<外伝>ハッピーエンドの先でもう一度あなたを見つける 3
帝国との衝突はひとまず回避しました。が、まだ安心はできません。
外部の次は内部──
というより、私自身に問題があります。
私は王国の外で育った人間。
ひと通りのフォルセイン語は話せますが、理解できないこともありますし、こちらの習慣にも不慣れです。人脈も一から築かなければなりません。
何より。
他の王族は私をどう思っているでしょう……?
《虹》の瞳を持つ王族は私のほかに十二人が存命しています。
彼らは私と違い、生まれたときから「いつ神鳥に選ばれてもいいように」と教育を受けてきた者たち。帝国から来た小娘に玉座を奪われて──何も思わないはずがありません。
彼らはフォルセイン人らしい善良な人々です。穏やかで、親切な。
でも、心の内はわからない。
完全に気を許すことはできません。
この国でお兄様を守っていくために──
「難しい顔をしてるね」
「‼」
七色の輝きにはっと息をのみます。
四十代半ばほどの男が身をかがめて私を覗き込んでいました。
後ろに撫でつけたウェーブのかかった白金の髪。同じ色の顎髭をたくわえた口元にゆったりとした笑みを浮かべ、《虹》の輝きがちりばめられた緑の瞳でこちらを見つめています。
「フェリクス様」
そう呼ぶと、
「ん?」
男は首をひねりました。虹の輝きが斜めに傾ぎます。
「すみません。考え事をしていて……ぶつかるところでしたね」
「そうじゃなく。今、なんと?」
「? フェリクス王子?」
「んん」
端正な顔立ちに苦悶の表情を浮かべ、男はゆっくりと首を横に振ります。
「ただフェリクスと呼ぶ約束だよ、我が姪御」
「そ、そうでしたね」
フェリクス=フォルセイン。先王の長子、つまり第一王子。
父方の伯父にあたる人物です。そんな人を呼び捨てにするのはちょっとというか、だいぶ抵抗があるのですが……。
私の想いを見透かすようにフェリクスは言います。
「それとも、君を女王陛下と呼ばせてもらっても?」
「それはダメです‼」
そう。これは交換条件。
フェリクスや王族たちに私を女王と呼ばせたくない。
それで話し合いの末、互いに敬称をつけないということに落ち着いたのです。
「すみません。早く慣れるようにしますので」
「いや、どうしても慣れないと言うのなら……」
「言うのなら?」
「フェリクスお兄様と呼んでもいい!」
「それは遠慮させていただきます」
即座に拒絶すると、フェリクスの表情がずぅんと沈みました。
仕方ありません。
年上の親しい男性を『兄』と呼ぶ習慣があるとはいえ、私にとって『お兄様』は世界に一人だけですので。
「あの、お兄様を見ませんでしたか?」
「ノイン殿を探していたのか」
フェリクスがはっとしたように言います。
「庭のほうで見かけたぞ。案内しよう」
雪で真っ白に染まった峰々。その頂きにそびえるフォルセイン城。
空中庭園のようなたたずまいの中庭には、透明なガラスで造られた美しい温室があります。
ガラスの壁に手をついて中を覗き込むと、テーブルを挟んでお兄様と金髪の女性が話しているのが見えました。
「入らないのか?」
じっと見つめていると、横からフェリクスが言いました。
私はうなずいてガラス扉を押し開けます。
「おおい、レオーネ! ノイン殿!」
フェリクスの呼びかけに二人が振り返ります。
お兄様が片手を上げ、私を見て柔らかく微笑みました。向かいの女性も両手を広げて私たちを迎えます。
彼女はレオーネ。先王の第一王女であり、三人の娘を持つ母親であり、年齢を感じさせない美貌の持ち主です。確か娘たちも全員《虹》の瞳だと聞きました。
「フェリクスお兄様、どうかなさって?」
「レオーネ、我らの可愛い姪御が夫君をご所望だ。君の用事はもう済んだかね?」
「ええ」
レオーネはにこりと歯を見せました。
「いろいろ相談に乗っていただいたわ。本当に頼りになるお方ね」
「そう……でしたか。それはよかったです、レオーネ」
言葉に詰まりかけ、微笑んでどうにかごまかします。
お兄様に相談……何を?
「さあ、レオーネ。二人にしてあげよう」
「ふふ、そうね」
「ノイン殿、またあとで」
「ええ。のちほど」
去り際にお兄様と言葉を交わし、フェリクスはレオーネと共に温室を出ていきました。
二人きりになって沈黙がおります。
「……どうした?」
お兄様が不思議そうに私を見ました。
立ったままの私の手をやさしく引きます。
ぽすんと隣に腰を下ろし、私はお兄様の肩に頭をもたせ掛けました。
「時間が空いたので……。昼食をご一緒しようと思って」
「そうしよう。お前はいつも自分の足で私を探しにくるのだな」
「当たり前です」
使用人に言伝なんて絶対にするものですか。
「フェリクスとも用事があるのですか?」
「このあと遠乗りに行く約束をした」
「お二人で?」
「ああ」
「………お兄様は」
────あの二人を信じているのですか?
「フラウ?」
「……なんでもありません」
うつむいたままお兄様の指をそっと握ると、お兄様もそっと握り返してきました。
いとおしい。
私だけのお兄様。
今の私は、こんなにも幸せで。
だから。
こんなにも怖い。




