<外伝>ハッピーエンドの先でもう一度あなたを見つける 1
二人のその後のお話です
注:本編ネタバレ全開
今でも夢を見ます。
そこではいつも雪の匂いがします。
「ん……」
寝返りをうって目を覚ますと、カーテンの隙間から明け方の光がさしていました。ベッドをまっすぐに横切る光を目で追います。
これも、夢かしら。
これまで少なくとも百億回以上は思ったことを思います。
夢だとしたら。
……覚めないで。絶対に。
やはり百億回以上は思っていることを唱えて、そっと息をつきました。
すぐそこにある、無防備に閉じた瞼。
睫毛に落ちかかる前髪。
首筋を照らす真っ白な暁の光。
規則正しく上下する広い胸。
「………」
触れるか、触れないか。
ぎりぎりのところへ手を伸ばして、
「お兄様」
こっそり息だけで囁きます。
本当に────これは────
────────夢じゃない?
見つめる先で瞼がうっすらと開きました。
息が止まるほど鮮烈な《真紅》の瞳。
「フラウ」
起き抜けの少しかすれた声が私を呼びます。
「どうした?」
「あ」
やってしまいました。
慌てて口を開きかけると、
「肩が冷たい」
私の肩に触れて一言。
「こっちへ」
体をぐいと引き寄せられました。
「……!」
抱き寄せられ、あたたかい腕と寝具にすっぽり包まれます。
「ご」
「?」
「ごめん、なさい」
「なぜ謝る?」
「まだ眠ってらしたのに」
「いくらでも起こせばいい」
私の額に唇をつけながらふっと笑うのが聞こえました。
「お前に呼ばれるとうれしい」
「!」
喉の奥で変な音が鳴ってしまいます。
私は小さく咳払いしました。
「公務でお疲れなのですから」
「お前も同じだろう。このところ祭祀が続いたな」
「……まだ慣れません」
「無理もない。この国の生まれではないのだから」
淡々と呟く声。
「だが、神鳥に選ばれた者にしかできないことだ」
その言葉に、私は天井をちらりと見上げました。寝室の天井は一面が絵画になっています。
翼を広げた大きな鳥。その鳥に手を差し伸べる白金の髪の青年。
神鳥フォルセイン。
初代国王ラエル。
はるか昔、この王国を興した始祖の姿。
「……一年ですね」
ぽつりと言うと、お兄様は肘をついて私を見つめました。
「王国に来てからか」
「帝国を出た日から」
ちょうど一年。
「ときどき信じられなくなるんです」
「?」
「ここにいることが」
目が覚めると、壮麗な天井画に驚いて、
「こうして……一緒にいられることも」
お兄様が隣で眠っていることに、もっとずっと深く驚いて。
「結婚して半年近くたつのにか?」
「はい」
真剣な顔でうなずく私に、お兄様は目をしばたたかせ、それから苦く笑いました。
私の顎先に手を添え、
「そうだな。そう言われると……」
やさしく唇を重ねます。
「私もだ」
────
ここにいる。
触れられる。
手を握り、鼻先で鼻筋をなぞり、頬を寄せることができる。
「ずいぶん早く目覚めたんだな」
私の背中を撫でながらお兄様が言いました。
大きな手のひらに撫でられていると、だんだん自分が小さくなっていくような気がしました。猫か、子供くらいの大きさに。
「いやな夢でも見たか?」
「………」
かすかに雪の匂いがよみがえりました。
でも、すぐに消えます。
私はシーツに鼻先を押しつけて目を瞑りました。
「いえ……」
あたたかい。
心地いい。
幸せで。
壊したくない……と浅いまどろみの中で思います。
何度も生まれ変わって──
バッドエンドを回避して──
ハッピーエンドを迎えて──
おとぎ話ならきっと、『いつまでも幸せに暮らしました』と締めくくられるのでしょう。
でも。
ハッピーエンドの先には──
本当は何があるのでしょうか?
いいえ、知る術はない。わかっています。
少なくとも、今の私には。




