

 肩で息をしている私を振り返り、



「走ってきたのか?」



 少し驚いたように言います。



「あのっ……お兄様……っ。お洋服、ありがとうございます」


「うん。よく似合ってる」



 息を整えながら改めて見ると、お兄様もシャツにジャケット、シンプルな黒のコートを身に着けていらっしゃいます。

 初めて見るお兄様の平服姿。

 ……いけない。よだれが垂れてしまうところでした。



「城下町を歩いてみたいと言っていただろう」


「! それでこの服を?」


「王国に来てちょうど一年の夜だ。何か記念になることをと思ってな」



 言いながらぱっと《霊獣》にまたがり、私に向かって手を差し出します。



「おいで。フラウ」



 一瞬、転生して初めての王宮パーティーを思い出しました。

 手を取った瞬間、宙に浮くように軽々と引き上げられます。

 お兄様の口笛によって《霊獣》が大きく翼を広げ、立派な鉤爪の生えた足で地を蹴って飛び立ちました。



「きゃっ」



 今度こそ本当に浮き上がり、あわてている私をお兄様の腕がしっかりと抱き寄せます。



「大丈夫だ。離したりしない」


「い、いつのまに……《霊獣》に乗るようになったのですか?」


「フェリクス殿が教えてくれた」


「難しいと聞きましたが」


「簡単ではなかったな。いい教官のおかげだ」



 そういえば、このところフェリクスと何度も遠乗りに行っていましたね。馬で出かけているとばかり……。



「これならすぐに着く」



 山頂にある王城から飛び上がると、夕焼けの中を滑空し、一度羽ばたくごとにぐんと麓が近づきます。

 お兄様の言うとおり、あっという間に城下町の《霊獣》降下用の広場に降り立ちました。

 事務所で《霊獣》の預かり証を受け取る際、管理人が何気なしに私の顔を見たのであわてて帽子を深くかぶりました。女王が降りてきたと知れたら騒ぎになるでしょう。



「バレずにこのままいけるでしょうか……?」



 お兄様の背中に隠れながら呟きます。



「大通りに出れば人混みに紛れる。今夜は祭りだからな」


「祭り?」


「《邂逅祭》だ」



 そうでした。

 神鳥と初代国王が出会った日を祝う──《邂逅祭》。

 宮廷で祭祀が行われるのは当日のみですが、城下町では前後二週間ほどお祭りが続きます。実際に見るのは初めてですが。



「寒くないか?」


「大丈夫です、お兄様」



 まだ本格的な降雪はありませんが、通りにはうっすらと雪が積もっています。

 町の中心に向かうにつれて賑やかになり、《邂逅祭》を祝う飾りつけも増えてきました。中でも目を引くのは、露店の棚や民家の軒先に飾られた色とりどりのガラスに入った蝋燭です。光が建物の壁や人々の衣服、屋根の雪などに反射して、七色にキラキラと輝いています。



「クリスマスみたい……」



 ふとこぼれた言葉に、お兄様が不思議そうな顔をします。



「あっ、前世のお祭りです」


「前世でも似た祭りがあったのだな。どんなことをするんだ?」


「ええと、木に飾りつけをしたり、ケーキを食べたり」


「ふむ」


「す、好きな人と過ごしたり」


「確かに似ているな」


「はい」


「そういえば、前世のことはまだあまり聞いたことがなかった」


「そうでしたね」



 この一年は慌ただしくて、こんなふうにのんびり散策する暇もありませんでしたし。

 前世についてもっと聞かれるかと思いましたが、お兄様はそれきり何も言いませんでした。

 あまり興味がなかったでしょうか……?



「………」



 内心では転生について薄気味悪いと思っていたり……?

 無言で歩いているとだんだん不安になり、ネガティブな方向に思考が傾きかけたとき、



「前世では」



 お兄様が前を向いたままぽつりと言いました。



「恋人はいたのか?」


「……い、いるわけないじゃないですかッ‼」



 思わず絶叫してしまい、周囲の人々が一斉にこちらを振り返りました。



「すみません……!」


「………すまない、フラウ」


「私こそ……叫んだりして」



 二人とも小声になり、足早に歩を進めます。



「フラウ」


「はい」


「聞くべきではなかった、と思う。許してくれ」


「そんなことありません」



 即座に否定し、それからあわてて言い添えます。



「ほ、本当に、あの、恋人とかできるタイプじゃぜんぜんなかったですし。あと、お兄様が聞いてはいけないことなんて何も──」


「だが、聞かずにはいられなかった」



 そう言って振り返ったお兄様の顔は、今まで見たことがない表情をしていて。

 そのとき──

 思いました。


 今夜ならきっと話せる、と。




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